第18話 処女宮1

 ロストレイ聖王国、聖女候補であり皇太子の妻候補が集められる宮殿【処女宮】には百名の候補者達が集められていた。


 フィリア・サザーランドが追放されたことにより、現在は九十九名となっている

 花も恥じらう見目麗しき女性達が皇太子の妻、未来の女王の座をかけ、聖女になるべく研鑚を積む男子禁制の花の園。


 綺麗に整えられた中庭で優雅なティータイムを過ごし、座学となれば聖法の全てを叩き込まれ、座学で教わった事を実習で練り上げる。


 得手不得手はあるが、候補者達はやはり候補者。

 みな自信に満ち溢れており、成績もそこまで大きな開きは無かった。


 しかしながら、聖女としての確固たる証明である刻印は、未だ誰の体にも現れていなかった。

 

「ミルルさ~ん。聞きましたぁ?」


 処女宮内にて、飴玉を転がして喋っているような甘ったるい声が響く。


「あら、ネネコさん。何のお話?」


 呼び止められたミルルは長い髪をその白魚のような細く白い指でかきあげる。


「最近、ミルルさんの悪口を言っているぅ人がいるみたいでぇ~」


「あら……それは悲しい事ですね……」


「ひどいねぇ~」


「言いたい輩には言わせておけばいいの。それではご機嫌よう」


「はあぃ。またねぇ」


 ミルルは優雅にお辞儀をし、にこにこと無邪気な笑顔を浮かべるネネコから離れていった。


(何が誰かが悪口言ってたよって。あんたが言ってるんでしょうどうせ)


 心の中でそう毒づきながら。

 処女宮に明確は派閥はないが、仲良し女子グループというものは存在する。


 二人であったり三人、四人、五人、イツメンと呼ばれる常に一緒に行動する候補者達。

 追放されたフィリアはそのどれにも属する事なくただ一人、孤独を貫いていた。


「信じられない。フィリアさんが追放だなんて」


 候補者達は明言しないが、やはり百人もいれば嫌いなタイプの人間というものは存在する。

 だが陰口を叩いたり、嫌がらせをする、などという行為には至らない。


 聖女として誰が適任か、常に神はみておられる、という現聖女である女王陛下の言葉があるからだ。


 しかし、その均衡は破られた。

 ネネコ一派によるフィリア・サザーランドの追放という形によって破られてしまった。


 ネネコを毛嫌いしていたフィリア同様、ネネコを嫌う候補者達は多い。

 そしてネネコ一派による権謀術数の話は瞬く間に全てのグループに伝わった。

 そしてそれを聞いた候補者達はこう思う。


【次は私の番なのではないか】


 不安や恐怖は募り、やがて候補者達は疑心暗鬼に囚われていく。

 表の顔では全くそんな表情は見せないが、水面下では徐々に、ゆっくり、しかし確実に負の感情が増していった。


 フィリアが追放されるまで、全くそんな気持ちにはならなかった候補者達は湧き出る負の感情に戸惑い、困惑し、狼狽する。


 うらみ、ねたみ、つらみ、そねみ、いやみ、ひがみ、やっかみ。


 そういった負の感情は人である候補者達の心を徐々に蝕んでいくのであった。

 真の聖女、フィリア・サザーランドがいなくなったことにより、フィリア・サザーランドが無意識に張っていた退魔の結界が破られたことによって。


 徐々にだが確実に、処女宮は暗雲に包まれ始めていた。

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