第11話 呪いを解きます

「リーシャ! 待て!」

「……バルト、なに?」


 人混みを掻き分けながらバルトが叫ぶと、リーシャはゆっくりとこちらを向いた。

 ひどいものだ。

 リーシャを見た素直な反応がそれ。

 顔は痩せこけ、目の周りには濃いクマ。

 目からは生気が全く感じられなかった。


「はぁっ、はぁっ……いやなに、その、この子がな、えっと……」

「初めまして、リーシャさん。私フィリアって言います」

「で、なに。急いでるんだけど」


 うーわっ、すっごい警戒されてる目が怖い超塩対応!

 わ、私もこんな感じなのかな……?


「単刀直入にいいます。リーシャさん、呪われてます」

「……馬鹿なこと言わないで」

「本当なんです! 心当たりないですか!」

 

 リーシャは眉根を寄せ、拒絶するような態度だけど私も引くわけにはいかないの。


「例えばいつもより疲れやすいとか、眠れないとか、変な夢見るとか!」

「……場所を変えましょ」

「! はい!」


 まくし立てるように言いたい事を言うと、リーシャは少し困ったような顔をしていた。

 公園のベンチに移動し、よくよく話を聞いてみる。


「私は呪われてるの?」

「はい! ひゃくぱー呪われてます!」

「……そう。どうりで最近変だと思ったのよ」


 リーシャは字面を見つめ、手を組んだり離したりを繰り返し、何を言うべきか悩んでいるみたいだった。

 バルトはそれをじっと見つめている。


「……こうなったのは一週間前、友達と露店で買い物をしたその日の夜からだったわ」

「露店で買い物」

「そう、この指輪よ」

「うっ……」


 すっと上げられた人差し指には古めかしいシンプルな指輪がつけられていた。

 確かにその指輪の所だけ、禍々しいオーラが濃く出ている。


「わかるの?」

「はい。そういう術を使用していますので」

「そっか。なんかね、力が入らなくて魔法も使えないの」

「魔法が使えないのはリーシャさんの体から魔力がどんどん漏れてるからです。だだもれですよ。壊れた蛇口みたいにジャージャーです」

「そういうことか……それとね。毎日変な夢を見るの」

「どんな夢ですか?」


 リーシャは目をつぶり、一呼吸置いてからポツリポツリと内容を話し始めた。


「毎日同じ女の人が出てくる、でも場面は毎日違ってて、私はそれをそばで傍観してる感じ。その人は髪をとかしてたり、海辺で寝そべってたり、本当にとりとめのない瞬間なの。まるでその女の人を見ている誰かの頭に入り込んだみたいに……」

「女の人……」

「……そして、毎日毎日、同じ人に殺される。殺された女の人は凄い形相で、この世の全てを恨むような、そんな感じでいつも飛び起きるのよ」

「気持ちわりぃな」

「そうですね。でも呪い自体はそんなに強くないんです。時間で薄れたのか、呪い自体が弱いものなのかは分かりませんけど」

「でも、これを聞いて貴方はどうするの?」

「え? 決まってるじゃないですか! 私が解呪します!」

「……ほんと? でも今あまり手持ちが無くて」

「いいです! いりません! 結構です! コケコッコーです!」

「ええ? でも」


 リーシャが困惑した面持ちで私を見る。

 何でそんなに困っているのだろうか。


「いいんだリーシャちゃん、こいつはそういう奴だ」

「そういう奴ってなんですかぁ!」

「良い奴って意味だ」

「ぶほっ」


 唐突に褒めないで! 変な声が出た!

 不意打ちよくない、だめ絶対。

 恥ずかしくて顔から火が出そうなんですけっどっもっ!

 手を繋いできたり褒めてきたり、貴方は何回私を恥ずかしめればよろしくて?


「あの、お願い、してもいいですか?」

「よっよよよろこんでぃっ!」


 ひいはぁ、声が上擦るよう。

 何度か呼吸をして落ち着かせ、リーシャの指輪がはめられている手を包むように握る。


「純然たる悪意よ――」


 むにゃむにゃと解呪の儀の詠唱を唱えていくと、リーシャの手が小刻みに震え始める。

 こしゃくな!

 抵抗するな!

 三下呪いのくせに!

 これがいいんだろう! ほらほら!

 っと違う違う。


「カースドリリース」


 詠唱を終えると私の手の中、リーシャさんの手が輝きを発し、パキン、という硬質な音が鳴った。

 そっと手を離すとリーシャさんを苦しめていた指輪が真っ二つに割れていた。


「終わりです、まだ気分が悪いと思いますけどそれは体内に魔力が足りないだけなので、時間が経てば回復していくはずです!」

「あ……ありがとう……こんなにあっさり……うん、確かに私の中の変なゴワゴワが無くなってる気がする。ありがとうフィリアさん」

「いえいえいえ! ビショップとして当然の事をしたまでです!」


 痩せて華奢になってしまっているリーシャの手を優しく握りしめ、にっこりと笑ってみせる。

 これで一安心、一件落着。

 とこの時まではそう思っていた。

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