第57話 君から漏れる本音

「……ただ、何にも心残りがないって言えば嘘になります。この際だから、もう全部言っちゃおうかな……

 正直、中学までの人生だったら何の後悔もなく、って言ったら大げさだけど、ほとんど心残りもなくお別れできてたんだと思う。でも、この1年、森野さんと出会ってからの人生は、とっても楽しくて最高だった分、これがもっと続けばいいのに、もっと一緒に色んなことをやりたい、もっと生きたいって欲張りになっちゃったんだ。もっとやりたかったこと、行きたかった場所、見たかったもの、考え出したらいくらでも思い浮かんじゃうようになっちゃったんだ。

 やっぱり森野さんと遊びに出かけたかった。僕が考えた森野さんの楽しめそうなデートをしたかった。音楽室での囲碁も続けたかった。穏やかでリラックスできたあの時間をずっと続けたかった。もっと行事に参加したかった。修学旅行にも行きたかったし、体育祭もそれからまた文化祭ももっともっと楽しみたかった。

 それで……みんなと笑い合いたかった……みんなと一緒に高校を卒業したかった……みんなと同窓会で集まりたかった……みんなとお酒を飲んでみたかった……みんなと普通の毎日を送りたかった……普通でいいから、特別なことなんて何もいらないから、もっともっと高校に行きたい……

 囲碁だっていつまでも続けたい……好きな人との人生も歩みたい……大成功とかしなくてもいいから、人並みに仕事して家を建ててお爺ちゃんお婆ちゃんになっても仲良しだねって笑い合ったりできるような老後を送りたい……

 でも何より、好きな人を……森野さんを、僕の手で幸せにしてあげた…かった……森野さんが困ったら助けてあげたかった……森野さんが喜んでたら一緒になって喜びたかった……森野さんが寂しい時には隣にいてあげたかった……森野さんのことをもっと応援してたかった……もっと…もっと生きてそばにいたかった……もっともっと生きて…もっと一緒にっ…て…………でも、僕にはそれがもう…できない!できないんだ…!どうして僕がこんな目に!どうしてこんな年で!他の人じゃダメだったの?何か僕がしたの?何かしたなら謝るし何でもするから許してよ!……

 ……なんてね。ごめんね、こんなこと、何回も何百回も考えて、いつも答えなんて出るわけなくて、考えないようにしてたんだけどね……もう考えるのも諦めてたはずなのに……欲張ったところで何にもできるわけないって言い聞かせてたはずなんだけど……好きな人に出会って、友達ができて、学校生活を楽しんで、囲碁の大会に出て、好きな人の夢を応援して、ってそれまで諦めてたことがどんどんできるようになっちゃったから、諦めきれなくなっちゃったみたい。うん、きっと最後まで諦めきれないんだろうなぁ……これ以上は望んじゃ駄目だってのも分かってる…分かってるんだけどね……」

 涙で顔がぐしゃぐしゃになってしまった山石君は、うなだれたまましばらく顔を上げなくなってしまっていた。

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