第42話 君の残り時間と私のわがまま

「昨日は、ごめんね。」

 次の日、何食わぬ顔でいつも通りお見舞いに行ってみると、山石君は落ち込んだ声で謝ってきた。ただ、一瞬嬉しそうな顔をしたのを私は見逃さなかったけど。

「全然。私よりも山石君の方がダメージ大きいんじゃない?なんだか元気ないように見えるけど。」

「もう来てくれないんじゃないかって……そればっかり考えてて。それで……あんまり寝れてない……かも。」

 目の下に大きなクマを作っておいて、かも。とか言ってごまかそうとしても無駄だし。

「そっか、昨日は眠れなかったんだね。見るからに眠れてない顔してるよ。そんなに私のことが恋しかったんだね。それならもう八つ当たりなんかしたらダメなんだからね。」

「はい……ごめんなさい。」

 いつも以上にしおらしく素直な山石君は子犬のようで怒る気にもならなかった。

「最近、また悪化してきて。もうほとんど寝てばっかりなんだ。僕はこうやってだんだん動けなくなっていくのに、森野さんがキラキラしてるのがどうしようもなく羨ましかったんだ。それが昨日は抑えられなくて……でも、森野さんがしてくれる話はいつもいつも楽しくて、本当は毎日楽しみにしてたんだ。本当だよ。だから、もしよかったら……またお話してくれないかな?」

「もっちろん!本当は辛い思いをさせてたのかもって反省してたんだけど、山石君がそう言うなら任せて。これからも今まで通り色んなことを教えてあげる。」

 こうした小さないざこざがある日や少し元気になってたくさんお話する日など、毎日お見舞いする中でささやかな変化はあったものの、山石君は緩やかに、しかし確実に衰弱していったのだった。


 上体を起こせなくなってから少しして、顔を動かすこともできなくなっていった。……また少しして、今度は言葉を話すことがなくなった。……また少しして、相槌の声もほとんど聞こえなくなっていった。また少しして……

 それでも、山石君の反応がなくなったとしても毎日お見舞いに通い続けるのはやめなかった。相変わらず学校のことや日常のことを話し続けるだけの日々だった。山石君が聞こえているのか確かめる術はなかった。でも、それでも良かった。上体を起こせないなら、私が腰を曲げて近づけばいい。顔を向けられないなら、私が立って視界に入ればいい。声が出せないなら、私がその分いっぱい喋ればいい。山石君はこれまで私のためにたくさんのことをしてくれてたんだから。今度は私が山石君のためにできる限りのことをすればいいだけなんだ。

 そう思って山石君の前ではいつも変わらず楽しくお話するようにしていた。病室の中ではそれができていた。けど、だんだん弱っていく姿は頭から離れてくれず、病室を出て山石君に気づかれない場所まで来ると、耐えきれずに泣いてしまったことも1回や2回ではなかった。自分には大したことができない歯痒さを実感しながら、手の平を握りしめて笑顔を作り続けた。

 ある日、そんな様子を見ていた山石君のお母さんに呼び止められた。

「つばめちゃん……辛いなら……もう来てくれなくても大丈夫なのよ……」

 そう言ったお母さんの目は前と同じ強い輝きを持っていたけど、その目が赤く腫れ続けていることも私は知ってる。気丈に振る舞ってはいたけれど、さすがに諦めと疲れの色を隠しきれなくなっていた。

「いえ、私が今できることはこれくらいしかないので。山石君のためにも少しでもそばにいてあげたいんです。辛い時もありますけど……私は毎日山石君とお話しできるの楽しみにしてますよ。」

 精いっぱいの笑顔と元気を振り絞ってお母さんに返す。言った言葉に嘘はないつもり。山石君と一緒にいられるだけで幸せ。そばにいて少しでも力になりたい。この思いは間違いない……でも、少しだけ嘘をついたかもしれない……山石君のために、なんて言ったけど本当は私自身がずっと一緒にいたいんだと思う。最期まで一緒にいたいっていう私のわがまま。

 私が立ち直るきっかけをくれた人、私が頑張る原動力になった人、私が1番笑顔になれる人、1番笑顔にしたい人、私とおんなじ空気を持ってる人……わたしが初めて心から好きだと思った人。

 きっともう2度とあの優しい声を聞くことはない。碁盤を見つめる真剣な眼差しも見れない。こっちを向いて笑いかけてくれることもない。一緒に音楽室で過ごすこともない。他愛もない話をしながら下校することもない。もう……一緒にいられる時間だってほとんどない。だから、1秒でも多く一緒にいたい。きっとそれが1番後悔しない方法なんだ。

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