第20話 私のコンクールの結果

 結果発表を聞くために控え室から出ると、ロビーの向こうから手を振っている人影があった。誰かなんてすぐに分かったけど、少し気恥ずかしいような気がして一旦気づかないふりをしてみた。でも、山石君はそんなことお構いなしに駆け寄ってきた。

「森野さん!すっごくすっごくすごかったよ!音楽のことは全然分かんないけどなんかぶわぁーってなる感じだった!森野さんだけ、どかーんと飛び抜けてたよ!」

 近づくなり身振りをつけながらまくし立てる姿は、今まで見たことのない山石君だった。語彙力がなくなってることからも分かるけど、かなり興奮しているみたいだ。

「あははっ、ありがと。山石君が来てるって思うといつも通り弾けたよ。」

「本当に?お役に立てたようなら良かったです。いつもあの音楽室で聞いてたピアノがこんな大きなホールで響いてるって考えたらなんだか感動だったよ。」

「山石君に喜んでもらえたみたいで、それだけでも出た甲斐があったよ。あっ、もちろん優勝も狙ってるけどね。そろそろ発表みたいだから入ろっか。」

 ホールに入って並んで客席に座ると、舞台にはお偉方が整列していて審査委員長が講評をしているところだった。

「……というわけで今回入選された方も、残念ながら及ばなかった方も十分な実力を持っていますのでこれからの成長に期待しています……」

 お決まりの枕が出てきたところで、下位の入賞から発表が始まった。名前が呼ばれないことを祈りながら両手を固く結んでいると、横の席で大あくびをして余裕しゃくしゃくな様子の人がいることが少々癇に障った。当の本人はこちらの視線に気がついたのか、気まずそうに口を閉じて神妙な顔つきを作ろうとしていた。

「私の名前が呼ばれるかもしれないのに、ちょっとは緊張しないの?」

「いやぁ、だって森野さんが呼ばれるのは最後でしょ?まだまだ先だから今から緊張してても疲れるだけだよ。」

 その絶大な信頼はどこから来るの?なんだか自分が無駄に緊張しているような気がして、結んだ手をほどいて椅子に深く座り直した。

 その後も山石君が言ったようにしばらくは私の名前が呼ばれることもなく、ついに第1位の発表が近づいてきた。

「……第2位はエントリーNo.42五十嵐相馬君、おめでとう。」

 まばらな拍手の隙間に、今まで呼ばれていない出場者の不安と期待の色が濃くなっている表情が見える。正直、今呼ばれた人よりも上手く弾けた自信はある。客席の反応も悪くはなかったはず。不安がないわけではないけど、次呼ばれる期待が勝って少し身を乗り出していつでも立てるように準備をする。

 ふと隣を見ると、山石君は祈るように手を組みながら目をつぶっていた。さっきとは別人のように緊張して体を硬直させていた。どうして出場者でもない君の方がそんなに緊張するわけ?というか、さっきまでの余裕はどこ行ったの?

 なにかと笑わせてくれる山石君はいつも無意識に私の肩の力を抜いてくれる。1人で静かに笑っていると、ついに優勝者の発表が始まった。

「……それでは今回の日本全国ピアノコンクール関東ブロック大会、第1位は……」


「何で私にも教えてくれてなかったわけ!?親友だと思ってたのに!」 

 コンクール明けの月曜日の朝、登校して教室に入るとちょっとしたお祭り騒ぎだった。教室に入るや否や裕子に問い詰められ、そのままクラスメイトに囲まれてしまった。

 校門をくぐってすぐ目の前に広がる校舎の壁にでかでかと垂れ幕が架けられていた。

「祝 森野つばめさん 日本全国ピアノコンクール全国大会出場」

 部活動がそんなに盛んではないこの学校でこのように垂れ幕が架けられることは珍しかった。というか入学して初めて見た。まさかそれが自分の名前だなんて。

 おかげで登校してくる生徒のほとんどが森野つばめの名前を目に留めることとなってしまい、私を知っている人たちは大騒ぎしていたようだった。それにしても、どうしてこんなものが?山石君以外にはこのコンクールに出ることを言ってないのに。

「実はあのコンクールに姪っ子が出ててな!たまたま応援に行ったらうちの生徒が優勝してるじゃないか!慌てて教頭に連絡して用意してもらったんだよ!いやー間に合って良かった良かった!」

 例の体育教員がこちらが聞く前に嬉しそうに今回の犯行を自供してくれた。何が良かったのかよく分からないけど、1人で勝手に満足そうな顔をしないでほしい。あなたせいで私は晒し者になってるんですが。今後1年間、週1で足の小指ぶつける呪いを心の中でかけてやった。

 そんなわけで、見事に優勝して全国の切符を手に入れるとともに学校内で一躍時の人となってしまった。一日中どこにいてもコンクールのことを聞かれたり、噂されたりで心が休まる暇がなかった。これがいわゆる有名税ってやつか。ってことにして無理やり自分を納得させ、一日が終わるまで愛想笑いを振りまきまくる地獄になんとか耐え抜いたのだった。

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