愛することはできないって言ったのに~仮面を着けて窓から忍び込まれ夜這いされました~

ただ巻き芳賀

短編 愛することはできないって言ったのに~仮面を着けて窓から忍び込まれ夜這いされました~

「ミーシャ、君を愛することはできない」


 新婚初夜、竜騎士の夫は私に向けて静かに告げた。

 私は夫の寝室から出ると、自分のベッドで声を出さずに泣いた。


 新婚なのに、寝室が夫婦別なのも気にしている。

 竜騎士団に所属するアランは夜間任務を常としていて、生活が昼夜逆転しているから寝室が別だと説明してくれた。

 理由は分かる、でも心情的には納得できない。


 付き合い始めのころ、彼から愛を語られ熱烈なアプローチを受けた。

 そして結婚に至ったのだから、当然に私のすべてを愛してくれるものだと思っていた

 それなのにアランは、婚約してしばらくすると愛を語ることはなくなった。


 アランはツヤのある黒髪で広い肩幅。

 少し声が低くて本当に素敵な人で、私はすぐ彼に惹かれた。


 婚約を申し出るまでの彼の口説きは、とても私を熱くさせた。

 逢うたびに贈り物を用意してくれて、ぞくぞくと身体が熱くなるほど愛をささやかれた。

 アランが私に執着してくれるのが嬉しかった。


 あまりに積極的で、女性慣れしているのかと疑ったときもあった。

 でも、いくら調べても過去に彼とお付き合いした女性は見つからなかった。


 男らしくて見目もよいアランは社交界でも人気で、よく貴族令嬢のアプローチを受けていた。

 ところがどの女性にも興味を示さないので、もしや男色なのではとの噂まで流れた。

 なのに突然、王国祭の会場で私に声をかけてくれて、熱烈なアプローチを受けた。

 アランはほかの女性には目もくれず、私の手を取ってキスをした。


 そんなふうに彼から口説かれたから。

 情熱的な生活が待っていると期待していたのに。

 夫は釣り上げた魚に興味がないのかもしれない。


 それだけじゃなく、新妻の身体に手も出そうとしないとは。

 男色の噂は本当だったのかもしれない。

 この結婚は世間体だけのための、白い結婚だったのかもしれない。

 私は結婚して数日、解決の糸口がみえない夫婦関係に悩み、悲観にくれた。


 ふたりで会話の少ない夕食を終え、夫の出勤準備を整える。


「結婚休暇は終わりだ。俺は今日から竜騎士団の勤務に戻る。前にも話したが、竜騎士は夜間任務がメインで日々の訓練も夜だ。朝に戻る」

「はい、待っています」


 ただ事務的に今日の予定を伝えられた。

 およそ新婚夫婦のやり取りではない。


 婚約したときは、こんな人ではなかったのに。

 この人なら一生私を愛してくれる、そう思って結婚を決めたのに。


 婚約後に出征した悪魔討伐の任務を境に、彼は変わってしまった。

 悪魔討伐で成果をあげたと評判になった一方で、私への態度が素っ気なくなったのだ。


 以前に向けてくれた微笑みがない。

 でも、完全に優しさが消えた訳でもない。

 それが分かるのは、彼の態度の端々に私を気遣う言葉や行動が見られて、それに気づいていたから。

 結婚すれば、また元のアランに戻ってくれる。

 そう思ったのに、初夜を拒絶されてしまった。


 アランが変わったのは、あの悪魔討伐がきっかけ。

 一体、何が彼を変えたのか……。


「お気をつけて」

「ああ、行ってくる」


 馬車へ乗る前にアランが振り向く。


「テラスに続く窓の鍵は開けておいてくれ」

「窓……ですか?」


「ああ。あの大きな窓の鍵だ」

「はい……」


 そのまま夫は馬車に乗って出勤していった。


 アランが言っていたのは、二階にある私の寝室の大窓だと思う。

 大窓の外には広いルーフテラスがある。

 テーブルやイスを置いてお茶会ができるほどの広さだが、なぜか何も置かずに場所が空けてあった。


 寝室からテラスへ出る扉はないのだけど、採光と眺望と換気が目的で、テラスとの仕切りの一部が壁でなく大きなガラス窓になっている。

 あの大窓の鍵を開けておけと言ったのだ。


 夜もふけ、解決しない悩みを抱えたまま、私はベッドへ横になった。



 ……な、何?


 何か揺れを感じたような気がして目が覚める。

 屋敷が小さく震えた気がしたけど、ある訳ないとまどろみの中に戻る。


 ……あれ、何か音が聞こえた?


 キイと何かが動く音が聞こえた気がして、そのあとに風を感じた。


 風の吹く方を見ると窓の前に人が立っている。

 叫ぼうとしたけど、あまりに驚いて声が出ない。

 大窓から入ってきたであろう人物は、目だけを隠す仮面を着けていた。

 私を見ると口元に人差し指を当てる。


「静かに。危害を加えるつもりはない」


(賊が侵入した!?)


 恐怖でベッドの端へ後ずさる。

 しかし、侵入者は近寄ってこずにじっとしていた。

 私が落ち着くのを待っているようにも見える。

 ふと侵入者の真後ろ、テラスにいるとても大きな影に気づいた。

 翼がある、とても大きな生き物のようだ。

 月明かりのお陰で、それがアランに以前見せてもらった飛竜であると気づく。


「驚かせてすまない」


 聞き覚えのある声。

 私はその人物が誰であるか、大好きな声と月明りに照らされた姿で理解できた。


「アラン!?」

「違う。名前を呼んではいけない」


 否定されたが、仮面で目を隠した人物がアランなのは間違いない。

 ツヤのある黒髪、広い肩幅、騎士の服装、そして少し低い声。

 訓練なしでは操れない飛竜に乗ってきた。

 であれば、それは竜騎士。


 どれをとってもアランにしか思えない。


 そして彼は今日、テラスに繋がる大窓の鍵を開けておくように指示した。


「俺が誰なのか、名前を口に出してはいけない」

「な、なぜ?」


「君を守るためだ」

「私を守るため?」


「いいね? 名前を呼んではいけないよ?」

「わ、分かりました。でもなぜ仮面を?」


「俺が誰か分からないようにだ」

「あの……分かるんですけど」


「分かっても、分からないフリをして。名前を呼んではいけないよ?」

「は、はい……」


 アランの言葉の意味がちっとも分からない。

 だけど婚約したころの、あの熱く私への愛を語ってくれた彼に戻ったと感じた。

 だから、なぜ名前を呼んではいけないのか分からないけど、だまってアランの要求を受け入れようと思った。


 私が戸惑いながらも目を見てうなずくと、彼はベッドに片手をついて私の頬をさわる。


「ミーシャは本当に可愛いな」

「え……いえ、そんな」


 仮面を着けた彼の顔が近づく。

 そのままキスをされた。


「君は今夜、俺のものだ」

「ああ、あなた……そんな」


 そのまま、初夜では叶わなかった夫婦のちぎりを交わした。


 朝になり、開いたカーテンから差し込む光で目が覚める。

 悩みのあまり、夢を見たのかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。


 確かに彼が出ていった証し、開いたままのカーテンと鍵のかかっていない大窓を見て嬉しくなる。


 あれは確かにアランだった。

 やっと愛してもらえた。

 熱烈なアプローチを受けて婚約して、私もとっくに彼を好きになっていた。

 好きな人に求められて、嬉しくない訳がなかった。


 嬉しさと同時に、アランの不可解な行動に強い疑問を抱いた。

 朝食のころに彼が帰宅したので、開口一番に夜の疑問をたずねる。


「ねえ、アラン。どうして仮面を着けていたの? なぜ、名前を呼んではいけないなんて言ったの?」

「ミーシャ。何の話か分からない」


「私、嬉しかったの。でも、理由が分からなくて」

「その話はなしにしよう」


「なぜ?」

「君を守るためだ」


 私が何を聞いても、夜の出来事について答えてはくれなかった。

 答えない理由、それは私を守るため。

 意味が分からない。

 彼は怒る訳でもなく、冷たく突き放す訳でもなく、ただすまなそうにして答えるのを拒否した。


 私の疑問は残ったまま。

 けどあれは確かにアランで、情熱的に私を愛してくれた。

 彼の気持ちは本物で、それが私にはとても嬉しかった。


 でも彼は勤務中だったはず。

 飛竜は離陸と着陸をするときに時間がかかる。

 ゆっくりと大きく羽ばたくからだ。

 目立つ昼間は、離着陸のときに弓や魔法で攻撃されやすい、そうアランが教えてくれた。


 そんな理由から、竜騎士の任務は地上兵に攻撃されにくい夜間が中心だそうで、訓練は視界の効かない夜間飛行がメインになるという。


 昨日の晩も、彼は夜間飛行の訓練をしていたはず。

 ということは、夜間飛行の最中に家へ寄り道して、私を夜這いしたということになる。


(アランったら。本当は仕事の最中にそんなことするのはダメよね。嬉しかったけど)


 夕方になりアランを起こして一緒に夕食を食べる。

 結婚してからの彼との食事で一番美味しかった。

 上着に袖を通してもらい、竜騎士団への出勤準備を整える。


「いってらっしゃい、あなた」

「ミーシャ。今日も大窓の鍵を開けておいてくれないか?」


 アランが少し不安そうに私にたずねた。

 それがなんだか可愛らしくて、フフと微笑んでから「分かりました」と答えておいた。


 また鍵を開けておけと指示するなら、彼は今夜もやってくる気かもしれない。

 そう思うと、行動を疑問に思うのと同じくらいワクワクした。


 私は大好きな彼がまた来てくれるならと期待して、一番可愛い下着を選んで就寝した。



 ……ん、んん?

 ……震えた。


 屋敷の振動を感じて目が覚める。

 一瞬だけまた眠ろうとしたけど、ふと昨日のことを思い出して目を開ける。

 もしやと思い、寝具をかけたまま顔を横に向けて大窓を見る。


 そこには飛竜から降り立って、大窓を開けようとするアランの姿が見えた。


(来た! 彼が今日も来た! ということは今日も彼は私を抱く……)


 目だけを仮面で隠したアランが近づいてきた。


 自分の身体が熱くなるのを感じる。

 彼は私を愛していた。

 婚約の申し出があったときから、今日まで彼の私への想いは変わっていなかった。

 でも「君を愛することはできない」と言われた。

 初夜を拒否された。

 これには絶対に理由があるはず。


 私は覚悟を決めるとベッドから上体を起こす。


「あなた」

「今日も来たよ」


「だめですよ。お仕事の最中でしょ」

「少しくらい構わないさ」


「帰宅してからにしましょ」

「それはダメだ」


 アランは私の提案をかたくなに拒否する。

 私は彼の腕を引いてベッドに座らせた。


「私はね、アラン。あなたが好きなの」

「ミーシャ、ダメだ! 好きとか言ってはダメだ!」


「なぜ?」

「俺は呪われたんだ。君の命が危ない!」


 慌てた彼は私の口を手で塞いだ。

 呪いに怯えているのか、オロオロと私の様子を観察している。


 口を塞ぐ彼の手を優しく撫でてあげる。

 するとアランは落ち着きを取り戻したのか、口から手を離してくれた。

 少しでも落ち着けるようにと彼の手を握る。


「呪いって何です?」

「悪魔討伐で呪われたんだ」


「どういうことですか?」

「君と婚約をしたすぐあと、任務でインキュバスという下級悪魔を討伐した。その悪魔は死に際に、俺を呪うと言ったんだ」


 背筋がぞくりとした。

 悪魔の呪い。

 夫の不可思議な行動は、その呪いを恐れてのもの。

 聞いたら私も苦しむかもしれない。

 でも話を聞くことで、ひとりで苦しむアランを助けられたらと思った。

 苦しみを分かち合うことで、彼を少しでも救いたいと、そう思った。


「その悪魔はどう呪うと言ったのです?」

「……」


「お願いです、教えてください! 私に影響がないように、上手く話してくれればいいですから」

「だが……」


「もう私はあなたの妻です。夫の悩みは妻である私の悩みでもあるのですから」


 アランはしばらくためらっていたが、私が手を強く握って覚悟を伝えると口を開いた。


「奴は……死に際に言ったんだ。『お前の名を呼び、愛を語った者に死を与える』と!」


 アランはそう言って顔を手で覆った。

 私は後ろから彼の背中を抱きしめる。


「それで昨日『あなたにアランなの?』って聞いたら否定したの?」

「そうだ」


「それで誰か分からないように仮面をしているの?」

「そうだ」


「名前を呼ぶなと言ったのは、愛をささやいても、誰に対する言葉か不明にするため?」

「そうだ」


 私はベッドを下りて、腰かけるアランの正面に立つ。

 真向かいになるように、アランのひざにまたがった。

 ナイトドレスで脚を広げて彼の正面からまたがったので、ずいぶんとはしたない。

 だけど、彼に愛が伝わるのを優先した。


「アラン。私はあなたを愛しています」

「あ、ああっ! ダメだ、ミーシャ! そんなことを言っては!」


 私はアランの仮面を取ると、慌てふためく彼の唇にキスをした。


「落ち着きました? ね? 大丈夫でしょう?」

「本当か? 本当に大丈夫か? 不調はないのか?」


 なおも心配する彼の首に手を回す。

 じっと目を見つめてから、唇に再びキスをした。

 今度はもう少し時間をかけて。


「ほら、平気でしょう?」

「ど、どういうことだ? 奴は……あの下級悪魔は確かに言ったんだ。『お前の名を呼び、愛を語った者に死を与える』と」


「たぶんそれは、消滅の間際にあなたへの悔しさから出た言葉だと思います」

「でも呪いだと……」


「言葉って恐ろしいの。呪う力なんてなくても、相手を縛ることができる。ましてや、悪魔が消えるときに放った言葉。あなたはそれを信じてしまった」

「そ、それじゃただの死に際の言葉だったのか……。本物の呪いじゃなかったのか……」


 落ち着きを取り戻したアランは、私を抱きかかえるとベッドへ寝かせた。


「だが、なぜ本物の呪いじゃないと分かったんだ?」

「だって、とっくに言っていたんですもの」


「言っていた?」

「あなたが悪魔討伐を終えたあとにも、ひとりで何回も練習したんですもの」


「練習? 何を?」

「あなたに『愛している』と言われたら、ちゃんと返事ができるようにです」


「どんな返事を?」

「それはね……」


 続きを言おうとして、照れて言葉に詰まった。

 本当に恥ずかしかった。

 寝そべる私の目の前で、彼がベッドに手を突いて待っていたから。

 だけど、頑張って期待に応えてあげようと思った。

 だって緊張した様子で待つアランが、とても一生懸命で可愛かったから。


「それはね……『アラン、愛しています』って言う練習をしていたんですっ」


 恥ずかしさを我慢して告白の練習話を打ち明けた。

 呪いに悩む彼の不安が少しでも減るようにと。


 顔が熱くなる。

 普通なら絶対に言わない、言うはずのない秘密の話をしてしまった。

 でも部屋が暗いから、なんとなく恥ずかしさが和らいだし、顔が赤くなっても彼にはよく見えないだろうと安心していた。


「ミーシャ! ミーシャ! ミーシャ!」


 アランが寝そべる私の頬を両手で触ると、そのままキスをしてくれた。

 キスの間ずっと息を止めていたら、窒息するかと思うくらいに長いキスだった。


「君はこんなに顔を赤くして、こんなに可愛いことを言うんだな」

「見えているの? 嫌、見ないでください! 恥ずかしいです……」


「何て愛らしい女性なんだ!」

「……恥ずかしい。でも嬉しいです、あなた」


 アランはベッドに寝そべる私を強く抱きしめた。

 彼の腕に包まれて、幸せで胸がいっぱいになる。


「ミーシャ、愛している」

「アラン、愛しています」


 そのまま私は彼に愛された。

 昨日にもまして激しく。

 何回も何回も。


 夜明け前に彼がベッドから起き上がる。


「じゃあ、仕事に戻るから」

「ねぇ、あなた」


「なんだ?」

「もう、お仕事をさぼって来てはダメですよ」


 アランは私に注意されて元気がなくなる。

 でも、毎晩家へ寄り道して夜間飛行の訓練をさぼっては、仕事に差し支える。


「なあ、ミーシャ。たまになら寄り道していいか?」

「本当はダメですけど、まあ、たまになら……ね」


 私が仕方なしにうなずくと、彼は笑顔で私にキスをしてから大窓を開けた。


 飛竜が羽ばたいて、アランが夜空へ戻っていく。


 テラスで彼を見送りながら、なぜか寂しさを感じた。


(たまにならって……次はいつなのかしら)


 ふと、本当は毎日でもいいのにと不満を抱いているのに気づいた。

 たぶん連日の夜這いがとても情熱的で、すごく幸せだったからだ。


 私は夫を求めてしまう自分が気恥ずかしくて、思わず小さく震えた。


 了


最後までお読みいただきまして、本当にありがとうございました。


☆評価とかいただけますと泣くほど幸せです。

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