赤を探して

松井みのり

赤を探して

 一年目が終わる頃にみた桜は、青春真っ盛りの高校生であった自分が、ようやく居なくなったことを告げた。


 大学も二年目になると、授業のサボる方法や、関わると厄介なことになる人間がわかってくる。タバコと同じだ。通過儀礼はいよいよ幕を閉じた。あの先輩たちが送っているような大学生活がはじまるのかと思うと心は弾んだ。


 もっとも、一年目でも俺は楽しんでたし、この延長がただ続くだけなのかもしれないが。


 俺が所属しているサークルの新歓の準備もおおよそできた。SNSにみんなが楽しそうにしている動画を載せる。撮影も編集もしていないが、企画や文章を考えたグループの一人だし、後ろめたいことは何もない。


 もう、あのときのような、後ろめたさを感じることはないだろう。




 この大学は高校からエスカレーター式の学校だ。受験して入るやつのほうが多いが、高校からそのまま上がってくるやつもいる。


 知った顔が多いことは人間関係上有利なことばかりだ。もちろん、一度でも悪いウワサが流れれば、面倒なことになる。だけど、少なくとも俺自身は問題なかった。


 このサークルは大学の近隣をボランティアするサークルということになっている。もちろん、それは名目上の話であって、実際にはOBやOGとの飲みサーだった。大学も生徒もそれを知っている。


 飲みサーといっても、それなりにボランティア活動もしている。年に数回、ゴミ拾いとかがあるらしい。参加したことはないが、そんなことは、誰一人として気にするやつがいなかった。



    *    *    *



 今年の一年生である皇湊すめらぎみなとは例外だったみたいだが。




 一発目の飲み会の前から、皇湊すめらぎみなとはゴミ拾いの日程を、わざわざ手帳にメモしていた。


 それが重要じゃないこと、このサークルが飲みサーであることは、他の一年生でもわかっているみたいに見えるのに。


 バカじゃないのか。と呆れたくなる気持ちもあったが、考えてみれば、俺が一年の時もそういう奴はいた。アイツらの通過儀礼が終わったからか、飲み会にも来なくなったけど。皇湊すめらぎみなともいずれそうなるだろう。


 一年に可愛い女はいるかだろうか。大学に入った瞬間に色めく女はたくさんいる。「大学の先輩に抱かれたい」という気持ちでもあるのだろうか。話を聞いてみると、高校時代は全く地味で。みたいな過去を持つ女ばかりで、そういうのが一気に花咲くのだ。


 飲み会の間、そんなことを考えていたかったが、皇湊すめらぎみなとが視線に入るばかりだ。


 ウザい。


 早くこの飲み会の場所から去っていってほしい。色彩見事なウブな女子大生を見ていたいのに、ちらちらと視界に入るのがウザい。


 他の一年目の男子とお前は別なんだ。


 一年間付き合った俺の元カノの鳳凰麗ほうおうれいと付き合った男。俺はたいそう努力して付き合ったというのに、アイツをフった次の日にずいぶんと簡単に接近した男。


 そんなお前が、なんでこんなサークルに。


 鳳凰麗ほうおうれいのことを俺に問い詰める気なのか?


 いや、そもそも俺のことを知っているのか?


 とにかく去ってほしい。通過儀礼を終えて、このサークルが自分に似合っていないことを、早く知ってほしい。


 近づいてきた。話しかけにくるな。

 

「あの、すみません……。」

「俺か?」

「えっと……」

「このサークル、合わないと思ったら、さっさと抜けたほうが自分のためになるよ。」

「……あの、そうじゃなくて、同じ高校でしたよね?何度か……見かけたことあります。」

「……ああ、うん。まあ、この大学はエスカレーター式だから。名前は?」

皇湊すめらぎみなとって言います。皇帝の『皇』に、さんずいに奏でると書いて『湊』って言います。漢字は簡単なんですけど、かなり難しい読み方ですよね?」

「ああ、一度名前を聞いたら、忘れられなさそうな名前だ。俺は北村洋きたむらよう。洋は太平洋の『洋』って書く。よろしくな。ほら、ビールどうぞ」

「……いや、僕はその甘いものが好きなので……」

「ああ、未成年だから、そりや断るよな、それでいいよ」

「……はい。」




 こうして、一度目の飲み会は終わった。このままフェードアウトして、俺に近づかないでほしい。




    *    *    *




 しかし、二度目も三度目も飲み会にやってきた。他の一年から聞いた話によると、突発的に入る飲み会の日程も手帳に書いていることがわかった。


 もう俺から話を切り出すしかなかった。だけど、会話はあれしかしていない。

 不自然か?でも……。



「あのさ、すめらぎ。」

 嫌な空気を流してしまわないように気をつける。どんな展開になっても、もう大学生活は高校生活ではないんだ。



「俺のこと、どのくらい知ってる?」



「え……あの高校で見かけたことがある程度でしたけど……どこかで僕と知り合っていましたっけ?」

「あ……そうなのか?いや、俺の勘違いだったかもしれない。忘れてくれ……。あと、気づいているかもしれないけど、ここは、ボランティア活動をまともにするようなサークルじゃねえぞ。お前、本当にボランティアしたいのか?」


「はい。でも、他のボランティアサークルよりも、ここが一番、ちゃんとしていることはわかっていたんです」

「まあ、そうかもしれないけど……履歴書に書けるような立派なサークルじゃないぞ」



「履歴書に書けるかどうかは、問題じゃないですよ!今、何をしているかのほうが大事でしょう!少しでもボランティアに熱をいれたら、それはちゃんとしたボランティア活動なんです!」


すめらぎは深く呼吸をした。


「それに、信じ続けていることが、何よりも幸せなことだって、前に教えてくれた人がいたんです」

「……あのさ、すめらぎ……。」


「あ、ごめんなさい、大声出して……。」

「……ああ、急に大声を出すのはよくないぞ……。」

 


 帰り道、高校時代の苦味を思い出すような風が吹いた。あかりは消えても、春の若くて正直な風は吹き続けてる。


 ビールで赤みを帯びた自分の顔を少し恥じた。

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