第31話

 その日は妙に心がざわめいた。

 任務の途中だったが、ニコロは体調不良を理由にリデトへと戻った。着いた時には夜も遅く、既に門は閉まり、町を守る壁の中には入れなかった。

 やむを得ず門の外で夜明けを待つことにしたが、家に近い門まで回っている間も今まで感じたことのないざわざわとした気持ちになり、心臓の鼓動が早まる。敵陣を目の前に、草むらに潜んでいるかのように。

 転移の魔法でも使えたならすぐにモニカのもとに行き、無事を確認できただろうが、賢者と呼ばれる大魔法使いでも滅多に使えない魔法だ。


 家に一番近い門に着くと、定時の見守りをしていた警備隊員のティーノが門の上からニコロを見つけ、話しかけてきた。

「どうした? 遅刻して入り損ねたのか?」

「ちょっとモニカのことが気になって帰って来たんだ」

「ああ、そういえばまだ戻って来てないな。申請は日帰りだが、遅くなることもあるだろう。この先の街道沿いの宿にでもいるんじゃないか?」

「日帰り…?」

 ニコロには何を言われているのかわからなかった。

「モニカは、…リデトを出ているのか?」

「ああ。…知らなかったのか?」

 モニカがリデトを離れている。自分の留守中に、自分に何も言わず…。

 日帰りで、すぐに戻ってこれると思ったのだろうか。

 ふと思い出したのは、先日、旅の計画を立てていた時。モニカは外壁の向こうに行きたいと指さしながら、壁の内側に変えていた。オークレーにも蛮族の集落にも近い場所。日帰りができる距離でも一人旅には向かない場所だ。あの時は何をしに行きたかったのかも聞かなかったが、さりげなく聞いておくべきだった。


 今にもモニカを追おうとしそうなニコロにティーノは声をかけた。

「追うならせめて馬を変えて行けよ。おまえは無理が効いても、馬が持たないぞ」

 ニコロはその通りだと思いながらも、まだ夜明けまでは四時間以上ある。

 ニコロは馬の鞍を下ろし、壁にもたれて目を閉じ、時間が過ぎるのを待っていた。

 突然の光に目を開けると、光を放っていたのはニコロがつけている指輪だった。モニカと揃いの守護のまじないのある指輪。モニカの石にはニコロの魔力を入れ、モニカへの守りを込めていた。今まで一度も光ったことのない指輪がモニカの危機を知らせている。

 ニコロが馬から外していた鞍をつけ直していると、大門と同じく夜明けまでは開かれないはずの通用門が開いた。

「怒られてやるから、こいつで行け」

 ティーノが別の馬を出してきた。警備隊の馬だ。

「すまん」

 ニコロはティーノが用意した馬にまたがると、光が示す方角へと馬を走らせた。

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