第19話

 無事リデトの町に戻ると、馬を返し、夕食はリデトの町の食堂で取った。

 明日の朝の駅馬車でここを立ち、ライエに戻る予定になっていた。いつ、どうやってあの答えの返事をしようかと思っていた矢先、リデトにいる辺境騎士団の団員がニコロに声をかけてきた。

「お、いいところに。おまえ、今休暇中だっけ?」

「ああ、そうだけど」

「隊に三人食あたりが出てな、応援要員を呼び寄せる所なんだ。悪いが一週間、こっちに加わってもらえないか? 明日からでいいからさ」

 ニコロはちらっとモニカに視線を動かし、モニカはこくりとうなずいた。

「ああ、いいよ。じゃ、明日の休みは返上か…」

「悪いな。隊長には俺から言っとくからさ」

 明らかに悪いなどとは思ってなく、口に出さないラッキー!を笑顔で見せながら、団員は駆け足で去って行った。

 このところめっきり外からの襲撃は少なくなっているが、油断はできない。三人も食あたりとなると、意図的に害され、人手を削っていることもありえなくはない。

 モニカは話を聞いて、明日からの食事の材料を買い求めた。気がつけば荷物はニコロが持っていた。こんな風に二人で買い物をして帰るのは久しぶりだった。

 結局今後のことは返事をしそこなったまま、二人そろって一週間ほどリデトに残ることになった。それでもいつかは話さなければいけない。期限が少し伸びただけだ。


 モニカは旅で手に入れたギマの木の苗を家の庭に植えた。

 一週間、根付くまでは水やりをし、後は天からの雨頼りになるだろうが、育ってくれればここでもギマの実のお菓子を作ることができるかもしれない。もし、ここで暮らすなら。

 ここで、一人で暮らすなら。

 魔法のない自分に、ギマの実はいるの?

 楽しい空想が凍りついていった。


 夕食を作った後、エイデルで買ったギマの実をすりつぶし、一緒にゴマやビーツの砂糖など、思いつくものを入れていると、それをじっと見ていたニコロは

「そうやって作るんだな」

と感心した様子で更に近づいて覗き込むように見ていた。

「いつもできたものをもらってばかりだったな。…これ、食べだすと止まらないんだよな」

「ギマの実、食べてみる?」

 素材となっているギマの実をそのまま渡すと、ニコロは一粒口に入れた。少し硬い実をかじると、ポリッという音がして、小さな実はポリッ、コリッ、コリッ、ごっくん、で口の中から消えていった。

「そのままでも食えなくはないが…。味が薄いというか…。いつもの方がいいな」

 兄も同じことを言っていた。

 ギマの実は殻を割った中身が魔力上昇に効くのだか、粒が小さく、味がいまいちなこともあってあまり好んで食べられない。空腹時にはたくさんの実を一気に口に入れ、碌にかじらずごっくんと飲み込んでしまう。腹を満たすなら手っ取り早く、といったところだろうが、殻に入ったままのギマはそのまま腸を通過して排出され、魔力補強には役立たない。種としてはかじられることなく遠くに運んでもらう方がいいので、ギマの作戦勝ちだ。

 食べ方を知らない人が多いせいか、ギマの魔力向上の評価は低く、乱獲されることがないのはありがたかった。

 出来上がったギマのお菓子をニコロに渡すと、

「これ、周りの奴らが味見したいって言うからやったら、またくれってうるさいんだ。今度はやらないようにしよっと」

 独り占めする子供のように言って、早速一つつまんで口に入れた。



 かつてここで暮らしていた時のように朝が来て、仕事に行くニコロを見送った。制服を持って来ていなかったので、普段着で出かけたせいか余計に昔に戻ったような錯覚を覚えた。


 リデトの辺境騎士団の駐屯地は町の警備団の隣にあり、有事には協力して対応することになっている。壁の向こう側の動きがない時は七、八名の小隊が輪番で駐屯し、有事には大隊に加え、近辺の領からの援軍も滞在できるほどの広さがある。

 隣国オークレーは先の王が崩御し、継承問題で揺れていてこの国に攻めてくる余裕はないようだ。誰が王になるかで今後の付き合い方も変わるだろう。蛮族は一時は単独でリデトを乗っ取ろうとしかけてきたこともあったが、先の戦いで力を落とし、部族間でもトラブルがあったようで、以前より遠いところに集落を移している。


 次の交代まで一週間。休日を返上して他の隊に加わったこともあってニコロは夜勤を免除されていた。

 しばらく空けていた家を掃除し、何も植えていない畑にこぼれ種から育っていた野菜を見つけた。このまま住むかもわからないまま、それでも畑を耕し、ギマの苗に水を与える。

 夕方になると帰ってくるニコロ。

 それは不思議な感覚だった。当たり前のように、夕方になると帰ってくる。「おかえりなさい」が毎日普通に言える。こんな生活もあるのだと、モニカは思った。少し憧れた、街の中の人々の生活に近かった。

 今日のことを語りながら根の野菜をふんだんに取り入れた食事を一緒に取り、食後に時に本物のコーヒーを飲み、同じベッドで夜を共にする。それは穏やかで、夢のような生活だった。



 しかし三日後、突然騎士団員が慌てた様子で家に訪ねてきた。

「大変だ、ニコロが巡回中に生き埋めになったらしいんだ。仲間が駆け付けているが、もう、駄目かも…」

 報告に来ながら弱音を吐く若い騎士団員を、モニカは叱咤した。

「確証もないうちから泣かないの!」

 いつも優しげなモニカの豹変に驚き、固まっている団員に向けて、

「騎士団に行くわよ」

と告げると、モニカはスカートのまま団員が乗って来た馬にまたがった。うろたえる団員に

「早く、後ろに乗って」

と有無を言わせず後ろにまたがらせ、騎士団の駐屯地へと向かった。そしてニコロのいる場所と状況を確認すると、さっきとは別の馬を借り、同行する団員を待つことなく馬を走らせた。

 その場所はついこの前、ニコロと共に行ったタラントの遺跡だった。


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