第10話

 王城の騎士団に着いてすぐ、モニカが同行してくれた騎士に魔法騎士団長に渡すよう託した手紙は、宰相から魔法騎士団長に宛てたものだった。


 モニカは父の友人で今は宰相になっているロッシーニに、ニコロの扱いやリデトでの魔法騎士団の攻撃を例に挙げ、今の魔法騎士団のあり方には問題があると手紙に書いた。

 その返事はすぐに届いたが、ロッシーニはその目的が夫であるニコロの救出にあると見抜いていた。そして本気で国防を考え、魔法騎士団の改革を求めるなら、王都まで来てこれを使え、と手紙が同封されていた。

 モニカは中を見ることはなかったが、その手紙には、


  魔法騎士ニコロの処遇を調査し、

  不適切であれば魔法騎士団全体を再調査せよ

  傭兵、正騎士、見習い騎士を問わず、

  貴重な人材が損なわれてはならない。

  すべからく留意せよ。


と書かれていた。


 調査結果は想定以上の不適切な対応を裏付けた。ニコロほどではないにしろ過重な魔法を強いられている者は他にもいて、そうした者への待遇の改善だけでなく、一部の怠慢な魔法騎士の再指導も行われることになった。

 レヴィオは指導力不足を指摘され、隊長職から一般隊員へと降格となり、五日もせず職を辞した。


 同様の調査は、その後魔法を持たぬ兵士達が所属する騎士団でも実施され、全騎士団の組織改革のきっかけとなった。



 モニカは騎士団に勤める友人ジャンニに手紙を出し、ニコロと言う魔法騎士を見かけたらやせ衰えていないか確認し、何かあれば医師に見せてほしいと頼んでいた。思っていたよりも王都からの連絡が遅く、下手をすれば連絡をもらえた時には手遅れになっていることも覚悟していたが、きちんと対応してくれていた。

 モニカは魔法騎士団長から呼び出された帰りにジャンニの元を訪れ、領の特産のブランデーを礼として渡した。

「今回はいろいろお世話になったわね。無事魔法騎士団をやめる手はずが整ったわ。本当にありがとう」

「役に立ててよかったよ。旦那も元気になってるって?」

「ええ。おかげさまで」

「ま、事件がなくても、たまには連絡して来いよ。カリーナが会いたがってるから、王都を離れる前に一度遊びに来いよな」


 その数日後、ジャンニの妻であり学生時代の友人カリーナからパーティに誘われた。カリーナがモニカが王都に戻っていることを話すと、かつての友人達が会いたがり、丁度開催予定だったリモーネ伯爵家のパーティにモニカを招くことになったというのだ。

 無理はしなくていいと言われたが、この先友人達に会うような機会はないだろう。一度のパーティで挨拶が済ませられるなら、とモニカは参加することにした。

 パーティに出られるような準備がない中、知り合いから借りて何とかドレスは用意したものの、今の流行からは遅れているらしいことは周囲の視線でわかった。宝飾品もほとんどないが、これが今の自分だ。無理に取り繕うのはやめにした。


 かつて王都で暮らしていた時の友人達は、騎士になった者、文官になった者、爵位を継ぎ領を営んでいる者もいれば、その夫人となった者も多かった。


「あなたが平民と結婚するなんて、意外だったわ」

 今は子爵夫人となった友人の言葉には少し皮肉が込められていたが、モニカは気にも留めなかった。

「私は平民だもの。別に意外でも何でもないわ」

 着る物も、身に着けている物も格段に違う。王都の流行、事件、社交界の噂。話題のほとんどについていけない。しかしそこに引け目も、妬みもなかった。自分はここにいる人達とは違う。本来なら貴族主催のパーティに参加することもないし、参加しなくても全く問題なく生きていけるのだから。


「ロレンツォ様はお元気にしているわよ。お会いになった?」

「いいえ。…お元気なら何よりだわ」

 探りを入れるような会話に軽く返事をし、付き合い程度の時間を過ごしてモニカは会場を後にした。旧交を温めるよりも明日の小さな噂話のネタになり、やがて忘れられていくのだろう。


 パーティの余韻を残さないよう注意を払っていつもの格好に戻り、ニコロのいる部屋へ行くと、まだ起きていて、

「おかえり」

と言って出迎えてくれた。

 小用で出かけることは先に伝えてあり、何も聞かれなかった。

 黙ってニコロに抱きつき、胸に顔をうずめるとそっと頭をなでられた。別につらかった訳ではなかったが、意識していなかった息の詰まりがなくなっていくのを感じた。


 その後、辺境伯邸に送られてきた冷やかしの誘いはすべて断り、仲の良かった友人数人とお茶を楽しんだ他は、館の中でニコロと過ごすことを選んだ。



 一か月後、ニコロは日常生活に差支えのないほどに回復した。医者の許可も出たので、ニコロとモニカは王都を離れ、リデトに戻ることにした。


 王都を離れる前日にジャンニがダニロを連れて来て、ニコロの魔力の測定をしたが、ほぼないも等しい値だった。ダニロは自分達がしでかしたことで一人の魔法使いの魔力をここまで奪っておきながら詫びの一つもなく、測定に使った魔道具を片付けると、とっとと立ち去った。ジャンニは案内をさせながら礼も言わずに自分より先に帰る姿を見て苦笑いしながら、モニカに

「じゃあな、元気でやれよ!」

と軽く手を振った。


 魔力の値が低くなっていることはロッセリーニ辺境伯にも伝えられることになったが、執事は態度を変えることはなかった。

 領に戻る二人に最後まで笑顔を向け、丁寧なしぐさで

「元気にお戻りになられますことを、心よりお祝い申し上げます」

と深々と頭を下げた。



 領まで馬車を出すという辺境伯家からの申し出を断り、駅馬車を乗り継ぎ、体に負担がかからないよう二週間かけてゆっくりとリデトまでの旅を楽しんだ。雇用契約を解除した時、ひと月分の傭兵の雇い賃の他、幾分かの治療費ももらっていて、懐具合は悪くなかった。

 一か月前、モニカは王都に向かう馬車の外を見ながら、帰りはニコロと一緒にここに寄ろう、あそこに行こうと空想し、不安にとらわれそうになる自分を励ましていた。その願いが叶い、こうしてニコロと旅を共にすることが嬉しく、頑張った自分への最高のご褒美だと思った。


 湯治場で三日ほど過ごし、ちょっと贅沢して上等な酒を交わしながらくつろいでいると、ニコロは珍しく自分の昔話を聞かせてくれた。


「昔、友達が村長の息子にいじめられていてね。俺がそいつをぶん殴って倒したことがあった。そしたらその二日後、友人一家はいなくなっていた。物も大して持ち出せていない状態で、村から追われたと噂が立った。そのくせ俺の家には何の咎めもなかった。俺の父は魔法騎士をしていたから、村長も手放したくなかったんだろう。俺のせいだと思った。自分が罰を受けるよりずっと苦しかった。たかが子供のけんかでも許されず、自分は助けたつもりでも誰かの人生を狂わせてしまうことがある。ずっとそのことが心の奥にあった。魔法騎士団で食事を抜かれ、責め立てられても、これはあの時の罰だと思ってしまった。おまえを盾に取られ、失うことになったら…、そう思うと、従うしかなかった」


 モニカは心の奥で愚かな判断だとつぶやきながらも、それを口には出さなかった。自分と引き換えにニコロが命を落としかけるような目に遭うなんて、許せるわけがない。しかし責めるべきはニコロの判断ではない。人の命を軽く見て、愛するものを盾にして平気で脅しをかけてくるレヴィオのような男こそ憎むべき相手だ。

「あなたから届いた手紙ね、もう帰って来ないって書いてあったのよ」

 手紙さえもすり替えられていたことに驚き、ニコロは慌てて首を横に振った。

「そんなことは」

「大丈夫、偽物ってわかってた。誰があんなウソ信じるものですか。だから、迎えに来たのよ」

 笑顔を見せながらも、頬を伝う一粒の涙を見て、ニコロはそっと涙を手で拭った。拭った後から、もう一粒、また一粒、とめどなくあふれてくる。

「…もう、いなくならないで。私を一人にしないで」

 モニカの願いが、友人を失ったあの時のように心に突き刺さった。

「…うん」

 ニコロは幼い子供のようにうなずき、唇を重ねてその約束を飲み込んだ。

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