第30話 風向き
場の空気が凍り付いていた。
静寂を破ったのは、国王ムスファ。
「ララナが側室の子でないと知っていた者が本当にこの中にいるのか?」
シン、と静まり返る。皆、チラチラとお互いを見遣りながら様子を伺う。そんな中、ズイ、と一歩前に出た人物。
「……おいっ、まさかお前っ」
リダファが止めようとするのを遮り前に出たのは、イスタである。
「国王陛下にお話したいことがございます」
「……ほぅ、イスタ、か」
ムスファが渋い顔でイスタを見る。
イスタは、臆することなくムスファの目をじっと見つめ、話し出した。
「私がララナ様を疑ったのは、彼女がアトリスに来てすぐです。一国の王女なる方が、語学を学びもせず輿入れするなど、そんなことがあるわけないと思ったのが切っ掛けでした」
イスタの言葉に、国王ムスファもふむ、と耳を傾ける。
「ニースとのやり取りはすべてハスラオ様がなさっていた。だから真相を確かめようと思ったのです。何か裏があるかもしれない、と」
実際、あの船上での騒ぎになったのだ。
「調べを進めるうちに知りました。ララナは確かにニース国王の血を分けた娘ではなかった」
認めてしまう。これ以上の嘘は事を複雑にするだけだ。
「何故それを知りながら隠した?」
追及され、グッと唇を噛む。
「そうですね……真実をきちんと話をすべきでした。私はただ、ララナ様のことを大切に思うリダファ様を見て……つい、」
言い訳じみているな、と思う。いくら仲の良い幼馴染とはいえ、相手は皇子だ。そのことを度外視し、隠蔽を図ったのは判断が甘かったと言わざるを得まい。
「俺が……、」
リダファが口を挟む。
「え?」
「俺が言ったんだろ? 多分そうだっ、俺が無茶なことをイスタに言ったんだ。だろ?」
庇いたいのだろう。だが、生憎リダファには船の一件からの記憶がない。口添えしようにも、何をどう言えばいいのかわからなかった。
「……イスタが知っていたということは、父親である大宰相様もご存じだったのでは?」
そう、口にしたのはキンダである。名を呼ばれたエイシルは、黙って目を伏せた。
「陛下、この件に関しては思うところは多分にございます。ですが、真実のみを告げるのであれば、確かに私もイスタも、ララナ様がニース国王の血を一切引いていないと知っていたのは曲げようのない事実。処分はいかようにもお受けいたします」
「……そうか」
こめかみを押さえ、ムスファ。
「陛下、お二人の処分は一旦置いておくとして、ララナ様は如何しますか?」
キンダが訊ねる。リダファがパッと顔を上げた。
「ララナをどうするんだっ?」
「それは……お咎めなしというわけにはまいりますまい? 自分がニース国王の血を引いてないと誰よりもわかっているのはララナ様ご自身でしょう? リダファ様の命を救ったからという理由で奥方として扱ってまいりましたが、そもそもニース国王とも無縁の、ただの庶民。リダファ様を救ったのも、単に自分の身可愛さからの事なのでは?」
「……それは、」
「嘘が明るみに出れば反逆罪。それなら命がけでリダファ様を救って王宮に取り入る方が利口ですからな」
キンダの言葉に、動揺するリダファ。
「そのような得体のしれぬ者を王宮に置いておくのは如何なものかと……少なくとも私はそう考えますが。陛下は如何です?」
「うむ……、」
よく笑う、可愛らしい嫁であると思っていた。ララナが来てからのリダファは見違えるようだったのだ。政務にも積極性が増したし、何より生き生きしていた。それまでの曇りがちだった表情は一変し、満ち足りた、幸せな顔をしていたのだ。それはすべて、ララナのおかげだと思っていた。しかし……、
「確かに、今まで通りというわけにもいくまい。ララナは宮殿への出入りを禁じ、どこか別の場所へ、」
「陛下、それなら」
スッと手を上げたのは若き外交官、ウィル・ダフラ。
「私が一時的にお預かりいたしましょう。特に監禁などする必要もないのでしたら、我が屋敷に空いている部屋もございます故」
ムスファがウィルを見る。若いながらも優秀であり、今や将来の有望株である男だ。
「うむ、いいだろう。では処分が決まるまではウィルに任せることとする」
「畏まりました」
「エイシル・ミオ・ラルフ、並びに息子であるイスタ・ミオ・ラルフ両人はしばらくの間謹慎とする。以上である!」
ムスファの宣言を聞き、キンダとウィルは小さくほくそ笑んだのであった。
*****
──王宮を出ることになった。
説明もそこそこに、身の回りの荷物を纏めろと言われたのだ。
マチが今にも泣きそうな顔でララナの手伝いをしている。他の女中たちは、怖い顔でララナを睨んでいた。
全てが、明らかとなってしまった。
しかしそのことで誰かを責めたり、恨んだりするのは筋違いというものだ。嘘をついていたのはこちらなのだから……。そう、ララナは思っている。
幸せすぎた。
本当なら自分のものではない幸せを、嘘をついたまま手にしたのだ。
罰が当たった、と思えばいい。
アトリスに来てからの時間を思い出し、ララナはその思い出の一つ一つに、ただ感謝こそすれ、負の感情は持たずにいようと思った。リダファと過ごした日々は、宝物である。
「ララナ様、」
マチが堪えきれなくなったのか泣き出してしまう。ララナはそんなマチに、首を横に振ると、言った。
「今まで嘘をついていたこと、本当に申し訳ありませんでした。これは誰のせいでもありません。もし、責任があるとするならそれは私自身にあります。これからどうなるかはわかりませんが、私は幸せでした。……どうか、どうかリダファ様をお願いします」
深々と、頭を下げる。
「ああ、なんてこと……。坊ちゃんの記憶さえ戻れば、こんなことには」
「リダファ様は悪くありません。最初から、間違っていたのです……」
そう。
あのとき……ララナの代わりにアトリスへ行けと言われたあのときに、きちんと断るべきだったのだ。そうしなかったのは、自分自身なのだから……。
「準備は?」
部屋の外からウィルの声が聞こえた。
「できました」
そう返事をすると、荷物を手に王宮を出る。
門の手前でくるりと王宮の方に向き直ると、深く、一礼する。
二階の窓から、リダファがこちらを見ているような気がした……。
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