番外編3 一年の頃、とある冬の日。

 帰りのホームルームを終え、進一とりんのすけと共にオカルト研究部の部室へ行く。

 旧薬品管理室だった部室を開けると、キンキンに冷えた室内に三人で驚いてしまう。

「寒すぎだろ。どうなってんだよ。」

 俺は自分の肩を抱きながら言う。

「ふん。この程度、まだ寒い内には入らないね。つかさは寒いのが苦手なのか?」

 りんのすけは真顔に戻り鼻で笑った後、ノートパソコンを取り出していつもの席に座った。

 こんなに寒いのに、寒い内に入らないなんて納得出来ない。俺はスマホを取り出して、今の気温を調べる。

「ほら見ろ!五度だぞ!」

 俺はドヤ顔でスマホの画面を差し出す。

 進一はそれを見た後、静かに言った。

「今日は帰るよ。じゃあね。」

「お、おう。気をつけて帰れよ。」

 りんのすけは小さく「また明日。」と挨拶をする。

 冷え切った部屋で、二人きりになった。

「りんのすけ、本当は寒いの我慢してるだけだろ?」

「なっ!何を言う。僕がこの程度の寒さを堪えられない筈ないだろう。」

 そう言うりんのすけの左手は、ブレザーのポケットに入りっぱなしで、いつも組んでる足は、綺麗に揃ってくっついていた。首も縮こまっている。

「東京だって、ここまで寒くならないんじゃないか?詳しくないけど。」

「いや。東京は雪が降る事だってあるんだ。ここよりは寒いだろう。」

「えっ!雪降るのか?良いなぁ。静丘は降らないからな。」

 俺はお茶の用意をして、席に座る。温かいお茶が、冷えた体を温めてくれる。

「静丘だって、雪は降るだろう。御殿場や富士山だって積雪している。」

 それを聞いて、自分の特殊な感覚に気が付いた。今まで当たり前過ぎて、自覚するタイミングがなかった。

 東京出身のりんのすけと話して、それが分かる。

「りんのすけ、あのな。静丘市民の言う静丘って、市内の事を差すんだ。俺の親は、旧静丘市の意味合いで使っている気がする。清水は清水って呼ぶから。」

「なんだと。他の市の人を差別するみたいじゃないか。余り感心しないな。」

 そう言って、腕を組んで背もたれに寄りかかった。よく見ると、指先は脇の下に仕舞われ、寒さを凌いでいる。

「うーん。確かになぁ。静丘市民じゃない人は、どう思ってるんだろう。県民あるあるなのかは謎だ。それぞれ、自分の市の名前で呼称していた様な気もするけど。」

「それなら、ひゅうがに聞いてみれば早いじゃないか。」

 りんのすけは、当然の様な顔で言う。

「あー。確かに。地元を離れて、おじさんと二人暮らししてるんだもんな。」

「確か、富士市の出身だろう。」

「えっ。何でそんな事まで知っているんだ?!」

 俺は驚いて、身を乗り出してしまう。

 りんのすけは、ふんと鼻を鳴らし、そっぽを向いて頬杖をつく。少し間を開けてから、ドヤ顔で言った。

「僕は何でも知っているんだ。」

「その返しだと、ひゅうがのストーカーみたいだぞ。」

「っく。揚げ足を取るな。つかさのくせに。」

「へいへい。」

 俺は棚からお菓子を取り出すために立ち上がる。

 ふと、普段は置いてないお菓子がある事に気が付く。

「あれ。これって、静丘土産で有名なお菓子じゃん。買って来たのか?」

 二種類のお菓子を手に持って聞いた。一つは細長いパイで、もう一つは小さな蒸しケーキだ。蒸しケーキは、中にクリームが入っている。

「それか。ワタヌキさんが買って来てくれた物だ。僕は静丘土産のお菓子を食べた事がない。世間話でその事を言ったら、わざわざ持って来てくれたんだ。」

「へえ!こっちのパイは、サービスエリアにもよく売ってるから意外とどこでも買えそうなイメージだけど、こっちのは他県の人は知らなそうだ。ワタヌキさんよく知ってたな。食べるか?」

「そうだな。いただこうか。」

 お菓子を開けて、それぞれ一つずつ配る。

 寒さで出てこなかったぬっぺぽうが、顔を出した。

「お前も食べるか?」

 ビニールの包装紙を破り、パイを半分に折って小さな妖怪に渡す。

 パリパリと小気味良い音を立てて、一気に食べ終えると姿を消した。

「夜のお菓子って、どういう意味だ?」

 りんのすけは、包装紙に書いてある字を指差しながら言う。

「何だっけ?ローカルテレビ番組で紹介されてた事があったけど、忘れたな。調べてみるか。」

「今は夕方だぞ。食べても良いのか?」

 スマホで、お菓子屋の公式サイトへ飛ぶと、直ぐに理由が分かった。

「一家団欒のひとときを過ごして欲しいって書いてあるぞ。夕飯の後に家族で食べようって意味かもな。」

「そう言うことか。なら、今食べても構わないな。」

 りんのすけは丁寧の袋を開け、細長いパイに口を付ける。パリッと音がして、少し大きめの欠片は口の中へと入っていった。

「どうだ?」

 ワタヌキさん曰く、味にうるさいらしいりんのすけ。その口に合うのか、俺は注意深く観察しながら聞く。

 口の両端が少し緩んで上を向いた。お気に召した様だ。

「うむ。悪くないな。お茶請けとしても優秀だ。」

「それなら良かった。俺はどっちも好きだけど、こっちの蒸しケーキの方が入ってる個数が少ない分、贅沢な感じがするんだ。」

「それもいただこう。」

 あっという間に杯を食べ終え、りんのすけは包装紙に包まれた蒸しケーキを一つ手に取った。

 紙を剥くと、黄色い生地が顔を出す。

「これも中々良い物だな。中のクリームと生地の相性が良い。」

 りんのすけは、少年の様な無邪気な笑顔で言う。相変わらず、綺麗な顔だ。

「そうだろう。蒸しケーキだからか、そんなにくどくないのが良いんだよな。」

 別に生産者でも無いのに、つい得意げな顔をしてしまう。

 雑談をして過ごしていると、あっという間に夜七時を回っていた。

「もうこんな時間だ。帰らないと。」

「ひゅうがもそろそろ部活が終わる頃だろう。静丘呼称問題について、確かめるぞ!」

 りんのすけは勢いよく立ち上がり、二人で部室の片付けをしてから部屋を出る。

 意気揚々と歩くりんのすけの後ろを歩きながら、俺は疑問を投げかけた。

「何でそんなに気になるんだ?東京の人が気にする内容でも無い気がするんだが。」

「そんなもの決まっているだろう。我がオカルト研究部の副部長が、差別主義者となっては、威厳を保てないからだ!」

 ビシッと指を差された。そもそも、オカ研に威厳なんてあっただろうか。

 グラウンドに出ると、サッカー部がミーティングをしている最中だった。

 端っこにあるベンチに腰掛け、終わるのを待つ。

 しばらくしてから、部活は解散になり、サッカー部員はバラバラと帰り始めた。

 遠くから歩いてくるひゅうがと目が会う。

 嬉しそうな顔をして、俺の前まで走って来てくれた。

「つかさー!待っててくれたのか?嬉しいぞ!」

 太陽の様な明るい笑顔で、ひゅうがは俺にハグをする。少し驚いた後に、俺はひゅうがを抱きしめ返した。

「部活お疲れ様。」

「僕もいるんだが?」

 りんのすけは鋭い目で、ひゅうがを睨む。

「りんのすけもありがとー!待たせて悪かったなぁ。何か用事だったか?」

 ベンチから立ち上がり、三人で肩を並べて歩く。

「そうだ。聞きたい事があって来た。」

 りんのすけは偉そうな口調で言う。ひゅうがは、丸い目をりんのすけに向けながら可愛らしく首を傾げた。ちょっと芝犬に似て見える。

「こんな遅くまで待つ程聞きたい事かー。何だろ?」

「いや、物凄くどうでも良い質問なんだが……。」

 俺は申し訳なく、頭の後ろを掻きながら言う。

「静丘って呼称する時、静丘市内の意味で使ってたんだが、これって市内の人だけなのかなって。」

「あははは!本当にしょーもねぇ!」

 ひゅうがは腹を抱えて笑い始めた。

「で、実際のところはどうなんだ?」

 りんのすけは顎を少し上げて、上から目線で言う。

「おれも、つかさと一緒だなぁ。浜松にいる知り合いも、静丘イコール静丘市って意味で使ってたかも。人によるとは思うけど、県民なら、それぞれの市の名前で言う人が多い気がする。おれも実家は富士市だけど、自分の住んでる所をいちいち静丘って言い換えないしなぁ。」

「なんだ。市民あるあるではなく、県民あるあるじゃないか。それなら、差別主義者にはならないな。」

 りんのすけは何故か勝ち誇ったような顔でニヤリと笑う。多分、安心したのだろう。

「他県の人に会う時は、なんて言うんだ?」

 全国大会で、よその県とも関わりがあるひゅうがだ。この話題は何でも答えられそうだ。

「静丘県って県まで付けてた、かなぁ?中学の時は、富士市まで言ってた。でも試合の時は学校名で戦うから、それを見れば分かるらって感じだけどな。」

「おお。ひゅがの静丘弁だぞ!聞いたかつかさ!」

 りんのすけは興奮しながら、俺の腕を引っ張った。

「いちいち反応するなよ。静丘県民なら誰でも訛る可能性は秘めてるんだぞ。」

 指摘されて、ちょっと恥ずかしそうにしているひゅうがを見て、俺はその気持ちわかるぞ、と心の中で共感した。

 学校の敷地を出て坂道を下ると、強い風が吹き始めた。鼻が凍える。

 ふと目に入った街灯の明かりが、空から降る白い粒を照らす。

「お、おい!雪だぞ!」

 俺は興奮して空を見上げる。

「うわ!マジ!?すげぇ!テンション上がるぅ!」

 ひゅうがは両手を広げて、天を仰いだ。

「ふん。雪如きではしゃぐとは、貴様らまだまだ幼稚だな。」

 りんのすけは寒そうにズボンのポケットに両手を突っ込んでいる。

「雪でテンション上がらないの?こんなに珍しいのに!」

 ひゅうがは信じられないと言う顔で、りんのすけの両肩を掴んで揺さ振った。

「やめろ。逆にテンションが下がるだろう。路面凍結、道路封鎖。雪で交通網がストップするんだぞ。」

 鬱陶しそうに、ひゅうがの腕を振り払って、りんのすけは眉間に皺を寄せる。

「でも、積もらないからなあ。ね?つかさ。」

 ひゅうがは、りんのすけから少し距離を取って、俺に近づいた。

「そうだな。地面についた瞬間溶けて消える。そもそもこれも雪じゃなくて風花だろう。」

 りんのすけと、俺の間の距離が少し離れている。それを見てりんのすけは言った。

「僕と貴様らの間に県境を設けるな!何なんだ、その風花と言うものは?!」

「風花は雲から降ってくる雪じゃ無いんだよな。確か山から風に乗って来た雪だった様な。」

 俺が言った後、ひゅうがは分かりやすくテンションが下がっていた。

「なあんだ風花か。なんかぬか喜びした気分。」

「何が違うんだ?どっちも雪で変わりないだろう。」

 りんのすけは意味が分からず、眉間に皺を寄せた。

「なんか違うよな。風花は雪じゃないって感覚がずっとあると言うか。言葉にするのが難しいな。」

 俺は腕を組んで、空を見上げながら悩んだ。

「うん。雪だって思った後で風花だって思うと、何となくガッカリしちゃう。何でだろう。積もるのを期待したけど、積もらないのが確定するせいなのかなぁ。」

「そんなに積もって欲しいのか?」

 呆れた顔でりんのすけが言った。

「そりゃあ!積もって欲しいだろ!積もった雪を触りたい。水溜りが凍ってるだけでもテンションは上がる!」

 俺はつい力説してしまう。それひゅうがも同意して、何度も首を縦に振った。

「おれ小学校の時に雪が降って、担任の先生が授業を中断してさ。皆んなでグラウンドまで出て見に行った事ある!」

「そこまでするのか。なるほど、それは相当だな。」

 それに俺も続ける。

「街中に雪を積んだトラックが来て、雪を置いて行ってくれる事があるんだが、それはもう一大イベントの如く触りに行ったな。」

「わぁ!良いなぁ。それニュースで見たことある!」

「除雪された雪を置いていくだけでニュースだと?駄目だ。やっぱり僕には理解出来ないね。」

 やれやれと首を横に振るりんのすけ。 

 その後もしばらく、静丘県民に取っての雪の貴重さについて話は盛り上がり、電車を何本か見送った。

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【番外編専用】高校に入学したのに、女友達が出来ない。それどころか、男友達に振り回されている。 駿河犬 忍 @mauchanmugi

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