第一章 出会い②

「以上が、現在こちらであくをしているレーグラッド男爵領についてだ。質問はあるか」

 さて、時をほぼ同じくして、ハルミット公爵ていの一室。三人の男性が資料に目を落としている。

 レオナール・ティッセル・ハルミットは今年で二十七歳になる若き公爵だ。かた下程度の長さのぎんぱつを後ろでひとつにしばり、まえがみは中央分け。もともとの顔立ちが整っている上に目が切れ長なので「まなしが冷たい」とよく言われる。本人は自分の顔については「心底どうでも良い」と思っている。しかし、眼差しが冷たかろうがなんだろうが世の中は美形に甘い。そして、甘いがゆえに、彼はうんざりするような目にいやすい。

「はい」

「ヴィクトル」

「これ、公爵が立て直した後、代理人どうすればいいんですかね……」

 と、レオナールの部下ヴィクトルは苦笑い。彼は、ふわふわした赤毛でひとなつこそうな顔立ちの二十四歳。レオナールのとなりにいることが多いため、相対的に「話しかけやすそう」と思われ、彼自身「おこぼれの人気をもらっているのさ」という程度にはごれいじようたちからうけが良い青年だ。

「言っちゃ悪いが、ゆいしよただしい家門とはいえ田舎貴族ですよね。しんせき一同、領地運営を手伝えるような素質がある人間がいない上に、去年まで手助けしていたらしいフィーナ嬢の従兄いとこは、つい最近婿に行ってしまったと」

「そうだな。それも、金策のひとつだ。婿入りすることで資金を一時的に流したんだろう。タイミングが悪かったな」

 そのレオナールの言葉に、心底同情の表情を見せるのはもう一人の部下マーロだ。短髪黒髪で三人の中では最も背が高い。本人いわく「顔は覚えてもらえないのですが、背の高さで判別されるので困りません」というちょっと地味顔の二十二歳だ。

「まさか、レーグラッド男爵がこんな形でお亡くなりになるとは。ご子息のヘンリー様が成人するまでに領主がいなくなるなんて想像もしなかったでしょうね……それを思うと、今まで足を運んだところは、みなあとぎ問題は困っていないようでしたし、そこは救われていましたね」

「立て直し公」という、当人も「そのままだな」とうんざりするような異名をつけられたレオナールは、腹心の部下ヴィクトルとマーロを連れ、この二年半あちこちの領地の立て直しを行って来た。

 戦争終結時に、彼の父親である前ハルミット公爵は責任を取る形で彼にしやくゆずった。王城に近い場所に居を構えそれなりに権限を持っていた公爵なので、本来敗戦後に首がつながっていることがおかしい立場のはず。だが、彼はいつかんして戦争に反対し続けていたこと、敗戦により一部王族や貴族ははいしつきやくし、だれかがこの先の国政を支えなければいけないじようきようのため、ゆいいつのがされた。しかし、それが今のこの国に非常に大きなおんけいあたえることとなる。

 戦争前からほかの大国に留学していたレオナールは、父親の先見の明による「戦争中にはもどって来るな。その代わり、復興にたずさわるための知識を得ておけ」との言葉になおに従った。神童と呼ばれていたがゆえに大国に留学を許された彼は、帰国後その力をいかんなく発揮し、今では「立て直し公」と呼ばれているというわけだ。

 爵位をいだが彼は自分の領地にいないので、すでに退いた父親に領地を任せている。もし、戦犯の一人として父親がけいになっていたら、レオナールは他領地の立て直しどころか自分の領地の世話だけに明け暮れ、この国は終わっていたかもしれない。

「しかし、長女のフィーナ様が仮でも当主代理人って。女性が当主代理を受け入れるだなんて、聞いたことないっすよ。で動けなくてもそこは弟君の名を立てるのがつうかと」

 とヴィクトルが言えば、マーロが答える。

「弟君の容体はいまだによろしくないって話ですから苦肉の策でしょう。男爵夫人ではなくむすめさんの方、というのが気になりますが……貴族のご令嬢が当主代理人にならざるを得ない状況だからこそ、次のけん先に選ばれたっていうにんしきで合っていますよね?」

 マーロはヴィクトルのこうはいなので、ヴィクトルに対しても敬語だ。レオナールはマーロの言葉に軽くうなずく。

「そうだな。それがなければ、レーグラッド男爵領は……立て直しが必要な状況のわりに、この二年ほどよくやっていると言える。レーグラッド男爵はこの国ではめずらしく才があったのかな……資料を見た限りでは、いつたんしてもおかしくないところを、ギリギリでずっとみとどまっている。だが、こういう場所こそ本当はもっと早くどうに乗せれば良かったのかもしれない」

 マーロは「確かに」と同意をして、言葉を続けた。

「立て直しの目標がはっきりして動き出す場所が多ければ多いほど、その土地のきんりんも恩恵を受けることが多いですしね」

「そうだ。その可能性がここにはあった。だが、そのレーグラッド男爵がおくなりになった今、それを言っても仕方がない。我々が行ってそれなりに整えても、その後のために正しく当主代理人になれる人材が必要だ。それも並行して探さなければいけないので、フィーナ嬢にかくを決めてもらうことになるだろう」

 具体的には「それなりの経験者を無条件で婿としてむかえ入れる」ということになるだろう、とレオナールは言っているのだ。今のこの国にそんな人材は多くない。フィーナにはわいそうだが、若い貴族子息でその条件に当てはまる者はいない。そこそこ領地運営を経験したことがあるどこかの貴族、それもそれなりのねんれいぼうけいがあてがわれることになるだろう。

「フィーナ嬢にはこんやく者がいないんでしょう? レオナール様、ねらわれないといいですねぇ~。今までのご令嬢とちがって、立場が立場ですからよく話もするでしょうし、おん便びんに済ませたいですよね」

 と言うヴィクトルのこわは、他人ひとごとだと思ってのんさがうかがえる。うんざりとした表情を見せるレオナール。

 行く先々で出会う令嬢はみな「立て直し公」をやたらともてはやす。領地運営のなんたるかをこれっぽっちも知らない彼女たちが、こうしやくというかたきにかれ、彼の業績を表面だけ聞いてたたえ、彼の顔を見て言い寄って来る。仕事に集中したいのに正直じやだし、時には父親である領主までもいつしよに「立て直し公を婿に……」と画策されるので、真っ向からでかいくぎすことになる。

 ハルミット公爵家はもともと相当な財をたくわえており、戦時にもしようで国に多くの財産を提供していた。いくさが終わってから財産を追加ぼつしゆうされたが、今でもまだ余力はある。だからこそ、今の彼には令嬢たちが群がる。

 いっそ、そこは財がない方が良かった……とすら思うのだが『財産を公爵家に残してやるから、代わりにレオナールは王命にそむかずに文句を言わずに働け』という王城からの圧力だ。それにしたって割が合わないほどこき使われている、とヴィクトルとマーロは思っているが。

「さすがにこの前の一件は、そこまでやるかとは思ったが」

「あれは、なかなかがんられちまいましたね」

 ヴィクトルの言い草がおかしかったようで、マーロは「はは」と小さく笑うが、レオナール当人はそれどころではないので真顔のままだ。

「この前の一件」とは、立て直し期間が終わって明日あしたにはその土地を離れる、という時に、領主の娘がいに来たことだ。たった一夜で良いので思い出に、とかなんとか言っていたが、その一夜の後に他の男との子どもをはらんで「ハルミット公爵様の子どもです!」と言い張られたらたまったものではない。

「ほんっと、女性をまどわすような色男は大変ですね」

「好きでこの顔に生まれたわけじゃない」

「うわぁ」

 これだから、生まれながらに顔がいい男は、とヴィクトルは言いたげだったが、マーロに「男のねたみはみにくいですよ」と、彼もまた釘を刺されてだまった。

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