第24話 初めての大冒険

 先日、わたしと同じ氷の能力を持つドラゴン族のヘイルが姿を現わし、両親やヴェーチェルさんなどを打ち負かしては鱗や羽を首飾りにしている事に腹を立てて彼女に挑みましたが、わたしも負けてしまいましたあ。あの時はとても悔しくてたまりませんでしたあ。それでも、わたしはこの日もいつものように仕事をしていましたあ。


「グラスさんよ、今日は一層仕事に励んでいるな!」

「ちょっと自分自身を見つめ直す機会がありましてえ、また初心に帰って頑張っているんですう!」


 あの時の負けでわたしはわたしの未熟さを、改めて知ったつもりですし、むしろ今まで以上に仕事に気合を入れるようになりましたあ。


「戦って勝てないのなら、他で勝ってやるまでですう!」

「グ、グラスさん、どうかしたのかい?」

「なんでもないですよお!」


 個人的な感情は隠しきれてないかもですが、わたしは今まで以上に頑張るようになりましたあ!一方でシビルの方はエイリークと一緒に登山の練習に励んでいましたあ。そんな日々を過ごしているうちに、季節はめぐり、寒い冬がやって来ましたあ。


   * * * * * * *


 年の瀬迫るこの日。わたしとシビルはいつもより早起きしましたあ。


「おはようございますう」

「おはようグラス。どうかな、エイリークが選んでくれた灰色の登山服は」

「とっても似合ってますよお!」

「道具も食糧もちゃんとリュックに入れてある。それにしてもグラスは、今までそうやって、いつも俺の事を見守ってくれたよな」

「本当の両親も、きっと喜んでると思いますう!」


 シビルは、棚に置いてあるオルゴール付きテディベアを見つめて、一言こう言いましたあ。


「とうさん、かあさん、俺、行ってくるよ」


 わたしはシビルを抱えて、山から飛び出し、アルブル村のエイリークの所へ行きましたあ。


「着きましたよお」

「こうやって運んでもらうのも、何回目かな」

「きっと6000回ぐらいは運んだと思いますう」


 こうやって、シビルちゃんを抱きかかえて何度も飛んでいるから、わたしの腕も丈夫になったのかなと思うのですう。


「来たか……グラス、シビル!」

「待たせたかな、エイリーク!」


 シビルとお揃いの登山服を着たエイリークが出迎えてくれましたあ。腰のポーチには、幼い頃に握ってた木の短剣がお守りになってぶら下がっていますう。


「エイ坊!シビルの事を頼んだぞ!」

「元気な姿で戻って来てちょうだいね!」


 エイリークの両親も涙ながらに見送ってくれてますう。


「ここまで俺の事育ててくれて、ありがとう」

「初めての冒険、一緒に成し遂げて見せる」

「それでは、行って来ますう」


 わたしとシビルとエイリークは、北の方にある山に向かって歩き始めましたあ。山のふもとまではわたしも付いて行きますう。


 しばらく歩いていくと、目的の山が近付いて来ましたあ。


「さて、ここからは俺とシビルの冒険になる。この山での目的を達したら下山してアルブル村に帰って来る。その期間は3日間だ。もしその日を過ぎても帰って来ないのなら、グラスは仲間達と共に俺達を捜索してくれるか?」

「はいですう……万が一の事も、もしかしたらあるかもしれませんからねえ」


 実はわたしの方でも事前に仲間達や両親にアルブル村まで来て欲しいと手紙を送ってて、この日に集まって来る手筈となっているのですう。


「こっから見ると、やっぱ高い山だよなあ」

「シビル、俺達で登ってみせようぜ!」


 いよいよ、冬の寒空が包むこの山に、シビルとエイリークは挑むのですう。


「いつものように、お土産持って帰って来る。だからグラスはいつも通りに過ごしな」

「わかりましたあ……けど、これだけは約束してくれますかあ?」

「出来る事なら何でも聞いてやるよ」


 わたしは二人に言いましたあ。


「必ず二人揃って、ここに帰って来て欲しいですう!!!」

「確かに聞いたぜ、その願い!!!」

「それじゃあ、俺達の冒険が始まるぜ!!!」


 こうして、シビルとエイリークは山を登り始めましたあ。その姿が見えなくなるまで、わたしは二人を見続けましたあ……。


「さて、アルブル村に戻ってみんなが来てるか確かめますう!」


 わたしはすぐさまアルブル村に戻って、二人の帰りを待つ事にしましたあ。




「わたしだけ、ひとまず戻って来ましたあ」


 アルブル村に戻って来ると、そこにはすでに手紙で呼び出した仲間達が待っていましたあ。


「グラスよ、元気にしてたか?」

「今はシビルとエイリークが登山に挑んでいるんですって?」

「お父さん!お母さん!」


 わたしの両親にして、最強のドラゴン夫妻であるサクスムとリヴィエールがアルブル村に来ていましたあ。村のみんなも伝説の英雄の来訪に喜んでいますう。


「俺もいるぞ。あの時みたいな事態も考えとかなきゃだしな!」

「ヴォイテクさんも!」


 父の旧友のビースト族、ヴォイテクも来てくれましたあ。


「二人の帰還後に体調悪いようなら見てあげるからねぇ〜!」

「グリューさん!」


 アルブル村の敏腕医師、グリューヴルムも万全の体制を整えていますう。


「二人の身体が冷え切ってたら、焦げないように温めないとな!」

「ヒフキさんもいますう!」


 炎の熱血ドラゴン、ヒフキは年がら年中暑苦しいですう。


「優しい方がわたくし達を運んで来てくれましたわ!」

「俺もこの場でペルル様をお守りいたす!」

「ペルルさんに、ベルウさんもいますねえ!」


 ペルルさんとベルウさんは車輪の付いた巨大な金魚鉢のような水槽に二人で入ってここに来ましたあ。どうやらヴォイテクさんがここまで運んで来たみたいですう。


「元気かな、グラスよ。二人に幸運の風が吹く事を」

「ヴェーチェルさん……///」


 緑の翼のバード族、ヴェーチェルさんも来ていますよお!


「こんなに沢山の仲間がいて、わたし、とっても嬉しいですう!ここはみんなでシビルとエイリークの冒険の成功をお祈りしましょうう!!!」


「 「 「オオオーーーーーーーッ!!!」 」 」


 こうして沢山の仲間が集まる機会って、きっと初めての事だと思いますう。みんなの顔を見てると、今まで過ごしてきた思い出が鮮明に蘇って来ますう。


「でも、誰か、足りない気がしますう……」

「どうしたグラスよ」

「い、いや、何でもないんですう!」


 私たちがこんな風に過ごしている間……シビルとエイリークは……。


   * * * * * * *


 俺とエイリークは、自然が生み出した道無き道を、二人で歩いていた。少しずつ、頂上を目指しながら着実に登っていった。


「この山は古くから多くの人が種族問わず登っててな、俺達みたいな駆け出しの冒険家にも人気の山なんだ」

「そうなのか、思い返せば俺は今までずっとグラスに頼りっぱなしだったから、自分の足で登る事がこんなに大変だったって初めて知った。」


 登り始めてだいぶ時間が経って、気が付いたら、俺達は思ったよりも早く、頂上に辿り着いていた。


「なんか、夢中で登ってたらもう着いちゃったな」

「さて、この青い旗を他の旗の隣に刺して……と!」


 エイリークがリュックから取り出した青い旗には、俺の髪飾りと同じ形のリボンも付いていた。その旗を沢山の旗が刺さった岩に突き刺して固定した。すると……エイリークは山の頂上で大声で叫んだ。


『ヤッホーーーーーーーーーーー!!!』


(ヤッホーーーーーーーーーーー……)


「なんか、声が跳ね返って来たな」

「これは、東の地方ではと呼ばれてて、山に登ったらこうやって叫ぶのがいいんだってさ。シビルもやってみな」

「んん……オホン」


 俺も、叫んでみた。


『ヤッホーーーーーーーーーーーーー!!!』


(ヤッホーーーーーーーーーーーーー……)


 声が跳ね返って来た……こんな面白い現象があっただなんて……ここに来るまでは知らなかった……!


「それにしてもさ、やっぱこういう所で食べる飯は美味いよな!」

「ああ、そうだな……!」

「それとここにある緑色の石、これを持ち帰るのがこの山を制した証になるんだってよ!二人分確保したからこれを持って帰ろうぜ!」

「ああ、グラスにも、みんなにも、俺達の成長した姿を見せに行こうか!」


 こうして俺とエイリークは下山を開始した。しかし……。


「何か、天気が悪くなってないか……?」

「天気予報、しばらく晴れって言ってたはずだったけどな……」


 俺達が山を降りていけばいくほど、天気は少しずつ荒れていき、気が付けば大きな吹雪となって俺達の行く道を遮るのだった。


ビュオオオオオオオオオオオオオオオ!!!


「なあシビル、あそこにちょうどいい洞窟が空いてるぜ!今夜はここで吹雪が止むのを待とう!」

「言われなくたって!!!」


 俺達はすぐさま、山の中腹にある洞窟に入って吹雪をやり過ごす事にした。洞窟の奥には焚き火が出来る所もあり、そこに火を灯して暖を取る事にした。他にもこの辺りには誰かが生活していた跡と思わしきものがあり、昔とあるドラゴン族がここで暮らしていた事を物語っているようだった。


 俺とエイリークは焚き火の傍で語り合った。


「いやあ、大変な事になったな……ごめんなシビル」

「でも、想定外の事を楽しむのも冒険なんだろ。こういうのも、楽しまなくちゃだよな!」

「そうだよな!でも……そういえばシビルって昔、一人ぼっちで森の中を生きてきたんだよな」

「ああ……でも、あんなクソみてえな日々に比べたら、この冒険の方がもっと楽しいよ……」

「そ、そりゃそうだよな……ん……?」


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………!!!!


 地鳴りが起きた……地震だ……!


「あ!……入り口の天井が崩れて……!!!」


ガガガガガガガガガガガガ!!!

ドガガガガゴガガガラァァアッ!!!!!!


 俺達のいる所は大丈夫だった……けど、先程入ってきた入り口の天井が崩れ、出ていくための道が塞がってしまった。岩のひとつひとつが思ったよりも大きく、俺とエイリークの腕力じゃ、迂闊に動かせばさらに崩れて大変な事になるだろう……。


「おい……こんなの嘘だろ……!?」

「まさか二人揃って閉じ込められるとはな……」

「なあエイリーク……こういう時、どうすればいいんだ……?」

「ちょっと待ってろ……」


 エイリークは崩れて塞がった出口を調べた。


「かろうじて、外の空気を取り入れられそうな状態になっているな。そんな時はこれを使うんだ」

「リュックから取り出した、何だこれは……?」

「発煙筒さ。ここで三日間生きてればグラス達がここに気付いて助けてくれると思うからな」

「やっぱエイリークってすげえよな。俺が知ってる中ではグラスの次にすげえや」

「褒めたって、何にも出ないからな……」


 エイリークは岩の隙間に発煙筒を差し込むと、モクモクと煙が出て来て洞窟の外に流れ込んだ。


「一旦飯食おうぜ。お互い三日分用意してあるしな」

「ああ……」


 洞窟の中で食事をして、俺とエイリークは休もうとしたが……。


「なあシビル、俺とした事が、寝袋を忘れちまったよ」

「そ、そうなのか……じゃあ、俺の寝袋、使うか?」

「ま、まさか、一緒にこの中で寝るっていうのか……?」

「ああ……グラスがとびっきりデカい寝袋用意してたみたいだ」

「じゃ、じゃあ、一緒に入っても……いいか?」

「いいよ。こうでもしないと、片方寒くなるだろ……」

「分かった……」


 俺とエイリークは、グラスが用意してたデカい寝袋に二人で入った。どうやらドラゴン族が使う事前提で作られたものと思われ、俺とエイリークは寝袋にすっぽりと収まった。


「そういえば俺達、こんなに近付くの初めてだよな……」

「ああ、そうだな……エイリークの身体の感触がすぐ近くにある……」

「俺もだよ、シビルも……思ってたのと、なんか違うっていうか……」

「何だよそれ……俺だって好きでこんな身体で生まれて来たんじゃ無いんだぞ」

「でもこんな状況じゃ、俺とシビルの身体の違いが改めて分かるよな……」


 話をしている内に、高まってくる心拍の中で、俺はエイリークにある話を告げた。


「なあ……エイリーク……ひとつ言っていいか……?」

「何だ、言ってみろよ」

「この後、きっとグラスが助けに来てくれるだろう。その後……俺は……」



「グラスの所から去る事にする」


「なんだって……!?」



「俺はやっぱり人間だ。人間は人間の社会で生きなきゃいけない。その事をアイツに話してから、俺はアルブル村の民として暮らす事にする」

「それで、住む家はどうするつもりなんだ……

?」

「……お前の家、ブレイバル家に、嫁ごうと思う。あの家も俺にとっては思い出深い場所だからな。初めてお前に女だって事を見せちゃった事とか、一緒に飯食って勉強した事とか、今でも思い出せるよ」

「確かにな。あの日から俺達の大冒険は始まった気がするよな!」

「こんな事をこの場で言うのも何だが……エイリークよ、俺……いや、私をこの家に入れてくれるか!?」


 エイリークは言った。


「当たり前だろ……俺とシビルはもうすっかり最強のパーティーだからな。だから、俺の所へ来いよ」

「え……エイリーク……エイリークッ!!!」

「オイッ、泣くなよシビル……!」

「もう私はシビルじゃない……お前の妻のシルビア・ブレイバルだ!!!」

「シルビア……それが本当の名前か、良い名前だ!!!」

「エイリーク!!!」

「シルビア!!!」


 気がつけば、俺……いや、私は寝袋の中で互いに愛情を確かめ合っていた。目の前にいるエイリークも、私を受け入れてくれた。ふと気付くと、今まで私の身体に刻まれていた傷は9年かかってほとんど消えていた……私とエイリークは……寝袋の中でお互いの心と身体を結び付けて、ひとつになっていた。


 もう……


 わたしは……


 ひとりじゃないんだ……








 ……


 朝が来た時、吹雪は止んで、崩れた入り口は雪に覆われていた。そこに、外から一人のドラゴン族が飛んでくる。


「あーら良い朝。昨夜の猛吹雪が嘘のようね。そういえばあっちの山にはお気に入りの休憩所があるんだけど……あら?入り口が崩れた岩で塞がってて……なんか煙が出てる……!?」


 第25話へ続く。

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