第32話:ケテルとの再会
◇
天音と明里、秋花の三人は、ひとつの大きな部屋の中に立っていた。
その部屋の中央には、ガラス張りになった円柱のようなものがあった。その円柱と、床と天井をつなぐ箇所にはコンクリートのような材質の支えもつけられていた。天井側には作業用通路のようなものがあり、床側にはホログラムの展開された操作パネルのようなものもあるようだ。
そして、その円柱の中には緑色の光を放つ球体のようなものが納められており、なんだか不気味な様相を
どうやら、先ほどから鳴っているゴウンゴウンという重たい機械音は、ここから発せられているようだ。
明里は、その音を聞いて妙に気味が悪くなり、身震いをした。
そして、その機械の下に
紫色の髪に、顔の横から覗く瞳の色は青。服は
この場に居る誰もが、その服は、引いては彼女自身でさえ
「――思ったよりも早かったね。ようこそ、両学園の皆さん?」
振り向いた彼女は、その青色の瞳で三人を射抜くように見つめ、
その姿は、
「……あなたには、聞きたいことが沢山ある」
口を開こうとした秋花より先に、天音が一歩前に出た。
珍しく、敬語が外れていた。
「えぇっと、キミは誰だったか――そうそう、天音くんか。どうかしたのかな?」
何かを思い出すような仕草で頭をトントンと叩いてから、指を鳴らして彼女はそう訊いた。ずいぶん大げさな身振り手振りだった。
「その服は、何?」
天音は、彼女がずいぶん豪華な服を着ていることについて指摘した。
なぜなら、最初会ったときはかなりみすぼらしい格好をしていたからだ。
「ああ、これか。主君から
ケテルはまるで両親からもらったプレゼントを他人に自慢するかのような、とても純粋な瞳でそう言ってのけた。
「最初のときに着ていた服は?」
「もしかして、キミはまだ気がついていないのかな?」
どこかつまらなそうにしながら、ケテルは質問した。
「……何が言いたいの」
その返答の意味は確かに理解していたが、天音はそう聞き返した。
「まったく、皆まで言わないと分からないのかな――キミは、わたしに騙されていたってことだよ」
「やっぱり、そうだったんだ」
苦虫を噛み潰したような表情で、天音はそう返す。
「なんだ、気づいてるんじゃないか」
ケテルは天音を
「確かめたかっただけだから」
それに対し、天音は冷たく吐き捨てた。
「ま、服に関しては、みすぼらしい格好にしたほうが、キミは同情して簡単に騙されてくれそうだったってだけだよ」
「……」
天音は何も言わずにケテルを睨んだ。
「キミが秋花を敵視するように仕向けたのもわたしだし、情報を
彼女は大げさに両手を広げ、ニヤリと笑った。
「まあ、最初にキミたちが爆破の魔道具を無効化してくれたせいで、わたしの動きが遅れたんだけどね。まったく、自分で入口を壊さなきゃいけないのは面倒だったよ」
面倒さなど微塵も感じていないような声色でケテルは言った。
『自分で壊さなきゃいけなかった』と言っている通り、本来はあの魔道具で管理局員の誰かにでもやらせる予定だったのだろう。
「最初の話は、どこまで本当だったの?」
彼女の言葉を無視して、天音は質問した。
「……わたしが
ダンジョン街。
一部の巨大ダンジョンの中に存在する、魔術をふんだんに使いながら稼働している特殊な都市のことだ。夢がある一方、治安もそこそこに悪く危険も多いと聞く。
一体なぜ彼女が転移してきたのかはわからない。だが、ダンジョン街というダンジョンに近しい場所であれば、異世界と繋がったというのもそうおかしな話ではないのかもしれない。
「じゃあ、その分人の苦しみを知っているはず! なのになぜあなたはこんな事件を――」
天音がそこまで言ったところで、ケテルは
「いいか! わたしはキミたち地球人に苦しめられてきた! だからこそ、キミたちを虐げる権利があるのだ!」
まるで世界に対して宣戦布告するかのような、
それから一息飲んで、彼女は呟くように言った。
「――そう、そのための権利だってわたしには与えられたのだから」
「っ――そんな権利、誰からも与えられるわけがない!」
そんなケテルの様子に一瞬気圧されるが、天音は言葉を続けた。
「いいや居たのさ――そう、我が主君がね。あの方はわたしにすべてをくれた。わたしたち異世界人のための居場所と、力と、友をね」
指を三本立て、一つずつ折り曲げながら彼女は自信満々に述べた。
「天音ちゃん、一瞬待って……私から、ひとついいかな? その主君はなんて名前?」
それから、秋花が一歩前に出てケテルにそう訊いた。
「ふむ、本来ならキミたちの耳に入れることさえ
一歩踏み出し、心底嬉しそうに彼女は告げた。
「マルクト様、だよ」
「……へぇ、そうかい。やっぱりね、ありがとう、良いことが知れたよ」
秋花の言葉に、ケテルの表情が歪んだ。
一方、天音と明里の方もなんだかよく分かっていない様子だった。
「やっぱりキミは気に食わないね。何を考えているのか分からない。そこの天音くんぐらい分かりやすいと助かるんだけどね」
ははっ、と彼女は天音を指差し笑った。
「このっ――」
身を乗り出そうとする天音を、秋花は手で制した。
それから、カマを掛けるようにこう言った。
「もう時間稼ぎは十分かな?」
「そちらこそ、情報の聞き出しは十分かい? ああ、それから主君の目標のための
しかし、ケテルは秋花の言葉など意にも介さず、恍惚とした表情を浮かべていた。
「うーん、その準備はまだかな。そっちだって、後ろのソレはまだ準備できてないみたいだしね」
「……ほんとうに、気に食わない人間だ」
それから、
どうやら、
「図星みたいだね」
「……ま、いいさ」
しかし、彼女は肩をすくめ、余裕そうな声色でそう言った。
それから身を
「どうせ、もう止められないんだから。それに、わたしはキミたちより強いんだ。主君からの命令もあるし、キミたちに構っている暇はない――じゃあね」
顔だけをこちらに向けて、憎たらしく告げると、彼女は地面を蹴って部屋の上方にある足場に飛び乗った。
作業用の通路のようだが、彼女はその奥まで走っていった。
「えっあっ! お、追う……?」
明里は数歩前に出てから、おろおろと困惑していた。
「はっや――ああくそっ! いやでも、これなら先回りすれば……明里ちゃん、ちょっといい?」
秋花は何かの紙を取り出し、ブツブツと呟いた後に、明里にそれを渡した。
どうやら、地図のようだ。
「は、はい?」
「これをキミに託すね。ここに書かれてる場所に、兵器を起動する装置がある――ハズだから。四つのうち二つを無効化すれば、兵器を止められることになってる」
いくつかの絵とともに、入り組んだ地形が書かれていた。ペンで雑に囲われた四つの箇所に装置があるようで、それぞれ番号が振られていた。
「はっ、はいっ! じゃあぶっ壊せばいいんですね!?」
少し
「そ、そんなことしたら遺跡の防衛システムが作動して殺されちゃうよ!?」
「ひぃっ! それは嫌です! でっでも、じゃあ無効化ってどうすれば?」
ひどく怯えたような様子で明里は質問した。
「や、それが実は分かってなくてさ……これも、管理局から盗んできたものだし。だから、もしこの装置自体無関係のものってこともあるかも。そうだったら、他を当たって」
それから、秋花は少し困ったような様子で頭を
よそから貰ってきたものだから、先ほど『装置があるハズ』なんて曖昧な言葉を使ったのだろう。
「えぇっ!? ほ、他ってどうすれば……」
「キミたちには連理くんが居るでしょ? 彼ならなんとかできると思う。私の方は――まあうまくやるよ。だから、そっちは頼むね」
連理のスキルはアーティファクトや古代の技術についての詳細が分かるものだ。
だから、彼一人居れば問題なさそうとの判断だろう。
「は、はい……分かりました」
「私は三番に行くから、キミたちはそれ以外で。あと、ケテルが居たらすぐ逃げて、絶対に」
秋花は、明里の手を握ってそう告げた。
ここから先は、何が起こるかわからない。いったい何が潜んでいるかも分からない暗闇の中に足を踏み入れるようなものだから、気をつけろ。
「わ、分かりました」
明里は不安げに秋花の手を見ながらも、真剣な表情で頷いた。
「それじゃあね」
秋花はそう言うと、笑って去っていった。
明里はそれを見送ってから、天音が居るはずの場所へと目を向けた。
「それじゃあ天音ちゃ――えっ!? どこ行ったの!?」
しかし、気がついたときにはもうそこに天音は居なかった。
「秋花さん! ……って、もう居ないし!」
秋花に伝えようと思って振り向くが、秋花もすでに曲がり角の向こうに行ってしまっていたようだ。姿が見えなかった。
仕方がないので急いで周りを見てみると、作業用通路の上に走っている長い黒髪の少女がちらりと見えた。
どうやら、ケテルが向かっていた方向とは逆に走っているようだ。
「もうっ、これだからあの子は――」
あの足場くらいの高さなら、スキルを使って思いっきり
しばらく周囲を観察すると、壁の方に金属製のこぢんまりとした階段が取り付けられているのが見えた。
「あそこね!」
明里はスキルを発動し、急いで走り出した。
(急いで止めないと! ぜったい、また一人で解決しようとしてるんだ!)
明里は以前彼女と一緒にこのダンジョンで地下まで落ちて、二人で生還したことを思い出していた。
彼女が具体的に何をしようとしているかは分からない。けれど、また『一人で』どうにか事態を収めようとしていることくらいは明里にも分かった。
そして、自分たちは四人のチームだというのに、一人で事件を解決しようとするのは危険だ。
上の通路までたどり着いたところで、天音が走っていった通路が見えた。
曲がればすぐ彼女の姿が見えると、
(お願い! まだそこに――)
しかし、そこには三つにも分かれた分岐路があった。
……急いで彼女を追いたい気持ちは確かにある。
だが、道だってわからない状態で追うのが危険なことくらい明里にも分かった。
ケテルの危険だってある。
さらに、今は装置の停止も任されている。
連理と零夜にだって、まだ何も伝えられていない。
「……前、一人で抱え込まないで、って言ったはず、なんだけどなぁ」
少し息を切らしながら、悲しげな苦笑いを一つ顔に残して、明里はスキルを解除した。
◇
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