第31話:嵐の前の静けさ

 ◇


 階段を降りていくに連れ、何か巨大な機械が動くような、ゴウンゴウンという音が大きくなっていった。

 天音はどうやら連理と零夜に通信をしているようで、光っている青い宝石を握ったまま黙っていた。


「……多分、まだ大丈夫なはず。完全には稼働していない」


 それから、秋花しゅうかが急に呟いた。


「えっと、何がですか?」

「まあ、遺跡の装置のことね。具体的には……辺りに居る人間の生命エネルギーを奪い取って、カプセルに収納するゲキヤバ兵器」


 一瞬迷うような仕草をしてから、秋花はその質問に答えた。


「えぇっなにそれっ!」

「しっ! 声が大きい!」


 秋花は明里に対して静かにしてというジェスチャーをした。


「す、すいません……」

「――まあ、この遺跡はわりかしなんでもあるからね。だから、生徒立入禁止エリアも多いんだよ」

「へぇ〜……結構恐ろしいですね」

「普通の装置もあるんだけどさ。そういうのは、大学の方から教授が来て研究してたりするけど」

「なるほどぉ、だから青幻学園は名が売れてるんですね」


 単純に『学校』の視点から見れば、ダンジョンの存在は良くも悪くもない。


 だが、ここは学園だ。大学や研究機関も存在する。

 それに、ダンジョンが出現してから、かなり無理を言って自分たちの意思で研究や探索、管理を推し進めてきた。それによって『学校』という範囲から飛び出して、一つの組織として大きなアドバンテージを得ることができたのだ。


「ま、そういうことだね」

「でも、こんなヤバいものがあるのに、ぜんぜん知られてないですよね?」

「そりゃあ、表に出たらヤバいからね。私だって、知ったのはつい最近だしね〜。ダンジョン庁とかからの監査は来るにしても、管理は全部ウチの学園。だから、隠蔽だって簡単なのよね」


 秋花は後ろに居る明里に対してひらひらと手を振りながら言った。


「なるほどねぇ……私達の鳥里学園も、授業にダンジョン探索があるくらいの高校だからあんまり人のこと言えないけど、青幻学園もかなりヤバいんだ」

「そゆこと。ヤバすぎて今困ってるとこだよ……」


 はぁー、と秋花は大きなため息を吐いた。


「それにしても、ケテルって人はそれを起動して何をしようとしてるんでしょうね? ジェノサイドですか?」

「単に殺したいだけではないと思うよ」

「ではまたどうして……?」

「たぶん、あの装置が産出するエネルギーが目的……だと思うんだけど、それを何に使うのかは何も分かってないわ」


 秋花は眉間にシワを寄せた。


「ただ、アレはこっち地球の神話に基づいた存在なんじゃないかって予想だけはできてる。だから、もしかするとその神話に詳しければ動機も分かるのかもね」

「秋花さんは知らないんですか?」

「神学はあんまりね。一応触りくらいなら知ってるけど、私の知識の範疇はんちゅうじゃ、予想なんて無理だったわ。生命の樹だかなんだかと関係がありそうなことまでは分かったんだけどね……」


 彼女はまた一つ大きなため息を吐いた。


「なるほどぉ……それにしても、生命の樹ってなんだかカッコいい名前ですね」

「これ、敵方てきがたの組織の話なんだけど……?」


 秋花が明里を半目で睨んだ。

 それに対し、明里はてへっと可愛らしく笑うだけだった。


「……まあいいわ。その装置だって、あまりにも危険だからこそ、そう簡単には起動できない。自分が対象者から外れるための手順も、発動自体も超複雑な手順になってるのよね」

「じゃあ、早く止めにいかないとですね」

「そそ。だから今、急いで走ってるってワケ。そろそろ付くから、戦う準備しといてね」


 秋花も背中に背負ったアサルトライフルを構え直した。


 ◇


 一方、連理と零夜に関しては。


「よっし、これで最後だな」

「ようやく終わったか……これでもとの持ち場に戻れそうだな」


 先ほど魔物の大群に囲まれていたところから、それらを全て倒して一息ついていた頃、天音からの通信が入った。


「おっ? 通信機か」


 連理と零夜は青い宝石を手に取った。


『もしもし。連理だが』

『間違っていました、私が最初から――いえ、それで――あの――』


 聞き慣れないノイズまじりの通信だった。思考がまとまっていない故だろうか。

 声色からも、ずいぶん焦燥していることが見て取れた。


『だ、大丈夫か? 何があったのかゆっくり話してくれ』


 零夜がそう言うと、ノイズ混じりの呼吸音のようなものが聞こえてきた。それからしばらくすると、ノイズは収まっていった。


『――そうですね。まず、どうやら秋花先輩は敵ではなかったようです。私が会った異世界人、ケテルが全ての黒幕だということでした』

『は? 敵じゃない――いやまあ、納得はできるんだがな。証拠はどうしたんだ? あっただろ』


 連理はまさかの情報に対して頭を抱えた。


『それは、全てケテルが改ざんしたものでした。私は、ケテルの情報に騙されていたのです』

『……そんな巧妙な手が使えるか? また今度は秋花先輩に騙されている、なんてオチじゃないよな?』

『――分からないよそんなこと!』


 音割れした大きな声が二人の頭に響いた。

 二人は驚き、思わず口をつぐんでしまった。


『……すいません。取り乱しました。でも私にはもう、誰が敵で味方なのか分かりません。だから、今から自分の目で確かめに行きます――ケテルの居るところまで言って』

『アイツが居るところまで……? 見当はついているのか?』


 零夜が怪訝そうな顔で訊いた。


『ええ。秋花先輩が知っているそうです。ただ、もし私が秋花先輩に騙されていた場合は、私はダンガーで戻されるか……あるいは、死ぬのかもしれません』

『……不穏なこと、言うなよな』


 連理は噛みしめるように言った。

 秋花やケテルが何を持っているか分からない以上『絶対に死なない』とは言い切れないのだから。


『……ともかく、お二人共上階の方は教師陣に任せ、地下に来てくださると嬉しいです』

『分かった。確かにこの状況なら、下に居るほうが早く問題が解決ができる気もするしな』


 連理は納得してそう返答した。


『ええ、お願いします。私に通信が繋がらなくなったら、そういうことだと思ってください。明里さんは――身体能力も高いですし生き残れるでしょう。何かあればそちらに連絡をお願いします』


 天音はまるで業務連絡のような淡々とした口調で二人に伝えた。


『分かった、分かったから――死ぬなよ』


 連理は一息吐いてから、そう言った。


『……ええ、もちろん』


 一拍置いてから、とても小さな声でそう聞こえた。

 それから、二人の返事を待たずに天音は通信を切った。


「さて、よくわからないことになってきたな」


 連理は額に手を当て嘆息した。


「……行こう、二人が心配だ」


 零夜は階段の奥を険しい表情で眺めながらそう言った。


 ◇

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