第19話:四人で会議
◇
あのダンジョン探索イベントでの事件から数日後の週末。
連理は、電車に揺られていた。
休日昼間の時間帯、ほどよい人混みで電車が埋まっている。
どこに向かっているかと言えば、天音、明里、零夜の三人と約束した場所だった。
メッセージアプリを開くと、こういった会話があった。
『ダンジョン探索でのこと、色々とすみませんでした。そして、私から話したいことがあります。今回の学園交流祭における、ダンジョン管理局と秋花先輩のことでお話したいことがあります』
その後は他愛ない会話が流れ、同時に詳細な予定も決まっていた。
結果、みんなが行きやすい場所にあるチェーン喫茶店ということになったのだ。
それから、連理は顔を上げる。すると、視界に見覚えのある顔が映った。
あまり馴染みのない、どこかきちっとした私服姿だったが、その横顔には確かに見覚えがあった。何かの本を読んでいるらしく、吊り革を掴んでいる傍らでページをめくっていた。
(あれ……天音さんかな?)
それから、近づいて声を掛けた。
「よす、天音さん……で合ってるよな?」
「――ああ、連理さんですか。奇遇ですね」
一瞬の間を置いて、彼女は振り向いた。どうやら、天音で間違いなかったようだ。
「何の本を読んでるんだ?」
連理は純粋な好奇心から、そう質問した。
「『ダンジョン化社会』という本です。一昔前『情報化社会』という言葉が広まっていたそうですが、その言い回しのもじりでしょう」
情報化社会なんて言葉が出回ったのは、彼女がまだ小学生かそれ以下の時代の話だろう。だが、彼女がそれについて知っているのは博識ゆえだろう。
「おおう、なんか難しそうな本読んでるんだな……面白いのか?」
若干身じろぎながら連理は訊いた。
「面白いですよ。主にダンジョン
「へぇ……ダンジョン街かぁ。俺も一回行ってみたいけどなぁ」
ダンジョン街というのは、ダンジョンの中に作られた一つの都市のことだ。
ほんの一部の巨大なダンジョン、あるいは『次元型ダンジョン』と呼ばれる物理的にあり得ない大きさを持つダンジョンの中に作られる。
当然、ダンジョンの中であるため魔術も使えるし、魔物も湧く。
「気持ちは分かりますが、あそこは別世界ですよ? 治安も地上に比べれば随分悪いですし」
「そういう話は聞くけどなぁ。でも魔術まみれの街とか一回見てみたくないか?」
「純粋に景色を楽しみたいなら、VRで十分かなと私は思ってしまいますが……」
「そうかぁ。ちょっと残念だな」
連理は肩をすくめた。
「あの街にも確かな魅力はありますが、ダンジョンそのものも含め、社会を変えたものですからね――例えば、治安の悪化もその一つに挙げられるでしょう」
治安の悪化。そう言ったとき、天音の表情が曇った。
そこで連理は、天音が本や吊り革を何度も握り直すなどの行動をしていることにようやく気がついた。どうも落ち着きがないようだ。
そこで、連理はため息を吐いてから、質問した。
「……はぁー、じゃあ結局今回の交流祭では何かが起こるって認識なんだな?」
確かに彼女の焦りや不安は連理にとって過剰に思える。だが、生真面目な彼女が無意味に心配しているだけとも思えない。
火のない所に煙は立たぬとも言うし、連理は一度
「分かるんですね――顔に出ていましたか」
連理が腕を組んで聞くと、天音は面食らったような顔をする。
「まあ俺も今気づいたばっかだけど……」
連理は励ますように苦笑する。
「でも正直なところ、天音さんがそこまで警戒するなら冗談ではないんだろうな、と俺も思った――だから、ちゃんと後で全部話してくれよ?」
連理はどこかいたずらっぽく笑って問い詰めた。
「――本当、あなたには叶いませんね」
天音は苦笑し、肩をすくめた。
「分かりました。集合できたら、全てを話します」
それから、意を決しそう言った。
と、そのとき。連理のスマホから通知音が鳴った。取り出して画面を見てみると、そこには零夜から来たメッセージの通知があった。
『明里に捕まって連れ回されてる。陽キャオーラに耐えきれないから助けてくれ』
連理はそれを見ると、くつくつと笑って天音にもその画面を見せた。
「だ、そうだ。早く行った方が良さそうだな?」
「あの二人はいつも通りみたいですね」
天音は少し肩の力が抜けたのか、優しく笑った。
◇
それから、カフェで零夜と明里の二人――いや、明里一人で盛り上がっていたところに、天音と連理は合流した。
零夜は真剣な表情で水を飲み、一言。
「ありがとう、助かった」
「はっは、まるで九死に一生を得た兵士みたいだな」
連理が大きく笑った。
「ところで、明里さんはさっきから何を?」
ずっとスマホをポチポチと操作していた明里に、天音が訊いた。
「んー? ここ四人のSNSアカウントいじってる」
彼女が見せた画面には、前に作った四人の学園交流祭用SNSアカウントがあった。
どうやら、たまに使っているらしく、何回か更新されているようだ。
つい数分前にも、零夜と明里が映っている写真が上がっているようだった。零夜の表情については言及しないのがいいだろう。
「ああ、それか……まだ使っていたんだな」
零夜は少し気まずそうな顔をしていた。
「あったり前よ!」
対して、明里は誇らしげに胸を張る。
「一応私もアカウント情報はもらったので、
零夜が自分のスマホで履歴を遡ってみると、やけに真面目な文章で書かれた、学園交流祭に関する告知のメッセージがあった。前に行ったダンジョン探索イベントのものだ。
おそらく、天音が関与しているのはこれだろう。
「へぇ、しかもフォロワーが三千人か……かなり居るなぁ」
連理が感嘆の声を漏らす。
「――まあ、そちらは今回重要ではないんです。最初にもメッセージを送りましたが、今日わざわざ皆さんを集めたのは、今回の学園交流祭の怪しい部分についてお話するためです」
「お、ついに本題か」
連理は興味ありげな様子で天音に向き直った。
「そんな楽しい話ではないですよ?」
「俺は大体の話を楽しめるから問題ない!」
連理は冗談めかして親指をぐっと立てた。
「それならいいんですが……」
理解できない、といった様子で自信なさげに返す天音。
「それでは、まず零夜さんと明里さんのお二人に、私達のダンジョン管理局と秋花先輩の動向についてお話しなければなりませんね」
それから気を取り直し、天音は話を切り出した。
「秋花さんの?」
零夜が眉を寄せた。
「はい――ですが、まずはダンジョン管理局の方からお話していきましょうか」
天音はダンジョン管理局の詳細について話し始めた。
管理局が交流祭に必要のない物資を扱っていること。不必要な外部との取引の痕跡があること。学校やダンジョン内に新たに配備された機材についても、何に使うのか不透明なものがあること。
「具体的には、青幻遺跡ダンジョンでは既にステージの建設が始まっているのですが、その舞台裏の装置に危険な魔道具がありました。効果は周囲の電気的、魔力的に動作する製品を、一時的にショートさせるというものでした」
「ま、待ってくれ。情報量が多いな」
「うん、私もよく分かんない!」
天音の話を理解した上で困惑している零夜と、そもそも話を理解していない明里が話を遮った。
「まず、ステージの建設ってなんだ? 遺跡の中でやるのは知っていたが、今から建設してるのか?」
信じられない、と言いたげな零夜。
今では三階建てのビルが一ヶ月で建ってしまうほど建築技術は高くなっているが、それでもあと合同文化祭まで一週間ほどしかない。
「はい、私達が先日の交流イベントを終えた後から始めていたようです。時間については、魔術的な技術を利用することで間に合うようにしているそうです。ダンジョンの中だからこそできることですね」
「それは凄いな……」
零夜が感嘆した。
「ダンジョン内は地上とは全く違う環境だとは聞いていたけど、そこまでなんだな」
連理は興味深そうに頷く。
「さらに言えば、撤去コストもそこまで高くないそうです」
「なるほどなぁ」
頷く連理をよそに、天音は話を続けた。
「それでその装置ですが、効果範囲までは把握できませんでした。発動自体は容易にできそうでしたが……」
「えぇ、なんでそんなものがあるの?」
明里が不思議そうに訊いた。
「そこですよ。だから、私は今回の合同文化祭で『何かがある』と言っているわけです」
「状況を見ればそう思うのも無理はないな……」
零夜が表情を歪めた。
「さらに、それだけではありません。取引記録を見た限りでは、爆発を起こせるであろう魔道具もあるはずですが――場所までは把握できませんでした」
天音は少し声を抑えてそう語った。
「爆発ぅ⁉」
カフェラテをチューチュー吸っていた明里が、驚きの声を上げた。
「声が大きいですよ! ――ともかく、最後の合同文化祭では、絶対に何かが起きます」
天音が真剣な表情で言い放った。
「現状を見てると否定はできないな……」
難しい顔して零夜は頷く。
「もちろん、ダンジョン管理局も一枚岩ではありません。ですから、おそらくこれは一部の局員の独断でしょう」
「それなら、普通の局員が気づいたりするものじゃないのか?」
連理が不思議そうな顔をして疑問を投げかける。
天音の話を信じるとは言っても、ただ単に
「いえ、あれらの痕跡は、相当巧妙に隠されていました。私もかなり注視しなければ分からなかったでしょう」
「ふーん……なるほどなぁ」
まだ完全には納得できないのか、顎に手を当てながら頷く連理。
「動機は、おそらく地下ダンジョンの掌握でしょう――あそこは探索禁止区域もありますし、それらを全て自分たちの手に落としたいのでしょう。それをバレずに持ち逃げできれば、相当の利益が生まれるでしょうしね」
「だから、混乱を生んでアーティファクトの奪取などをしようとしているということか……」
零夜が真剣な表情で頷く。
「加えて言えば、秋花先輩はまた別の動機で動いていると私は考えています」
「別の動機? しかもあの人が……?」
信じられない、と言いたげに零夜は声を漏らす。
「ちょっと信じられなくなーい?」
「気持ちは分かります――が、最近の行動を見ていると、そうとしか感じられません。例えば――」
彼女が持っている情報や、彼女の動向自体不透明な部分が多いこと。天音に協力してほしいと言っておきながら、特に指示や説明がないこと。
そして極めつけは、ダンジョン探索イベントにおける命令のことだ。
「でも、最後のイベントは上からの命令なんだろ? 他のについても怪しまれたくないからで説明がつく。それに、秋花先輩が黒幕なら天音さんに話す必要がないだろ?」
「私もそう思いました――ですが、秋花先輩は動機が違うんです。ですから、ダンジョン管理局とは敵対している可能性があります」
「なんで動機が違うのかも気になるが……動機の違いがさっきの話とどうつながるんだ?」
連理が疑問を呈する。
「秋花先輩が話したのは『ダンジョン管理局が怪しい』という話です――つまり、ダンジョン管理局をスケープゴートにしたかったのではないでしょうか」
天音がそう言い放った。
「すけーぷごーと?」
「要は囮って意味だ。一旦落ち着いて聞いてくれ」
きょとんとして声を上げる明里に、零夜が肘で小突きながら説明した。
「それなら確かにに辻褄が合うな」
「はい、合ってしまうんですよ」
顔を歪め、彼女は言った。天音自身、認めたくないことなのだろう。
今まで信頼してきた人間が、敵に回るなんてことは。
「うーん……でも、こんな情報どうやって集めたんだ? 特に動機なんて相当分かりにくいだろ?」
「そうですね、私も一人では気付けなかったでしょう」
連理の質問に、彼女はどこか意を決するように息を吐いた。
「どういうことだ?」
それを察知して、連理は怪訝そうに片眉を上げる。
「私は異世界人を名乗る方との接触をしており、その方から手がかりを得ていた、ということです――これについては、今まで隠していて、申し訳ありません」
天音はそう言って頭を下げた。
「……えぇ?」
その言葉に、連理は思わず素っ頓狂な声を上げる。
異世界人は彼にも予想外だったらしい。
「異世界人は流石に……天音ちゃん大丈夫? 精神科行ったほうがいいんじゃない?」
明里は真面目な表情で提案した。
「違いますよ! これだから言いたくなかったんです……」
額に手を当て、大きく嘆息する天音。
「なら最初に言えばよかったんじゃない? 嫌いな食べ物は先に食べるみたいな」
不思議そうに提案する明里。
「より唐突になって驚かれるでしょうね。それに、最初に話したらそちらに話が持っていかれて説明が面倒になると思ったんですよ」
口を尖らせ、不満を表明する天音。
「ごめんごめん」
けらけらと楽しそうに笑いながら明里が言った。
「もともと、彼女からは『このことは誰にも話してはいけない』と言われていました――ですが私は、彼女よりも皆さんを信じたくなりました」
「それは、有り難いが……」
異世界人が居たという話がにわかには信じがたいのか、零夜は眉をひそめる。
「これを信じるか信じないかはお任せします。ですが、私がどんな情報を受け取ったかについてだけは一度聞いてください」
彼女はそう言って、異世界人と遭遇したときの一部始終について話し始めた。
◇
〜あとがき〜
最後までお読みいただきありがとうございます!
と、いうことで新年初めての更新こんにちは!
……え? 昨日の大晦日更新はどうしたのかって? えー、そうですね、ど忘れしておりました。本当に申し訳ない限りです。
本当の予定では大晦日に更新して『来年もよろしくお願いします』なんて言うつもりだったのですが、一日遅れてしまいましたね。一日遅れるだけで年末のご挨拶から、年始のご挨拶へと変貌してしまいました。私はビックリです。
さて、そんなゆるゆるなわたくしですが、今年もよろしくお願いいたします!
また、面白いなーなんて思っていただけたら、星の評価やブックマーク、応援ハートやコメントなど大きな励みになりますので、よければよろしくお願いいたします! ほら、下のハートアイコンをぽちっと押すだけなのですから、ぜひ私の応援を……というのは脅しチックになってしまうのでしませんがね。気が向いたときにでも、気軽に押していただけますと嬉しい限りです。
それでは、次の話もお楽しみに〜!
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