第17話:五層ボス、討伐完了

「おうよ、遅れてすまんな――じゃあ、やるか」


 連理の炎の剣が、戦いの火蓋を切った。


 同時に、ボスが脚を上げ、攻撃の準備を行った。

 しかし、その時ボスの巨体に向かって二つの氷塊が放たれた。目にも止まらぬ速度で飛来したそれは、ボスの赤い目のような部位を精密に撃ち抜く。


 巨体が一瞬制御を失い、近くの柱に激突した。轟音とともに、天井からパラパラと砂埃が舞い落ちる。


「わ、私も居るわよぉ!」


 存在をアピールするように蓮華が叫んだ。

 どうやら、蓮華の攻撃だったらしい。


「も、もちろん忘れてないですよ! 助かります!」


 明らかに忘れていそうな連理が叫んだ。


『忘れられててワロタ』


 しかし、その直後体制を立て直したボスが零夜に向かって足を振り下ろした。

 避けようとするが、ギリギリのところで引っかかってしまい、腕が切り裂かれた。そこから、血にも似た赤いエフェクトが漏れる。


「くっ……!」


 連理は反撃しようとするが、脚はすぐに引き抜かれ、攻撃の機会がなくなってしまう。連理は一度引くことにした。


「攻撃機会がないな……!」


 連理が押し殺すように言った。


「零夜さん、治療します――」


 次の瞬間、ボスが前進し、二人の居る場所へと足を振り上げた。


「危ない!」


 それを見て、明里が二人の間に入った。振り下ろされた脚を、手袋についた刃で無理やり受け流すようにして、軌道をずらす。


「くっ……!」


 今はスキルも発動できないが、それでもなんとか成功し、二人には当たらずに済んだ。

 しかし、手袋の刃は明らかに刃こぼれしてしまっていた。


「明里さん! 大丈夫ですか!」


 脚が地面についた衝撃で砂埃が舞う中、天音の声が聞こえた。


「こっちは大丈夫!」

「――今よ!」


 刹那、蓮華の声が聞こえた。連理の視界に、ボスの脚に氷の魔術が展開されているのが写った。

 二人の近くに刺さった足も、未だ動いていない。


 フラクティオパイルをチャージし、攻撃用意。


「ありがとうございますッ! フラクティオォ! パイルッ!」


 掛け声とともに、赤の先行が迸る。金属の破片が舞い、その巨体のうち、一つの足が砕けた。


『ないすぅ! やるねぇ!』

『やはりパルバンカーはロマンの塊』


 その衝撃を受けたからか、ボスから声のような、電子音のような奇っ怪な音が鳴る。それから、ガシャンという音とともに、巨体が一段降りた。どうやら、バランスを取るために折れた足をパージし、足全体を縮ませたらしい。


「うひゃあ!」


 明里は驚いたのか変な声を上げている。


 しかし、そのパージの隙を蓮華は見逃さなかった。

 氷霜を纏わせた長剣を、相手の脚に叩き込む。それによって、脚の一部が弾け飛んだ。


 ボスは巨体をグラつかせながらも、無理やり後退し、さらに脚をパージした。


(あれは――無詠唱魔術?)


 天音は疑問に思った。通常、魔術というのは詠唱が伴う。

 終わったら一度聞いてみよう。天音はそう考えた。


 それから、戦闘に意識を戻す。

 今はボスも後退し、こちらも全員一度様子見の体勢に入っている。一時、膠着状態に陥った。


 そして、先に動いたのは相手だ。

 赤い目を光らせ、今度は前方二つの脚を縮ませた。


「またそれか? ならもっかいやっちゃうぜ!」


 連理はニヤリと笑い、前に出た。

 最初に明里と天音に対してやっていた攻撃と同じだと予測したのだろう。


「一人での特攻は――って、聞いてないですね」


 天音は肩をすくめ、諦めてサポートに専念することにした。


「あっ私の見せ場ー!」


 蓮華も叫ぶと、素早い動きで相手の足元に潜り込んだ。


『一生見せ場気にしてるの笑う』


「じゃあ私も行くよー!」


 さらに、二人に紛れてちゃっかり突撃している明里も含めて、計三人で飛びかかる。

 零夜は三人よりも少し後方でカバーに周るようだ。


 しかし、三人が飛びかかり、その巨体に足が付いた瞬間。相手は縮ませていた脚を一気に戻した。


「「「うわぁっ!」」」


 三者とも、体の制御もままならぬまま、宙に放り出された。

 同時に、ボスの赤い目が光る。


「あ、やば……」


 明里が冷や汗を垂らしながら、その空虚な赤い目を見て、小さな言葉を漏らした。


「――フォーティス!」


 そのとき、三人の目の前に壁が出現した。

 それは、ボスの双眸そうぼうから放たれた赤い閃光が、その薄黄色の障壁に命中し、乱反射した。

 しばらくして閃光が収まると、視界が開ける。閃光が当たった障壁は、ヒビが入っているもののまだ健在のようだった。


「良い援護ね!」


 蓮華は笑うと、足元に強風を起こし、自分の体を無理やり浮かせた。さらに、そのままの勢いでその障壁に捕まる。

 軽やかな動きでそのまま登ると――障壁を蹴った。


 危険な動きだ。

 されど、それによってチャンスが生まれる。彼女が今居るのは、ボスの胴体の真上。攻撃の準備は既に終わっている。


「これで――終わりよ!」


 氷霜を纏った剣が、ボスに突き刺さる。氷が、まるで蓮華の花のように咲き誇った。

 何度も攻撃され、回路の露出した部分に向かって放たれたそれは、致命の一撃となった。


 ◇


 ボス討伐後、無事に五人は帰還することになった。

 しかし。


「それじゃあ、今回はこの辺りで。皆さんお疲れ様でしたー!」


 連理は、配信をもう閉じることにしたらしい。


『おつー』

『楽しかった、また来ます』

『結局演出だったのか……?』

『おもろいシナリオだった。おつかれー』


 三者三様のコメントを残しながら終了する。


「ふー……これで終わったな」


 安堵したように息を吐く連理。


「そーいえばさ、なんで配信してたの?」


 明里が不思議そうな顔で訊いた。確かにあの状況から考えると、配信を続けるよりも、中断して救出に専念する方が良いように思える。


「ああ、それは秋花先輩のお願いでなぁ」


 それに対し、連理は呆れたような、困ったような顔で返した。


「先輩が……? すいません、その話詳しくお願いできますか?」


 それを横で聞いていた天音は、怪訝けげんそうに眉を寄せた。


「なんでも、あまり悪印象を残したくないとかでな。詳細は――」


 と、連理は今まであったことの詳細を天音と明里に話した。


「なるほど、そんなことがあったんですね……」

「えー、なにそれ! 私達を見世物にしたってことじゃーん!」


 ぷんすか、と腕を組んで不満を表す明里。


「今回は本当にすまん。確かに秋花先輩の考えももっともだったが、二人の安全をないがしろにしたのも事実だ」


 連理は真剣な声色で、頭を下げる。


「え、そんな真面目に謝らなくても……」


 本気ではなかったため、どこか気まずくなって目を逸らす明里。


「その点で言うと俺も加担したわけだし、俺も謝らなくちゃいけない――」

「これ以上はいいから!」


 言いかけた零夜に被せるように、明里が叫んだ。


「そ、そうか? ――でも、みんなが生きててよかったよ。俺は」


 零夜はそう言って笑った。

 しかし、それを見た明里はどこかムズムズしたような顔をしていた。


「確かにそうなんだけど……そんな真剣になることぉ? 大丈夫? なんか変じゃない?」


 むむむ、と腕を組んで不思議そうに零夜を睨む。


「……あー、そうだな。まあ、否定はできない」


 問い詰められ、零夜は答えに迷う。


「最初に会ったときも、命がどうとか言っていましたし――気になるので聞かせてもらっても良いでしょうか? もちろん嫌であれば構わないのですが……」


 それから、天音が口を挟んだ。

 最初に会ったとき、というのも、連理の配信で初めて写り、皆で杖を持ったボスを討伐したときのことだろう。そのとき、一瞬だけ聞いた言葉を彼女はまだ覚えていたようだ。


「そんな面白い話じゃないぞ? ……小さい頃、ダンガーも普及してないときに、親がダンジョンに潜って死んでな。だから、ダンジョンで人が死ぬのは、なぁ」


 零夜は誤魔化すように笑った。


「ご両親が……ですか。確かに、私達の親の代は、まだそういったものもないんですよね――すいません、変なことを聞きましたね」


 天音は頭を下げた。


「いや、俺から話したことだしな」

「そ、そんな過去が……ていうか、それなら今一人暮らしってこと?」


 明里が驚き、一歩引きながらもそう質問した。


「今は祖父母の家に泊めてもらってるよ」

「へぇ、そうなんだ……大変だったんだね」


 難しそうな顔で頷く明里。


「えっとあの、いい雰囲気のところ悪いんだけどね? 私そろそろ帰りたいから、案内お願いします……」


 それから、隅っこで大人しくしていた蓮華が、ついに話に混ざってきた。


「あっ……そういえばいましたね……」

「そういえばって何よそういえばって! 私、戦闘はかなり頑張ったのよ⁉ ぬわー!」


 まるで大地を震わせんばかりの大きな声で彼女は叫んだ。


「ご、ごめんなさい! そういう意味ではなくてその……忘れてた私が申し訳ないです!」


 天音は必死になって謝った。


「まあまあ、落ち着いてよー。蓮華さんだってカッコよかったよ!」


 明里が背中をぽんぽんと叩きながら、励ましていた。


「そ、そう? じゃあまあ、許してあげるわ。私の? 無詠唱魔術のお陰で? ここまで来れたわけだしね!!!」


 カッコいいという単語を聞いた瞬間、元気を取り戻したらしい。変なポーズを取りながら楽しそうにしている。

 それから、彼女の言葉を聞いて、天音は思い出した。


「無詠唱魔術――そういえば、戦闘中にも気になっていたのですが、どうやって使っているのでしょうか?」

「よく聞いてくれたわね! 無詠唱の使い手はなかなか居ないから、気になるのも当然ね!」


 蓮華は自慢気に胸を張る。


「というより、俺は無詠唱なんて不可能だと聞いたんだが、違うのか?」


 零夜が質問した。


「そうでもないわよ? もちろん、普通では不可能だけど――スキルがあればできるってことよ」

「やっぱり、スキルだったんですね」


 納得、と言った様子で相槌を打つ天音。


 本来、無詠唱魔術というのは人間に扱うのは不可能とされている。だが、スキルなどの特殊な能力、あるいは状況があれば可能だ。

 そこから、天音は『蓮華がスキルを持っているのではないか』と推察したのだ。


「ええ、超感覚っていうスキルでね。思考能力が大幅に増加するんだけど、それを使って

工夫すれば、無詠唱で魔術が撃てるのよ」


 どうやら、彼女が最後に見せた異常なまでの身のこなしと、高速かつ強力なあの魔術は、スキルの影響だったようだ。


「でも、頭が疲れるから少ししか使えないの。今回は……相当疲れたわね」


 討伐後のことを思い出し、死んだ魚のような目で苦笑いした。

 実はアレをカッコよく討伐した後、スキルの使いすぎでフラフラになっていた。どうやら、使いすぎたらしい。


「あ、あはは……まあ名誉の負傷みたいなものではないでしょうか?」


 どうにか天音は励ましていた。


 そんな風に平和な時間が過ぎ、一行は帰還することになった――

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