三杯目 夜景酒


 ミスった。発注確認を1件飛ばしてた。


 焼酎飲んでいい気分になって、残りの点検をすっかり忘れて帰宅した私は4時間寝て出社してすぐに上長にド叱られた。


 午前の部で来ていた連中がなんとかしてくれたらしいが、あやうく在庫確保ができなくなるところだったらしい。それで、配送に乗せるには結局間に合わなかったので、いま他部署の人が取りに行ってるそうだ。


「申し訳ございません……」


「もういいから。連勤で眠り浅いのもミスの原因でしょ。今日は夜、帰って寝ていいよ」


 あ、でも休ませてはくれないんだなぁ。とか思いながらも完全にこれは私が悪いので、ハイ……とすごすご引き下がって平身低頭するしかなかった。


 お局様も向こうでハァーとため息ついている。ごめんなさい。まことに。みんなの目も痛い気がして、そうなると気にしぃな私は頭痛もしてくるのだった。ラムネ菓子ざらざら。こめかみを押さえる。


 そんなこんなで気もそぞろになりながら、15時からわずか6時間で帰宅することになった私。


 土曜のこんな時間に駅前行くのいつぶりだろ。そう考えながらコンビニによって、いつものくせで9%のチューハイロング缶を買い、なんとなく会社を眺めた。


 すぐに帰ろうと思ったけれど、さっきまで自分が居たフロアが、首が痛くなるような上の方に見えるのを確認すると、足が止まった。


 いまごろ上長もお局もほかの同僚も、あそこで頑張っているんだなぁ。


 そう思ってから周囲を見ると、街って明るい。


 どこもかしこも煌々とあかりがともっていて、当たり前だけどどのオフィスでもみんな働いてるんだなぁと再認識した。いつも帰り道はスマホ見てうつむいてるから気づかなかった。


 かしゅっとプルタブを起こす。


 ここも、「仕事」というものに関連する場所だ。


 ということはやっぱり……








「っあぁ~……しみるな」


 あの、隠れて飲むのと同じ快感があった。


 私は植え込みを囲むブロックに腰を下ろすと、上を見る動きに合わせて缶の底を空に向ける。


 流れ込んでくる高アルコールがじゅっと胃の内側表面をあぶっておなかからあっためてくれる。どんどん調子が良くなってくる。仕事のミスもどうでもよくなってくる。


 私はブロックに腰かけることで浮いてる足をぶらぶらさせた。


 路上呑み、ってなにが楽しいのかよくわからなかったけどなるほどこういうことか。唐突な理解と納得が及んで、私は楽しくなってきた。あと煙草吸えたらいいんだけど、あいにくとここ路上呑みはともかく喫煙は2,000円とられるからなぁ。


 ようし歩こう。目指す先はとくにないけどとりあえず家の方向、喫煙できるスペース。最終的に家につけばいいので、途中でタクシー拾ってもいいや。


 缶を片手に歩くと、街中はきらびやかで、いろんな会社の入る建物は静かだけどまぶしい。


 みんな働いているんだなぁ、私だけじゃないもんなぁ、と思うと孤独感が満たされるようで、同時に「あ、私孤独なんだ?」と妙な気づきもあった。


 そのまま歩いてたら取引先の会社に来る。


 おそろしいことに、ここは電気がついてなかった。土曜に休みなわけ? そんな会社うちの関連のトコにあるんだ。いやそりゃあるか。でなきゃいま営業のバカのせいで私らが躍起になってないんだ。


 そう思ったらむかむかしてきて、……いやこれ単に吐き気だな。一度吐く。まだ解け切ってなかった頭痛薬が出てきた。おえー。


 ともあれ空になった胃腸に、自販機で買った水を注いでやる。人心地ついてからお酒お酒。取引先のビルを眺めながらの飲酒はたまらなく格別だった。


「いいご身分ですなぁ、土曜のこんな時間に休みなんて」


 私は寝る時間もらってる自分を棚に上げてそんなことを言った。


 それからちょろっと繁華街を通ったので、知らないバーに入って2杯くらい頼んで煙草ぷかぷかしたのは覚えてる。


 目が覚めたら頭痛はなかったけどポケットの頭痛薬はぜんぶ消えてて、脱水特有の口の渇きと目が左右に揺れてるような視界の回り方を感じた。酒残ってるな。


「あーだる」


 時計見たら7時だ。……何時に帰ってきたっけ。3時間は眠った、と思いたいけど。


 熱いシャワー浴びてとにかくアルコールを抜く。9時には会社についてなきゃいけない。12時間ももらったのにろくに休むことできなかったなぁ、なにやってんだろ。うっ気持ち悪い。


 シャワーだけじゃ足りなさそうなので、ユニットバスにお湯を貯める。邪魔な乳がぷかぷか浮かんでくる水位までお湯を入れて、その間に何度か便器に吐いたり、水を飲んだりを繰り返した。


「ばかなことした……」


 いまはお酒のことなんて1ミリたりとも考えたくない。でもうちのなかには空き缶やらケースで買ったチューハイやらがごろごろしているので、いやでもイメージが頭をよぎる。ぶくぶくぶくー、と顔を水面下に沈めて、それらをやり過ごそうとした。


 結局ふらふらの状態で出社して、上長からは「きみ……まあいい」となにか言いかけたっぽい空気だけ出された。


 せめてこの人の前ではと思ってせいいっぱいシャキっとしてみせたつもりだったけど、無駄だったらしい。


 結局午前中は使い物にならず、午後に入ったところからエンジンかかってきた私はやっといつもの調子で仕事を片し、いつもの調子で煙草を吸えるようになってきた。煙草がうまいかどうかって体調のバロメータなとこあるよね。


 そんなこんなでこの日曜は終電前にはみんな終わることが出来て、ひさびさの帰宅だと肩をなでおろしていた。


「おつかれ」


「おつかれさまです」


 上長もくたびれているらしく、いつもみたく余計なこと言わず帰っていく。私も今日は職場酒という気分でなく、外に出る。


 振り返れば、当然ながら我らがオフィスは明かりが落ちている。


 なんだつまんないな、と思って小石を蹴りたい気分になりながら、私は昨日の帰り道をなぞった。


 路上喫煙禁止の道を抜け、取引先の近くを通る。


 すると煌々と。


 明かりが、取引先のフロアについていた。


「お?」


 二階のそこを、雑居ビルの階段をのぼって水平な高さからのぞいてみる。


 せわしなく動いている連中がいた。どことなく焦ってるようにも見える。もしかすると、急なトラブルに見舞われて日曜のこんな時間に仕事になったとかかもしれない。


「ざまあ」


 私はコンビニへ酒を買いに走った。




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