名前のない世界
月ノおもち
トロイメライ・アポカリプス
――揺蕩う花は、未来への祝福。
――煌めく星々は、
――空に浮かぶは、過去の
――そして、貴女は誰かの道しべ。
散らすことのないように、花はゆらりと揺れ、風は誰も傷つけないように穏やかに流れる。一面の白い花は、ユリだろうか。
どちらにしろ、美しい花であることに違いはない。
そして、無垢な花の世界に、少女が一人座っていた。
白い髪は花と同じで無垢なまま、黒いドレスを着こなした小さな少女の有様は、どこかのお姫様のように優雅で儚げだった。
その少女は、ただ微笑み、白い花を眺める。
花が少女を飾るように、少女の姿はそこにあって当然と思えるものだった。その為に作られた精緻な存在。生まれた理由という問いに、少女はこの場に在るためだと答えても反論の余地はないとさえ、思えるほど。
光るのは、星と花。空に浮かぶ小さな点は、無数という武器をもって少女の世界を照らし、呼応するように花は光を放つ。
星の光を花が反射しているのだろうという原理はどうでもいい。重要なのは、いかに綺麗か、ただそれだけだ。
彩られる星々と綺麗な花。そして笑顔の少女は、これでもかというほど、余分がない。
しかし、世界が揺れる。
優しさではなく、戸惑いを持った風が、少女の肌を打つ。同時に、少女も戸惑いを覚え、あたりを見渡した。
見えたのは、白い花と、一人の男の姿だった。
白いシャツとズボンで衣服を着ている以外は、平凡な男の姿があった。
「……」
幼い少女は首を傾げる。誰も知らない少女は、誰かという
「……こんにちは」
先に言葉を紡ぐのは男。
優しい笑顔ではないが、ぎこちないわけでもない、微笑を浮かべる。
そんな男の行動を見て、安堵した少女はすぐに立ち上がり、男とは打って変わって満面の笑顔を咲かせる。
「こんにちは。貴方は誰?」
「僕は……旅人だよ。星を旅する、どこにでもいる旅人」
「旅人?」
聞きなれない単語に、少女は首を傾げる。知己友人の類でなければ、見知った存在でもない旅人に、少女は不信感を抱かず、穢れない瞳で男を見つめた。
「そう、それとも宇宙飛行士とか言ったらわかるかな?」
「何なの、それ?」
うーん、と男は唸る。男としては、これ以上の考えは浮かばない。自分自身を定義する回答は、少女の知識の範疇にはないことを理解する。
「まあ、そうだね。君と話をする人だと、思ってくれればありがたい」
結局、男は淡々と曖昧な答えをする。
しかし、少女は目を輝かせ、男の元まで歩み寄る。
「わたしとお話をするの?」
透き通るような声とともに距離を詰めた少女に押されたように、一歩後ずさる男。
「ああ、お話をしよう。実のところを、僕は話し合いしか取り柄がない」
「話し合い?」
また、少女は首を傾げる。
「とりあえず座りたいが、ここは僕が座ってもいいのかな?」
「ええ、構わないわ。わたし、わたし以外を見るのは初めてだもの。いっぱい居てくれると嬉しい」
警戒心などなく、少女は男を歓迎する。
「それはどうも」
そう言って、男は花を傷つけないように
「まず、そうだな。君の名前は何と言うんだ?」
「名前? 何それ」
「君を示す、記号みたいなものだよ」
「だったら、わたしはわたしよ。それ以外は何もないわ」
少女の、『わたし』という受け答えに、男は暫し思考する。が、その裁定はすぐに決まった。
「そうか。なら、僕が名乗るのは筋違いだね。僕のことも好きに呼ぶといい。お互い、名前なんてどうでもいいのだから」
男は微笑みながら、そう納得した。少女は男が何を考えているかわからなかったけど、とにかく誰かといるのが、自身の好奇心を支配していくのだけは分かった。
「ねえ、貴方はどこから来たの? 花の向こう側?」
爛々と光を帯びる眼光に、男は微笑みで応じる。
「僕はこの向こう側から来た。君は、ずっとここに?」
「うん。わたし、ずっとこの綺麗な花が好きなの。貴方もそう思わない?」
少女の問いかけに、男は周囲一帯の花を見咎めながら答える。
「ああ、綺麗な世界だ。僕がいる場所とは、まるで違う。ここは、穏やかな場所だ」
何か憂うように、男は遠い所を見つめていた。花の先、きっと、自分のいた場所を。
「どうしたの?」
覗き込むように、少女は男の暗い顔を見る。
「いや、なにも。ここはいい所だなと、そう思ったんだ」
「そうなの?」
花の美しさではなく、男はこの場所、この世界を価値あるものだと説いた。少女にとっての日常には、綺麗な花以外の感想など、思いもしなかった。
「そうだとも。……君は、ここが好きかい?」
唐突な男の質問に、戸惑うことなく少女は言う。
「うん、大好きだよ。空はこんなにも綺麗で、花はいっぱい咲いてる。わたし、ここがとっても好きよ」
悔恨も不安もないその眼差しが、男にはとても眩しいものだった。この世界が少女を表してる。そんな風に思えるほど、男には少女が純粋に見えた。
「僕もここの景色は良いと思う。それに比べれば、僕のいた場所は
「荒野?」
「知らないかい? 地面が固く、花すら咲かない。綺麗とは言い難い景色のことだよ」
「花がないの?」
「そうだね。花は咲くかもしれないけど、僕は見つけたことないな」
「空も綺麗じゃないの?」
「空は綺麗かもしれない。けど、人は劣悪な環境で上を向く力を持たないんだ。どうしても下を見て、現実を見ないようにしている」
男の話を聞き、少女は何故だか俯いてしまう。理由はわからない。どうしても、こんなにも暗い顔をしてしまうのか、その理由がわからない。
「ごめん。暗い話がしたいわけじゃないんだ。あっち側にだって、綺麗なものはある。例えば、虹なんてどうだろう」
「虹?」
「うん。明るい空に、赤や青や黄色、他にも何種類かの色でできた橋が架かるんだ」
「そんなものができるの? じゃあ、ここにも?」
期待を胸に、少女は興奮気味に質す。
「夜に虹がかかるのは、あまりないかな」
「夜? でも、あの空はこんなにも明るいよ?」
指を天へと指し示し、ここも明るいよ、と少女は言う。だが、男はかぶりを振って少女の疑問を否定した。
「ここは明るいかもしれないけど、それは星が光っているからなんだ。僕の所は、夜はこんな感じだけど、朝が違う。朝に星は見えないし、空は青色で、雲っていうモヤモヤがあるんだ。それを人は朝と呼び、そこに架かる橋を虹と呼ぶ」
「……貴方の世界は不思議なのね。じゃあ、ここは夜ってこと?」
少女の質問に、ああ、と男は首を縦に振る。
「綺麗な夜だ。でも、君は朝を知らないように見える」
「うん、知らないよ? 空が青いなんて、初めて知った」
地球が青色というだけで、他の惑星は違うかもしれないという男の思慮など知るよしもないが、語ることでもないので黙っておく。
「ここは、ずっとこうなのか?」
「そうだよ。空には
「そうなのか。退屈だと思ったことは?」
「退屈って何?」
無垢な少女は、目を丸くし、言葉を知らないが故に疑問を持ち、答えることのできる男に投げかける。
「なにもすることがなかったり、今が楽しくないこと、かな?」
「なら、わたしは退屈じゃないわ。わたし、花を眺めるの好きだから」
「それだけか?」
ええ、と少女は容易く肯定する。
「そうか。きっと、それは素晴らしいことなんだよ。誰にでもできることじゃない。花を愛でるのは誰にでもできるはずなのに」
「貴方は、退屈なの?」
退屈という言葉を、少女は実践する。男に向けて、問いかけとして少女は新しい知識を使った。
花を一瞥し、男は返答する。
「僕は退屈じゃないよ。君と話をしているから。でも、僕の知っている人たちは、この花を見ても、最後には退屈だと感じてしまうんだ」
「そうなの?」
思いもしない男の回答に、少女は困惑する。が、男は表情を変えない。ありのまま、自身の愚かさを語る。
「人はね。どうしようもないほど、無力で、愚かなんだ」
「愚かなの?」
「うん。少しのすれ違いで言い争い、他者への無理解が誤解に変わる」
「何を言い争うの?」
「色々だよ。欲しい場所を取りあって、気に入らない相手を罵倒して。それでも人は変わらない」
淡々と、無表情に男は語る。本当にどうしようもないと、ため息をする。
「変わらないといけないの? わたし、ここが変わるのは嫌だな」
「そうだね。ここは綺麗だから、変わるのは勿体ない。不変であるべきものはある。でも、変わるべきものも、ある」
「それが、人なの?」
ああ、と男は肯定する。そして、変わらないと彼らは終わる、と続けた。
「だから、何か残すべきものはないのかな、と。僕はそう思ってここに足を運んだ」
「何か、見つけた?」
「うん。こんなにも圧倒的な空想を、僕は見た事がない。この原風景は、きっといつまでも残るものた。でもね、人は美しくないから」
自嘲気味に、男は笑う。そんな人の一人として生きている男もまた、終わる人類の一人なのだと、小馬鹿にするように。
「わからない。貴方の言うことが、よくわからない。綺麗じゃない貴方が、一体どうしてここいるのか。わからない」
空を見上げ、星を眺め、天体を見据える少女は、星にでも問いかけるように言う。何故だか、男も同じように星を見上げた。
「人が居ていい場所って言うのは、極論、どこにもないんだと思う。用意された場所なんてないから、彼らは開拓し、発展してきた。けど、それは代償として誰かに傷ついてもらう行為だ。だからこそ、争いと同時に文化、思想という価値観に着手して、道徳という心を開いた。性善説や性悪説が良い例だ。考えるが故に、考えなくていい分野までに手を伸ばした先が、あの地獄のような世界とは、本当に、素敵じゃない」
「難しい話はよくわからない。でも、無駄なことをしていた、というのはわかったわ。でも、それはいけないことなの?」
「他人に迷惑をかけるっていうのは、よくないことだと思う。君は、花を綺麗にする為に、自分以外を殺せるかい?」
男の無慈悲な問いに、少女は押し黙るしかない。
他人を知らない、独りだった少女に、誰かに対する問答など、できるはずがないのだ。ただ、わからない、とそう言い続けるしかない。
「そうだね。わからないさ。僕だって、そんな状況になってみないとわからない。成し遂げたいことの為に殺せるのか、それとも諦めるのか。だからなのかな。優しさに触れる時は、以外にも心地よかったりする」
「優しさ?」
「そう、優しさ。自分ではなく、他人を思う心、かな。例えば、君は花に水をあげるのは、優しさだと僕は思う」
実際に見たわけでもないが、これだけ花が群生していて、一度も水をやったことがないとは、男は考えなかった。呼応するように、少女は頷く。男の予想は当たっていた。
「知識の有無に関わらず、そういうことができる彼ら。それは、利益や恩を売る為かもしれないけど、根底にあるものは、優しさ、もしくは明日の願いだと、僕は思う」
「願い?」
「うん、優しくされた誰かが、明日誰かに優しくしようと思う。押し付けじゃない。善意でもない。ただ、そうあったらいいな、とそう願う思い」
「そうだと良いね」
ああ、と男は肯定する。話した会話は、人間とは、というくだらない命題だった。破壊しておきながら、利己や利他を度外視た誰かの幸福。男が至った結論は、どうしようもないほどに理想だった。現実ではない何か。思い込み、妄想の類とさえ言えよう少年の願望。しかし、何も知らないが故に、少女はそれを許容した。
「君、走ったことあるかい?」
「ないよ」
「飛んだことは?」
「ないよ」
そうか、と男は頷いてからしばらく沈黙する。それから、よし、と立ち上がった。
「なあ、今から他のところも見てみたいんだが、一緒に走らないか?」
「どうして?」
「そういう気分なんだ。こんなところ滅多に来ないからね。子供のようにはしゃぎたくなるのは、悪いことじゃないだろう。それに、君も走ってみるといい。以外に、楽しいぞ」
促されるまま、男が指示した場所まで走ろうとする。が、躓いて第一歩は失敗となった。
「痛い」
うつ伏せになるながら、自身の状況を報告する少女。その姿がおかしかったから、あまりにも突拍子のないことだったから、男は自然と笑ってしまった。
「君、走ったことのないからって、それはないだろ」
「……ふん」
羞恥の念で意地悪な男の顔が真っ直ぐ見れないから、少女はどこぞの方角へと向く。機嫌を損ねたと察した男は、一頻り笑った後、落ち着いた面持ちで少女の頬を抓って自身へと視線を合わせる。
「すまない。では、仕切り直して、走ってみるといい」
再び、示された場所を見る。歩いても行ける距離。体力の無駄とさえ感じられる無意味な行為だが、少女はそんな些事を気にも留めず、ただ走った。
風があたる。穏やかだった世界が、途端に躍動する。
息が上がり、足は痛みを訴え、疲労は体へとやってくる。だが、そんなことはどうでもいい。ただ、今までついぞ行わないことが、これでもかと楽しく、そんな時間はあっという間に過ぎ去り、目的地へと到着した。
「はあ、はあ、はあ。ぁああははは!」
途端に、少女は笑った。ごろん、と花の上を転がりながら、なんでもないことを、特別なように。
追いつくように、男もまた花の上を駆け、少女の元までやってくる。
「どうだった?」
「うん、とっても楽しかった!」
満面の笑みで、少女は新しい発見を、知らないことをこれでもかと喜んだ。
「それは重畳。そんな君にプレゼントだ」
男は断りもなく、少女の細い腰を両手で掴み、矮躯を容易く持ち上げる。
少女が見たのは、きっと、違う世界だった。
わあ、と感嘆の声を漏らし、目を爛々と輝かせる。大人なら、詩的な言の葉で表現することも、幼い少女には、筆舌に尽くしがたいほどの絶佳だった。
「ほら、視点が違うだけで、世界は違って見えるだろ」
「うん。高い。こんなに高く見たの、初めて」
今までとは違う視点で、同じ環境を見る。それは、似たようなもので、どこか違う。世界が変わったというのは大袈裟なのかもしれない。けれど、少女にとって、ただ高いだけで、遠いだけの世界は、素晴らしい景色だったことは違いないだろう。
男に抱えられて見る、普段とは少し違う花の地平線を、少女はきっと、忘れないだろう。
景色を眺めたあと、おもむろに男は少女を下す。透かさず、少女は男へと振り返り、煌びやか目をする。
「どうだった?」
「すごい。すごいわ! こんな簡単なこと、どうして気づかなかったのかしら!」
「楽しんでくれたのなら、それはよかった」
微笑み、ゆったりと座り込む男とは対照的に、少女は心赴くまま、花の地面を駆ける。踊るようにくるくる、髪をなびかせ、両の腕を大きく開けながら。
「ああ、ちょっとしたことで、きっと世界は変わるだろう」
無知な故の、純真無垢な少女の姿が、男には愛おしいと思うと同時に、遠かった。
汚濁を、醜悪さを知った男には、手の届かない世界に、少女はいる。そんな少女は、自身の世界を見て、何を思うのだろう、と男は考える。
「わからないな。あっちも素敵だと言えるか、この世界の方素敵だと言うのか」
何も知らない少女には、男の思慮など知る由もなく、ただ思うままに白い花の野ばらを心底楽しそうに駆けていく。
「じゃあな、名前のない少女。縁があれば、また明日」
一人で、誰に言うでもなく、男は呟いた。
花の世界を駆け終わった少女が見たものは、花と星の世界。自分という単一しかいない、綺麗な世界だった。
「あれ?」
辺りを探した。走るという動作で、やったことのない、捜索という行動をした。結局、男を見つけることはなかった。
「……」
元に戻っただけだ。ただ、一人に戻った。それだけのことで、それしかない。
「…………」
言葉がなかった。胸が痛い。頭の中で、考えが纏まらない。ただ、どうしようもなく、寂しかった。
「くぅ、ぐすん」
涙が頬を伝う。瞳から、声から感情が漏れ出る。純粋に、悲しかった。初めて会って、言葉を交わしただけの関係。それでも、優しかった男。初めてこの花を誰かと見た人。怖くなかった。優しかった。色々教えてくれた。初めての、自分以外の誰か。
自分を独りだと気づかせた、残酷な彼がいないこの場所が、どうしようもなく、モノクロに見えた。
――一日が経った。誰も来ない。
――二日が経った。また、誰も来ない。
――三日が経った。結局、またしても誰も来ない。
――四日が経った。花を眺めるのは、こんなにもつまらなかっただろうか。
――五日が経った。寝転がって、星を眺めた。
――六日、七日、八日が経った。何もしないことは、どうしてようもないほど鬱屈だった。
――九日、十日、十一日が経った。段々と、去った男との会話ばかりを思い出す。
――十二日が経った。この世界は、あまりにも止まっている、と思った。
――十三日が経った。この世界が、白と黒でしか見れない。
おかしな話だった。白い花と、黒い空。光る星々は輝いて、色など判別できない。ただ、初めて出会ったあの男に抱えられて見たあの景色ばかり、ずっと思い返す。
外の世界は、どんなものなのだろうか。
男は、荒野のようだと言った。
花の咲かない世界だと。きっと、花が咲く場所はあるだろうが、それより、退廃的な世界なのだろうと、少女は思う。
知らない世界を知るということは、無垢ではいられないということ。未知を既知にすることは、正しいだろうか。少女が先日まで美しいと思えた景色が、今では当たり前の世界になっている。これだけじゃない世界を、男は教えてくれた。それが、少女にとって嬉しかった。が、同時にこの世界が終わっていることも知った。
虹の架からない世界。知らないものがない代わりに、知る必要を剥奪された世界。
「ただの、鑑賞用の、世界」
知らないを知った少女は、今の世界をそう定義する。
「でも、最後はそれでも、良かったって思えたら、それはきっと素敵だと思わない?」
誰に言うでもなく、少女はそう呟いた。
男が突然に消えたのだ。少女もまた、それに倣って突然に決める。
「きっと、ここは最後なんだ。終わってから来る場所。最後に、素敵だと思える世界。だから、わたしは――」
だから、こそ。少女は駆ける。
知っているとも。ほんの少しの違いで、世界は簡単に変わることを。
少女は、見る世界を変える。足にありったけの力を込めて、不変という世界へ別れを告げる。
この世界が大好きだと、少女は言った。花と星があるだけの世界を、輝いている世界が好きだと。だが、ここは終着点だと、少女は断じる。何もかもを知って、最後に訪れる憩いの場。終わった後に、素敵な気持ちでいれるようにする、終わった世界。故に、今の少女はいられない。
終着点から、少女は出発する。
最後の世界を最初に、少女はまた、ここに戻る為に、あの男のように旅をしよう。
「わたしも――」
ぴょーん、と少女は飛んだ。
男の時とは、高さが足りない。だが、自分よりも一つ高い世界を、少女は見る。
少女は飛ぶ。誰でもない、自分だけの重さで。誰でもない、自分だけの足で。故に、少女はどこまで飛ぶことができるだろう。自分の重さに耐えられるところまで。
その果てに、少女は、違う世界を見るのだろう。
人々の二律背反の世界を嘆くだろうか。物珍しいさに心躍らせるだろうか。
旅の果てに、彼女は、それでも、世界は素敵だと言うのだろうか。
結果がどちらかはわからない。
――ただ、その果てに、彼女はきっと、虹を見るのだろう。
名前のない世界 月ノおもち @neroduck
★で称える
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