第7話 同担拒否

 土日を挟んで月曜日の昼休み。

 ふらりとやって来た日葵は、当たり前のように千尋の机にお弁当を広げた。


「やっぱりさぁ。違う気がするんだよねぇ……」

「ネームレスのこと?」

「そうそう、昨日の配信も見たんだけどさ、なんか黒コートさんにしてはキラキラしすぎてる気がするというか……」


 やはり日葵はネームレスが黒コートであることに納得がいかないらしい。

 厄介オタクの解釈違いである。


「私を助けてくれた黒コートさんは、もっとこう――拒絶のオーラみたいなのが出てたんだよね。ネームレスにはそれが無いんだよ!」

「は、はぁ……」


 千尋はそんなオーラは出していない……はずである。

 だが、今までの学校生活で人から話しかけられる経験が皆無だったことを考えると、知らず知らずのうちに出しているのかもしれない。

 どうやったら引っ込められるのだろうか。


「……黒コートの話かしら?」


 すまし顔でお弁当を食べていた佐那が割り込んできた。

 千尋は気づいていた。先ほどから佐那はこちらの話をうかがい、話に入り込む隙を伺っていたことを。

 彼女も推しの話がしたかったのであろうか。


「そうだよ。もしかして佐那さんも好きなの?」

「まぁ、そうね。嫌いじゃないわ」


 昨日の様子からすると、好き嫌いを超えて愛を抱いていた佐那。

 しかし、人目があるところでは本性を抑えるらしい。

 『悪くないんじゃない?』とばかりに答えた。


「あの影のある感じがカッコいいよね。クールな王子様って感じで!」

「ふっ……そうね。そういう所も素敵よね」


 推しのポイントを語った日葵。

 しかし、それを佐那は鼻で笑った。

 『あぁー、はいはい。まだそのレベルなのね?』と言わんばかりである。


「なんか、含みのある言い方じゃない?」

「いえいえ、そんなこと無いわよ? ただ、ちょっと『浅い』と思っただけ」

「……はぁ⁉」


 千尋はてっきり、佐那が話しかけてきたのは推しの話がしたいからだと思っていた。

 しかし、これは違う。

 佐那は和気あいあいと推しの話を楽しもうとしているわけではない。

 これは……マウントを取りに来ている!!

 お前よりも、私の方がファンとしての格が上なのだと知らしめようとしているのだ。


 日葵もそのことに気づいたのだろう。

 二人の間でピリピリと肌がひりつくような殺気が飛び交う。

 しかし、表向きにはにこやかに、二人は微笑みを浮かべながら昼食どきの会話――という名の殺し合いを始める。


「あなた、この間の配信を撮っていた……たしか日葵さんよね?」

「そうだよ。私は実際に黒コートさんに会ってるから、佐那ちゃんよりは彼のことを理解していると思うけどなぁ」

「ふふふ、残念だけれど、私はあなたよりも早く彼に会ったことがあるの。出会っただけのあなたと違って、個人的な付き合いをさせてもらったわ」

「は、はぁ⁉」


 いきなり上を取った佐那は、以前の付き合いを主張。

 マウントポジションから日葵をボコすかと殴り始める。


「しかも、彼から情熱的な言葉もかけてもらったわ。彼はただ冷たいだけじゃないの。暖かい言葉をかけてくれる優しい人なのよ?」

「ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬ……」


 頬を染めて自慢する佐那。

 日葵は威嚇する犬のように唸る事しかできない。

 しかし、ふと何かに気づいたようだ。


「……あれ、じゃあ今でも交流があるの?」

「え、いや……それは……」


 痛い所を突かれた佐那。バツが悪そうに日葵から目を逸らした。

 佐那と黒コートには、それ以降の交流は無い。

 千尋からすると、ただの護衛依頼の一つだったので当たり前である。


 形勢逆転。

 佐那の弱点を日葵はここぞとばかりに攻撃する。


「情熱的な言葉をかけてもらったのに、今は交流が無いんだ……それって佐那ちゃんの勘違いだったんじゃないの」

「はぁ⁉ そ、そそそそ、そんなこと……」


 こちらが驚くほど動揺する佐那。

 彼女もアレがプロポーズの言葉ではないと、うすうす気づいてはいるのだろう。


 二人の討論が止まる。

 ジッとにらみ合う二人。

 どうやら状況は硬直状態に入ったようだ。


「……ちなみに、二人的にはネームレスさんはどうなの?」

『あれは無い』


 二人から同時に拒否されるネームレス。

 身バレを防ぐためにも、千尋は心の中でネームレスのことを応援した。

 なんとかして、この二人を納得させられるくらいに黒コートの偽物をまっとうしてください。

 この二人の熱量がこっちに向いてきたら、千尋は焼き尽くされてしまうだろう。

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