第6話 転校生
「ネームレスとか言う人の配信見た?」
「あぁ、うん」
翌日の朝。
千尋が登校すると自席に日葵が座っていた。
朝っぱらから話がしたくて突撃してきたらしい。
もはや日葵が千尋を訪ねて来るのは日常となっているため、クラスメイトも気にした様子が無い。
「あれ、本物だと思う?」
日葵の口ぶりからすると、ネームレスのことを疑っているらしい。
流石はガチ勢。何か違和感を感じたのだろうか。
「立花さんは疑ってるの?」
「なんかピンと来ないんだよねぇ……解釈違いというか……」
「まぁ、そもそもの黒コートのイメージがファンの妄想からだし……本物と違いがあっても仕方ないんじゃないかな」
「そうかなぁ……」
千尋としては、日葵にはネームレスが本物だと信じて欲しい。
そっちの方が千尋が身バレするリスクが減る。
だが、どうにも千尋は納得できないようだ。
このまま深く考えられて偽物がバレても困る。千尋は話を逸らそうと口を開いた。
「それよりも、なんか騒がしくない? 今日って何かあったっけ?」
「あ、千尋くん知らないの? このクラスに転校生が来るんだって、女の子らしいよ?」
「こんな中途半端な時期に?」
現在は二年生の一学期半ば。
転校するにしても中途半端な時期である。
千尋が首をかしげると、日葵が慌てだした。
「あ、そろそろ教室に戻らないと、また後で話そうね!」
「あぁ、うん」
駆け足で教室から飛び出した日葵。
時計を見ると、もう朝のホームルームが始まりそうな時間だった。
ざわざわと騒いでいたクラスメイト達が席に戻ると、すぐに担任の女教師がやって来た。
「はーい。もう噂になってるかもしれないけど、皆に新しい仲間が加わることになりました。どうぞ、入ってください」
教師が声をかけると、長い黒髪の美少女が入って来る。
姿を見た男子たちは大喜び。ざわざわと騒ぎ出す。
しかし、それは一瞬だった。
美少女は冷たい視線を男子たちに向ける。その圧によって男子たちは、叱られた犬のように静まった。
そのまま教室を見回す美少女。なぜか落胆したように小さくため息を吐くと、目を伏せた。
「今日からお世話になります。『
よろしくお願いします。とは続かなかった。
いきなり棘のある登場の仕方である。
教室に流れる微妙な空気。
それを吹き飛ばそうと、教師が声を張り上げる。
「はい。佐那さんと仲良くしてあげてください! それじゃあ席は、千尋くんの隣ね。窓際の一番後ろ」
「分かりました」
気づくと窓際の一番後ろに席が追加されていた。
佐那はカツカツと教室を横切って自席へと座る。
「学校案内は千尋くんにお願いしようか。佐那さんは騒がしいのは苦手でしょ?」
「……え⁉」
千尋が佐那を見ると、目が合った。
佐那の透き通るような黒い瞳が千尋を見詰めている。
ふと、その瞳に見覚えがあるような気がした。
「……よろしくお願いします」
「あ、はい」
素直に頭を下げる佐那。
こうして、転校生の案内をすることになった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
放課後。
教師の指令通りに、千尋は校舎の案内をしていた。
しかし、二人とも愉快にお喋りをする性格でもない。
なんとなく気まずい雰囲気が流れる。
空気を打破するために、千尋は口を開いた。
「えっと、白雪さんはどうして転校してきたんですか?」
「……人探しです」
「人探し?」
「はい。最近ネット上で騒がれている黒コートと言う人物を知っていますか?」
千尋の心臓がドキリと悲鳴を上げた。
ここ最近、騒ぎっぱなしである。
「なんとなく……」
「その人物がこの学校に通っている可能性が高いと情報を得たので、探しに来たのです」
千尋目当ての転校だった。
まさか佐那も目の前に居るのが、本人だとは思わないだろう。
「ど、どうして黒コートに会いたいの?」
「……約束をしているんです」
「約束……?」
約束をしているのならば、千尋と佐那は出会ったことがあるはず。
千尋は必死に記憶を掘り起こすと、一つの記憶が浮かび上がった。
(あぁ!? この人、『白雪工業』のお嬢様だ!!)
白雪工業は主に探索者向けの武具を生産している企業だ。
国内でもトップシェアを争う巨大企業なのだが、大きい分だけ内部のゴタゴタも多い。
(たしか、内部でクーデター紛いのことが起きて、社長のお嬢さんである佐那さんが狙われたんだよね)
そんな佐那を守るために雇われたのが千尋だ。
白雪工業のクーデターは苛烈を極めた。
流石は国内の兵器産業の一角を担う大企業。
ダンジョン産の素材を使った最新型の軍用ヘリや、ドラゴンの素材を使ったパワードスーツなどが登場。
最後には超大作映画のように、爆散するビルから佐那を抱きかかえて脱出したのだ。
いくら裏で仕事をしていても、あそこまで派手にドンパチすることは二度とないだろう。
(だけど、約束ってなんだっけ……?)
そこだけは、いくら思い出そうとしても浮かんでこない。
そもそも、依頼者と護衛の関係。あの場だけの関係だ。
約束なんてしても仕方が無いはず。
「ちなみに、どんな約束なのか聞いても良いですか?」
千尋が問いかけると、雪のように白い佐那の肌が桜色に染まった。
まるで照れているような様子だ。
なに、恥ずかしい約束なの?
そんな千尋の困惑が、佐那から投下された爆弾によって吹き飛ばされた。
「け、結婚の約束をしているんです」
「……………………………………………え⁉」
結婚の約束。佐那は間違いなく結婚の約束と言った。
しかし、千尋にそんな記憶は無い。
どうして、そんな勘違いが起こっているのか。
千尋が絶句していると、佐那は言葉を続けた。
「私が苦しんでいる時に、月明かりに照らされた彼は言ってくれたんです。『世界中を敵に回しても君を守るから……だから泣かないでください』って熱烈なプロポーズを……」
(あぁ!? 確かにそんなこと言ったけど……プロポーズじゃないよ⁉)
言葉だけを聞けばプロポーズのようにも聞こえる。
しかし、千尋にそんなつもりは無かったのだ。
当時の佐那は、社長である父から駒のように扱われ、友人だと思っていたメイドから裏切られて失意のどん底に落ちていた。
そんな彼女を少しでも励ますために、依頼中は何が有っても守るという意思表明のために言った言葉だ。
断じてプロポーズではない。
(ちゃんと説明したい……だけど、黒コートが僕だとバレるわけにもいかない……⁉)
一人でやきもきしている千尋。
一方の佐那はとろけたような笑顔で夕焼けを見詰めて、甘く呟いていた。
「待っててね。だーりん……」
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