第31話 黒いマダラ模様のホブゴブリン

 森の中から姿を現したのは、全身に黒いマダラ模様のあるホブゴブリンと、目の下に黒い隈のあるゴブリン共でした。


「ちっ、黒いマダラ模様か……、まさか、ホブゴブリンだったとはなぁ……」


 先頭に立つバルモアが、槍を構えながら額に汗を滲ませ、呟きました。


 今回の討伐調査対象の狂暴化したゴブリンは、全身にマダラ模様が浮かんでいる可能性が高いとされていましたが、身体的な大きさや外見はゴブリンそのものだと聞いていたのです。


 それが、目の前にいるのは、上位種であるホブゴブリンだったのですから、討伐隊にとっては、完全に想定の範囲外でした。


「ゲヒャヒャヒャヒャ、ニンゲン、コロス……」

「喋りやがった!?」


 マダラ模様のホブゴブリンが、くぐもった野太い声で言葉を話すと、バルモアが声を裏返すほどに驚きました。いえ、バルモアだけではなく、その場にいた全員が目を見開いて驚いていました。


「コロス!! グオォォォォォ!!!」

「「「「グギャギャギャギャーッ!!!」」」」


 マダラ模様のボブゴブリンを先頭に、隈のあるゴブリン共が、一斉に突撃してきました。


「ちくしょう! 迎え撃つぞ!!」

「「「おう!!」」」


 バルモアの声を皮切りに、ダイヤモンドブレスの面々も迎撃態勢に入りました。


 大きな盾を持った前衛が、マダラ模様のホブゴブリンの棍棒攻撃を大盾で受け止めますが、奴のパワーを前に大盾が凹みました。


 バルモアが、マダラ模様のホブゴブリンへと突きを放とうとしましたが、隈のあるゴブリン共に阻まれてしまい、そちらへの対応で手いっぱいとなりました。


 後衛が、タイミングよくファイヤーボールを放ち、マダラ模様のホブゴブリンに当てましたが、大したダメージを与えてはいないようです。


 まだ、戦いが始まったばかりですが、ダイヤモンドブレスがやや気圧されているように見えました。





 一方、ジャガー警部達は、後方で固唾を飲んで戦いを見守っていましたが、戦いが始まってすぐに警部が指示を出します。


「お前達は、今からダンジョンを脱出しろ」

「えっ!? 何を言ってるっすか?」


 ジャガー警部が部下へ指示を出すと、スコットは、驚いた様子で問いました。


「ジェニファー達も撤退しろ。俺達、即席パーティーじゃ、あのホブゴブリンには勝てそうにない」


 ジャガー警部は、スコットの問いに答えることなく、ジェニファーへと視線を移して撤退を指示しました。


「警部はどうするんだ?」

「彼らの戦線が崩れたら助けに入る。いや、撤退を手伝うつもりだ」


「出来るのか?」

「ふん、何とかするさ」


 ジェニファーが鋭い視線で問うと、ジャガー警部は、ニヤリと口角を上げて答えました。


 そこへスコットが、口を挟んできました。


「そんな、無理っすよ! 死にに行くようなもんっす!」

「心配すんな、俺は強えからな。それより、お前達は、この情報を必ず署とギルドへ持ち帰って報告しろ」


「いやっす。警部1人を残して行くなんて出来ないっす。報告は1人で十分っす。自分も警部を手伝うっす」

「スコット、これは命令だ。今すぐ行動しろ」


「出来ないっす」

「……」


 スコットとジャガー警部が言い合いの末、睨みあいました。

 見かねたジェニファーが、やれやれと溜め息をついて口を挟もうとした時、おとなしくしていたギプスがいきなり声を上げました。


「ハッハー! そんなことしている場合じゃないですネー! 隈付きゴブリンが来るですネー!」


「なに!?」

「しまったっす! 警戒を怠っていたっす!」


 驚くジャガー警部の前で、スコットが、ゴブリン共の来る方向を見つめて頭を抱えて悔やみます。


「迎え撃つぞ!」

「おう!」


 剣を抜いたジェニファーの言葉に、アンドレが杖を構えて答えます。


「スコット、取りあえずゴブリン共を倒すぞ!」

「了解っす!」


 ジャガー警部とスコットも素早く切り替えて、武器を取ります。


「あれ? ケータは?」

「ハッハー! ケータは既にゴブリン退治に向かったですネー!」

「ええっ!? いつの間に!」


 最後方に控え、ケータがいないことに気づいたルミナに、ギプスがケータの行方を教えると、ルミナは驚いてしまいました。





 その頃、ケータは、ジャガー警部達へと迫るゴブリン共とは別の方向へと駆けていました。


 ケータは、その先にいるゴブリン3体を討伐するべく風下から音もなく走り寄って行くと、奴らの死角から急襲し、ゴブリン1体の頭に棍棒叩きつけます。


「グギャァ!!」

「ん? 硬いな……」


 ゴブリンが、悲鳴を上げて倒れ込むのを見て、ケータは、小さく呟きながらも、すぐさま追撃の棍棒を叩き込むと、目の下に隈のあるゴブリンは、ボフっと霧となり、魔石を落として消えてゆきました。


「まず、1つ」

「「グギャッ!!」」


 消えゆくゴブリンを確認して小さく呟くケータに、隈付きゴブリン2体が、怒りの形相で襲い掛かります。


 隈付きゴブリン共は、手にした錆びたナイフや棍棒を振り回して来ましたが、ケータは、上手く躱しながらカウンター気味に棍棒攻撃を叩き込み、あっという間に2体の隈付きゴブリンを倒してしまいました。


「これで3つ。隈付きは、2回殴らないと死なないみたいだな……」


 ケータは小さく呟くと、隈付きゴブリン共の落とした魔石を拾って森の中を駆け出しました。


 ケータは、鍛え上げた探索能力で、森の中に散らばる隈付きゴブリン共の動きを概ね把握していました。隈付きゴブリン共は、討伐隊を囲い込むように動いていて、3体ずつで行動しているようです。


 おそらくは、マダラ模様のホブゴブリンの指示で、誰一人逃がさないようにと動いているのでしょう。


 ケータは、近くの隈付きゴブリンから順に奇襲を掛けて倒してゆきました。





 ケータが、順調に隈付きゴブリンを削ってゆく中、ダイヤモンドブレスの面々は、かなり苦戦を強いられていました。


 盾役の持つ大盾は、さんざんマダラ模様のホブゴブリンの棍棒攻撃を受けて、ベコベコに凹み、今にも壊れてしまいそうです。


 バルモア達も隈付きゴブリン共が連携を取って襲ってくるため、防御に回る事が多くて未だに、隈付きゴブリンの数を減らすことが出来ずにいました。


「くそったれ! こいつら傷が回復してやがる」


 バルモアが、息を切らせながら吐き捨てた言葉は正しく、隈付きゴブリン共は、受けた傷が時間と共に徐々に回復していたのです。


「グガァァァ!」

「グハァ!!!」


 マダラ模様のホブゴブリンが、ひときわ大きな雄たけびと共に勢いよく棍棒を盾役の大盾に叩きつけると、とうとうダイヤモンドブレスの盾役が、大盾ごとぶっ飛ばされてしましました。


「こんちくしょう!!」


 バルモアが、盾役に変わりマダラ模様のホブゴブリンを抑えるべく槍を突き出しますが、マダラ模様のホブゴブリンは、軽く交わして、お返しとばかりに棍棒を振り回します。


 バルモアは、棍棒を上手く躱して距離を取り、槍を構えてマダラ模様のホブゴブリンと対峙します。


「グガハハハ、ニンゲン、ヨワイ、ヨワイナ」

「ホブごときが、舐めんな!」


 マダラ模様のホブゴブリンに煽られて、バルモアは、怒りに任せて、怒涛の連続攻撃を仕掛けます。


 バルモアの槍の連続突きを、マダラ模様のホブゴブリンは、棍棒を盾に受け止めますが、全てを受けきることは出来ずに腕や肩、太ももに傷を受けました。


「どうよ!」

「グフフフフ、ソンナモノカ……」


 攻撃を終え、1歩下がってドヤ顔を見せるバルモアでしたが、マダラ模様のホブゴブリンは、防御の姿勢を解いて余裕の表情です。見れば、マダラ模様のホブゴブリンの傷口がどんどん回復しています。その回復速度は、隈付きゴブリンよりもずっと早いようです。


「んなっ!? みるみる回復してやがる……」

「グフフフフ、ヤハリ、ヨワイナ、ニンゲン」

「「「ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」」」


 驚くバルモアに、マダラ模様のホブゴブリンが、下卑た笑みを浮かべて見下した言葉を投げつけると、隈付きゴブリン共が一斉に嘲笑う声を浴びせるのでした。

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