秋をテーマにした作詞【実験作7】

カイ.智水

秋をテーマにした作詞

 酉の刻も半ばを過ぎて午後六時に踏み出し、あと少しで世界は闇に包まれる。昼の時間はどんどん短くなっており、すっかり秋の気配が漂っている。


 北杉高雄はノートパソコンで歌詞を書きながら、時折自室の窓の外を眺めていた。


「芸術の秋とはいうが、秋の間に芸術を完成させなければ需要はないとでもいうのか」


 目を閉じて目頭を押さえ、首を左右に振ると、ため息をひとつつく。

 コマンドキーを押しながらAキーを押し、デリートキーを叩くとこれまで書いた歌詞がすべて消える。


「秋をテーマにした曲。思いつくものが皆ありきたりで、人々の心をとらえるのは難しい。秋、秋、秋」


 高雄は運動会や文化祭、読書に芸術に食事など、秋から連想されるものを列挙していく。やはりどれもありふれている。

 そういえば修学旅行を秋に行う地域もあったな。冬の入学試験を考えれば、三年生の思い出作りをするにはよい頃合いでもある。


 そうか、修学旅行か。

「旅行の秋は紅葉を愛でるにはもってこいだな」


 高雄はキーボードで「修学旅行」と入力していく。修学旅行か。

 彼も来週、京都へ行くことになっている。

 京都の街はきっと全国の修学旅行生であふれかえっているだろう。旅の情緒もへったくれもない。さすがに学生服でいっぱいになるわけではないだろうが、中学生・高校生が雲霞のごとく湧いているに違いない。

 そんななかで、なにを学んでくればよいのだろうか。


 修学旅行生としては見聞を広めるよりも夜の枕投げや好きな人を打ち明け合う時間のほうが楽しくためになるに違いない。


「なるほど、そういえば修学旅行をテーマにした楽曲は数が少ないはずだな」

 高雄には「修学旅行」の文字の下に、関連すると思われる単語を書き綴っていく。


 新幹線、観光バス、旅客機、京都、大阪、神戸、東京、観光地巡り、紅葉狩り、食べ歩き、お土産、木刀、レポート。


「レポートは勘弁してほしいものだな。まあ遊びに行くわけではないから仕方がないが、そもそも修学旅行費は生徒が積み立てていたものを使っているんだから、好きに街を見て回ってもいいだろうに」


 学友、友達、親友、友情、仲間、班行動、自由行動、枕投げ、豪華な夕食、温泉、息抜き、好きな人打ち明け話。


「まあ、修学旅行は学ぶ場でもあるが、最後の友情イベントではあるな」

 中学で体験したが、それを過ぎれば受験勉強に勤しまなければならないため、友達の全員が合格するまで仲良くなんてできはしないからな。

 その頃になればもうじき卒業式も迫ってくる。


 入試、推薦入学、卒業式。


 歌でつらい現実を突きつけられるよりは、夢があったほうがいいに決まっている。であれば。

「修学旅行をテーマにするなら、友情をテーマに据えるのがよさそうだな」


 列挙した文字列の下に大きな文字で「友情」で強調して記しておく。


 コンコン。自室のドアが外から叩かれた。


「お兄ちゃん、夕ご飯が出来たってお母さんが」

 妹のみゆきの声が告げる。もうそんな時間か。


 高雄はノートパソコンを閉じてスリープ状態にすると、椅子から立ち上がって頭を掻きながらドアを開けた。

 そこにはみゆきが部屋着で待っていた。


「また頭を掻いている。勉強はすらすら解くのに、作詞ってそんなに難しいの」

 高雄の視線に合わせるべく、みゆきは屈んで覗き込んできた。


「まあな。ありふれた歌詞は俺の矜持が許さないからな」

「もう少し肩の力を抜いたらいいんじゃないのかな。

 たかが歌詞でしょう。ネタがかぶるなんて気にしていたら、書けるものも書けないんじゃないの」


 高雄は返答せずに階段を降りて食卓へと向かった。


 確かに彼の考えすぎかもしれない。

 「修学旅行」をテーマに、友情ものを書けばよいのかもしれないな。

 どうせ数が少ないことは確かなのだから。





 ─了─





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