第14話 古い写真

 祖母がテーブルに置いたのは、だいぶ古そうなアルバムだった。祖母は、それを大事そうにめくっていく。その表情は、昔を懐かしんでいるような、幸せそうなものだった。


「おばあちゃん。それ、いつ頃の写真なの?」

「そうね。随分昔よ。おばあちゃんが、沙羅さらちゃんくらいの頃かしら」


 そう言われても、沙羅にはピンと来なかった。沙羅にとって、祖母は祖母。若い頃の写真が目の前にあるにも関わらず、その人が祖母だと認識出来ず、まるで別の人のように感じてしまうのだ。沙羅のその思いを察してか、祖母は、ふふっと笑った後、


「おばあちゃんだって、若い時があったのよ。当たり前じゃないの。最初からおばあちゃんなんて、そんな人はいないのよ」

「わかるけど」


 祖母は、もう一度笑ってから、


「この写真、見て。今日、沙羅ちゃんが行ってきた所よ。市のバラ園じゃなくって、人が普通に住んでいた時だけど」

川野辺かわのべ太郎たろうさんっていったっけ? パンフレットに書いてあったよ」

「そう。その方よ」


 祖母が遠い目をした。沙羅は急に思い出して、「そうだ」と言って、スマホで撮った写真を祖母に見せた。祖母は微笑みを浮かべ、


「変わってないわ」


 そう言って、スマホの隣にアルバムを置いた。白黒とカラーの違いはあるが、同じような構図で撮られた写真。


「この、おばあちゃんが写ってる写真は、誰が撮ったの?」


 答えは想像が出来ていたが、あえて訊いてみた。祖母は、写真を見ながら、


「旦那様よ。さっき、沙羅ちゃんが言ってたその人。可愛がって頂いたわ。本当に素晴らしい人だった」

「それなのに、どうして……」


 逃げたりしたのか、と訊こうとしたが、そのまま口を閉じてしまった。祖母の表情が、暗くなったからだ。


 祖母は、少しの間白黒とカラーの写真を交互に見ていたが、


「どうしてかしらね。でもね、沙羅ちゃん。私は、後悔してないわよ。あの場所から逃げ出したから、今こうして沙羅ちゃんと話が出来ているんだもの。これで良かったのよ」

「おばあちゃん。昔、まだ私が幼稚園にも行ってない頃に、一緒にバラ園に行ったよね。あの時、おばあちゃん、私に何を話してくれた? 小さかったから、難しかったんだろうね。覚えてないんだ」

「何を話したかしらね。でも、そうね。沙羅ちゃんだけ連れて、バラ園に行ったわ」


 スマホの次の写真を祖母に見せた。祖母は、驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑して、


「『千尋ちひろ』ね。すぐわかったわ」

「このバラの名前、おばあちゃんと一緒だよね。おばあちゃんの名前を付けたっていうことだよね。それって、どういう意味?」


 祖母の顔から微笑が消え、軽く唇を噛むのが目に入った。が、それも長いことではなかった。すぐに愁いを隠して、笑顔を貼り付けると、


「そうね。どういう意味だったのかしらね」

「あの時。二人でバラ園に行った時、何かそのこと話してくれたでしょう?」

「ええ。話したわね。でも、もうダメよ。だって、沙羅ちゃんは、私の話を理解出来る年齢になってしまったからね。だから、もう話せない」


 夕食の前に写真を見せようとして断られた時と同じような、あの少し強い口調で、今また断られてしまった。話す気はないと言うことだ。沙羅は、溜息を吐くと、「わかったよ」と言って、立ち上がった。


「これ以上は訊かない。でも、思い出しちゃったらごめんね」


 祖母は何も言わなかった。ただ、写真を凝視していた。何かの感情を押さえつけているのだろうか。祖母はいったい、どんな気持ちでいるのだろうか。


(後悔してないなら、話せそうなものなのに)


 すっきりしないまま、祖母の部屋を出て行った。

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