第22話 レオンハルトと執事ユルク
「ああ。お茶会を極力減らすし、人選も慎重に吟味してくれ。ライネワルト侯爵家との交流比重を高める。だからといってライネワルト侯爵家自体に肩入れはしない。あとユーファが今後揉めそうな家は抑えておきたい」
「かしこまりました。そのように取り計らいます」
恭しく礼をして去る老執事を眺め、手元の資料を読み込んでいたレオンハルトだが、近くに居た文官を捕まえると、次の指示をだす。
「私の個人資産からギュンターとユーファネート嬢が行っている事業への投資手続きを。いつものように別名で頼む。ただしギュンターには私からと伝えておいてくれ。それと毎月の事業報告は必要だ。それを元に継続するか判断する」
「かしこまりました。すぐに着手します」
「ああ、頼む」
手慣れた様子でレオンハルトの指示を聞いた文官をレオンハルトは無言で見送る。
王城に戻ったレオンハルトが精力的に次々と指示を出していく。
まだ10才の少年が大人顔負けで指示を出しており、文官達が慌ただしく部屋を出入りしている。
一段落したレオンハルトが大きく伸びをして椅子に座ると、紅茶が目の前に置かれた。
「あれほどライネワルト侯爵家へ行くのを嫌がっておられたのに、随分と楽しそうに帰ってこられましたね。それにライネワルト侯爵家への事業協力までされるなんて」
「ユルクか。そうだな。ギュンターから聞いた話が本当だったなら、すぐにでも帰っただろう。噂のわがまま令嬢なら適当に話して終わりだ」
「だが、違ったと?」
レオンハルトからユルクと呼ばれた青年が面白そうな顔をしている。普段は年相応な言動を心掛けていた王子様が、仮面を被るのを止め精力的に動き始めたのである。急な変わりようであったが、さすがに王族に仕える者達であり、驚きながらも迅速に対応をしていた。
「ああ、もう遠慮するのはやめだ。ユーファと出会ったからね」
「殿下がそこまで仰るのは驚きですね」
ユルク= デーベライナーはレオンハルトが幼き頃から仕える執事で長くの付き合がある。10才年上の彼は有能な部下であり、頼りがいのある兄であり、数少ない友人でもあった。
「いいのですか? 学院に入るまでは大人しくすると決めていたじゃないですか」
「ああ、そうだったね」
ユルクの言葉にレオンハルトが頷き楽しそうな顔になる。久しぶりに心から笑う主人に驚きながらも、両手を広げて肩をすくめレオンハルトの前の席に座った。
「じゃあ、兄ちゃんにその理由を教えてくれる? レオンがそこまで楽しそうにユーファネート嬢に肩入れする」
「ふふ。ユルクがその喋り方をするなんて珍しいね。ユルクの分も紅茶を用意してよ。お菓子はユーファからもらったクッキーがある」
「へえ。甘いものが苦手なレオンハルト殿下がクッキーを嬉しそうに取り出すなんてね。それはそれは」
鞄から嬉しそうにクッキーを取り出すレオンハルトをユーファネートが見れば鼻血を出しながら課金をしようとするだろう。満面の笑みを浮かべ、兄として慕うユルクに気を許しているのがよくわかる。
まるで初めて好き子からプレゼントをもらったようなレオンハルトの様子に、ユルクは優しい眼差しを向け紅茶を用意する。
「やはりユルクの紅茶は別格だね」
ここにセバスチャンが居れば弟子入りを志願したであろう。それほどユルクの所作は洗練され、動き一つ一つに技術の高さがうかがわれた。
「ユーファの所にいた執事も頑張っているのは分ったけど、味が今一つだったからなあ。形から入るのは好感が持てたけどね。あと主人を一番に考えて行動をしているのがよく分かった。あの子はいい執事になるだろうね」
「レオンがそれほど褒めるなんて珍しいな」
「ユーファが喜ぶから私をもてなそう。そのような空気を感じたね。私が王子であろうと庶民であろうと、彼なら一所懸命に同じように対応しただろう。それにギュンダーの手紙と実際にあったユーファは全く違った。そのあたりも含めて、留守番をしていたユルクに話してあげよう」
紅茶を飲みながらレオンハルトがライネワルト侯爵領へ行った際の話をしてくれた。
「なんだつまり。初対面が畑だったと? しかも作業着でギュンター様も一緒に? その姿でカーテシーだと? ちょ、お腹痛い」
レオンハルトから話を聞いたユルクだが、貴族らしからぬ行動をするユーファネートに笑いが止まらない。ユルクの知る王侯貴族は、目の前にレオンハルトを除き、自己顕示欲を満たす為に行動する愚か者が多い。
特に王都で暮らす貴族ほど傾向が強く、長年レオンハルトに仕えるユルクにとって、貴族とは「プライドを食べて生きる未知なる生物」であった。自分がイメージする貴族とはかけ離れているユーファネートに興味を持つユルク。
「あーおかしかった。ギュンター様は何度も会った事あるけど、そこまでおかしな行動はしていなかったよね? それにユーファちゃんも面白い子だ。一度会ってみようかな」
「おい。ユルク」
楽しそうにしているユルクにレオンハルトが眉にしわを作りながら半眼で睨んでくる。
「ユーファネート嬢をユーファと呼んで良いのは家族と俺だけだ」
「おお、それはそれは。ユーファネート様は愛されていますな」
年齢相応の表情で抗議をしてくるレオンハルトにユルクは驚く。神童でも嫉妬をするのか。弟のように可愛がっているレオンハルトに、このような表情をさせるユーファネートにユルクは本気で会ってみたいと思った。
【君☆公式情報】
ユルク ・デーベライナー
君☆(きみほし)で、レオンハルトに仕える執事であり、常に背後に控えています。単なる執事ではなく、護衛も兼ねており仲良くなると、レオンハルトに関する情報を色々と教えてくれます。
また、レオンハルトからは兄のように慕われており、困ったことがあれば相談を受けるのも彼の役割となっています。
特技は紅茶を淹れる事であり、レオンハルトだけでなく王や王妃にも提供することがあるとか。
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