皆のこころのうち

第20話 セバスチャンとギュンター

 ユーファネートの執事として人生を捧げると誓ったセバスチャン。今はユーファネートを守る為、剣の修行をしている。


「ユーファネート様にどんな事があろうとも守れるよう、剣の修行をしたい」


 そんなセバスチャンの熱意はアルベリヒに伝わり、厳しくも実践的な守りの剣が使える冒険者を手配してくれた。同時に王国流剣術も習うことになり、先に習っているギュンダーとは兄弟弟子となっていた。


そんなある日の訓練日。


「痛っっっ。この訓練は必要だったのかよ?」


「もちろんです。ギュンダー様」


 冒険者との訓練。軽い興味で顔を出したギュンターにセバスチャンが一緒に訓練はどうかと誘ったのだ。普段とは違う内容であり最初は楽しんでいたギュンダーだったが、痣だらけの身体になると悲鳴をあげ井戸まで逃げ出していた。


「最小の怪我で相手に致命傷を与える訓練か。生き残るために必要だと気かされたな。さすがは冒険者だよ。もう嫌だけど」


「先生が褒めておられました。ギュンター様があれほどの思い切りの良さを出すとは思わなった。と」


 実践的な訓練と聞き興味を持って参加したギュンター。そんな彼に待ち受けていた訓練内容は講師役の冒険者が放つ必殺の一撃をかわさずに、ダメージが最小になるよう身体で受けるとの常識外れなものばかりであった。


「先生が誉めてくたんだな。めちゃくちゃ怖かったが、かわさず身体で受けるのはいいな。王国流剣術を学ぶ際にも役立ちそうだ」


「これでユーファネート様が有事に巻き込まれた際に、命を賭して守れる人間が増えた」


「ん? なんて?」


 過酷な訓練を終えたギュンダーが手応えを感じていると、同じく痣だらけのセバスチャンが満足げな表情で頷いていた。呟かれた内容にギュンダーが首を傾げる。聞き間違いだろうか? そう思い再確認するギュンダーにセバスチャンが満面の笑みを浮かべる。


「ギュンダー様もこれで命を賭してユーファネート様を守れますね! ユーファネート様が暴漢に襲われてもお守りできるよう、背後から襲われても大丈夫だし、武器がない際にも自らの身体を投げ打ちお守りする事も出来ますね。先生が呆れ褒めるほどです。さすがでございます」


「俺に関係ない訓練じゃん! 先生は絶対に褒めてないからな! それと俺はユーファと一緒で守られる立場だから!」


 剣筋に身体を投げ出し後衛に攻撃が届かない訓練。バックアタックされた際の迅速な反転方法。必殺の一撃を身を挺して致命傷を避け反撃する訓練。ギュンダーは「守られる立場」を理解する訓練でもあると思っていたが、まさか「守る立場」のみに特化した訓練であったとは。


「ちなみに最後の訓練の意味は? 俺は致命傷を避け救援を待ち、守られる立場を理解する訓練だと思っていたが?」


「いえ? ユーファネート様をお守りする訓練ですよ。ギュンダー様に死なれては守れないではありませんか。それと守られる立場って誰のことですか?」


「俺だよ! どうりで先生冒険者が『え? まじでご子息もされるので?』と聞いてくるわ!」


「ギュンター様がユーファネート様と一緒だった際の有事には、この訓練が役立ちます。ユーファネート様さえ無事であるなら問題ありませんので」


「俺も守れよ! 先生冒険者が『まじで全力でいいのですか?』と何度も確認した時にお前は答えたよな? 『ギュンター様に必要な訓練です』って。ユーファを守るためだったのかよ」


 やっと訓練内容を理解し、思わず脱力するギュンターだったが、セバスチャンがきょとんとした表情を浮かべる。


「ギュンダー様はユーファネート様になにかあった際にお守りになられないので?」


「守るに決まっているだろうが! 大事な妹だぞ!」


 自分の言葉にギュンダーは驚く。ここまで妹を大事に思っている自覚が薄かったのだ。改めて発言したことで、自分の中で妹の存在が大きくなっていることに気付く。


「そっか。俺は妹が大事だったんだな」


 静かに呟いているギュンダーだったが、セバスチャンの発言に目が見開く。


「ギュンター様は次期侯爵になられるお方であり、ユーファネート様の次に大事だと私も分っております。ですが、いざとなれば優先するのはユーファネート様です。そこはご容赦ください。それにしてもギュンター様は筋がいいですね。先生も『あれだけ動けるなら冒険者として前衛で食っていける』と褒めておられましたよ」


 満面の笑顔でお前は2番手だと言い切られたギュンターだが、セバスチャンからの賞賛に苦笑する。


「それにしても変わったよな」


「そうでしょうか?」


 首を傾げるセバスチャンだが、雇われた当初は頑張りがユーファネートに伝わっておらず、空回りをしているようにしか見えなかった。


「ユーファが高熱で寝込んでからか」


「なにがでしょうか?」


「最近はユーファと仲が良さそうだな」


「ユーファネート様は慈悲深き方です。私のような者も大事にして下さります。ユーファネート様の為なら、この安い身などいつでも捨てられます」


「いやいや。重いわ」


 もはや狂信では? そう心配するほどセバスチャンは劇的に変わっていると感じていた。屋敷の者達も主人と従者ではなく、主人と飼い犬のように見えるともっぱらの噂だ。


 その飼い犬は主人の事が大好きであり、まとわりつくセバスチャンは尻尾と耳が生えている。


「まあ、お前がユーファを敬愛しているのは分った。だが、これからは俺も守るようにしろよ! これから進める領地改革ではユーファの力は大事だが、俺の立場も重要だからな!」


「もちろんで御座いますとも。ユーファネート様が行動されるにはギュンター様のお力が必要です」


「お、おう。分っているのならいいんだよ」


 ギュンターは満更でもない表情を浮かべる。タイミングよく表れたメイドが用意したタオルを受け取ると、身体を拭きセバスチャンを休憩に誘う。


「そろそろティータイムを入れよう。たまにはゆっくりしてもいいだろ?」


「これから紅茶の講義がありますのでお断りいたします。ユーファネート様に認めてもらう時間は1秒も無駄には出来ません。ところでギュンター様。ちなみに明日の訓練ですが――」


 軽い感じで誘ったが、さっくりと断られてしまう。ギュンターは苦笑し、メイドは仰天した表情を浮かべていたが、セバスチャンの言葉に二人とも唖然としてしまう。


「捨て身で相手と差し違える練習を――」


「絶対に分ってねえ! 俺も守るんだよ!」


 刺し違えてもユーファネートを守るとの表情をしているセバスチャンにギュンターは思わず怒鳴り返していた。

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