第18話 色々と繋がっていく

「ユーファネート。殿下とのお茶会はどうだったかな? 仲良くなれたかい?」


 セバスチャンとギュンダーに連れられ、アルベリヒとマルグレートが部屋に戻ってくると開口一番に笑顔のアルベリヒから質問が飛んできた。


「はい! レオン様と仲良くなれました。夢のようなひとときでした」


「仲良くなったのはいいね。だが、ユーファネート。殿下への呼びかたを――」


「大丈夫ですよ、侯爵。私がユーファに『レオンと呼んで欲しい』とお願いしたのです」


「あらあらまあまあ。愛称で呼び合うなんて。仲良くなったのね」


 ユーファネートの返事にアルベリヒがたしなめようとするが、レオンハルトの回答にマルグレートは微笑ましげに2人を見る。ただ、ギュンターは怒りの声を上げた。


「おい! レオン……ハルト殿下。妹を愛称で呼ぶには早すぎじゃないですかね? まだそこまで許してませんよ。俺は」


 あれ? お兄様がシスコン気味になってる? あんなにユーファネートを嫌っていたのに。そんな事を考える希の隣でレオンハルトがギュンダーに話しかけていた。


「それほど気にする事かい? ギュンターもユーファネート嬢をユーファと呼んでるじゃないか」


「俺は兄だから。それに俺がユーファと呼び始めたのは最近の話であって、当日に愛称で呼び合うなんて早すぎるでしょうが!」


「ははっ。ごめんごめん。そんな怒らないでくれ。ちょっとからかっただけじゃないか」


 ギュンターの反応を見て笑うレオンハルトに、からかわれたと気付いたギュンターが無表情になる。これ以上の反応は相手を喜ばせるだけだ。そんな強い意思が見て取れるギュンターに、レオンハルトは苦笑して謝罪していた。


 そして爽やかな笑みを浮かべたまま、ユーファネートへ向き直るとそっと手を差し出した。


「これからもよろしくね。ユーファ」


「こちらこそ! こらから末長くよろしくお願いします。レオン様!」


 笑顔のレオンハルトをうっとりと眺めながら「最推しの笑顔って破格だわ」と思いつつ笑顔で返す希。何も考えず差し出された手を握手だと思い握り返すが、レオンハルトが指先だけを持つことに首を傾げる。


「ん?」


 不思議そうな顔をする希。ギュンダーもきょとんとした表情を浮かべている。ただ、アルベリヒとマルグレートは目を見開いており、セバスチャンは目を輝かせていた。


 そんな多種多様な表情が咲き乱れる中、レオンハルトは希の手を持ったまま優雅にひざまずくと手の甲に唇を落とした。


「にゃぁぁぁぉぁ!」


 レオンハルトによる突然のファンサに希の悲鳴が響く。目を見開いたまま固まる希と、アルベリヒはそっと横を向き、マルグレートは扇を口元に当て表情を隠した。


 2人はレオンハルトの行動に驚いたものの、今回の訪問は大成功だったと確信した。


「おいレオン! 何やってんだよ!」


 そんな親や国の思惑を何も知らないギュンダーが青筋を立て怒りを露わにする。あれほどユーファネートを毛嫌いしていたのではないのか。あれはどこに行った?


 そう思われるほど彼の態度は180度変わっており、希の事を溺愛レベルで気に入っているようであった。そんなギュンダーが子供らしい独占欲を出していた。


「あ、あばばばば」


 目の前で行われたレオンハルトの行動に希は全身真っ赤になりながら過呼吸になる。自分の手の甲に触れている最推しレオンハルトの柔らかい唇。そして微笑みかけてくる上目遣い。


「ふふ。そうだね。末長くよろしくね」


 口をパクパクさせながらも、手に伝わるレオンハルトの温度、柔らかそうだが、ゴツゴツとした男性らしい手。その全てを意識し、希の心拍数が上がり続ける。


「ユーファ?」


「さ、最推し……」


 全てを理解した希の耳に止めとばかりにレオンハルトの声が耳に入る。あっさりとキャパオーバーした希は意識を手放しつつ最後に言葉を振り絞った。


「最推しのファンサが激しすぎますわ……」


◇□◇□◇□

「「殿下。先ほどの行動は『そうである』と侯爵家は理解しますがよろしいので?」


「当然、私はそのつもりで行動した。様々なご令嬢達と会ってきたが、これほど楽しい気分となり、興味を掻き立てられたのは初めてだ」


 どこか遠くで小さな声が聞こえる。


 希は夢現ゆめうつつの中で「あ、これ君☆のワンシーン!」と小さく微笑む。フワフワとした気持ちの中、徐々に会話がクリアになっていく。


「ユーファネートは喜びますでしょう。あの子は殿下とお会いするのを楽しみにしていたくらいですから。侯爵として最良の結果どころか3歩ほどすっ飛ばした結果に驚いており、親としては複雑な気持ちです。まだお早いのでは?」


「そんな事はないよ。アルベリヒ殿。彼女こそ僕が求めた女性だと確信している。導かれた運命を素直に受け入れ、彼女に心を捧げたいと思っている」


「……。殿下がそこまでユーファネートに心を捧げて下さるのでしたら、私達から言うことは何もありません。ねえ、アルベリヒ」


「ですが、いきなり王宮へ呼び寄せて皇太子妃教育をするのは止めて頂きたい。前提の教育は侯爵家が責任を持って行います。あと学院を卒業するまでは手出しは許しません」


 レオン様とお父様とお母様が会話している? 王太子妃教育? 学院を卒業するまで許さない? なんのこと? 希が耳を澄ませていると、ギュンターの怒り声が轟いた。


「俺は認めないからな!」


「そんな事を言うなよ。ギュンター義兄さん」


「誰が義兄だ! 俺はユーファとレオンの結婚なんて認めないぞ。ユーファは俺と一緒に領地経営をするんだ!」


 どうやらユーファネートとレオンハルトの婚約をギュンターが反対しているらしい。全力でギュンターが嫌がっているのが分かる。


(いいじゃない、お兄様。ユーファネートとレオン様が婚約すれば、将来は家族となっておはようからからお休みまで一緒にいられるのよ。あら、そうなったらレオン様だけじゃなくて、可愛いお兄様もでられ、側にセバスチャンがいるなんて最高じゃない。え? ユーファネートが婚約?)


「私の事じゃない!」


 何気に話を聞いていた希だが、ガバッと起き上がる。自分が気絶した理由を思い出し、手の甲への唇の温かさと見上げて微笑むレオンハルトを思い出して再び真っ赤になった。


「ユーファ。目覚めはどうだい?」


「最高です、レオン様! いくら貢げばよろしいでしょうか?」


「ん? 貢ぐ?」


「はい! ボーナス全振りでいいですか!」


「ん?」


 起き抜け発言が意味不明な希。微笑みながらも首を傾げるレオンハルト。娘の態度と言葉に、また高熱が出たのかと心配するアルベリヒとマルグレート。ギュンダーは相変わらず厳しい顔をしている。


 しばらく会話が噛み合ってなかったが希がなんとか落ち着き、主にレオンハルトとアルベリヒ、マルグレートの間で今後の話がしっかりとなされた。そしてレオンハルトが王都に戻る時間になってきた。


「今日はこれで失礼するよ。これから手紙でやり取りをしようね。もちろん返事をくれるよねユーファ?」


「もちろんですわ! レオン様のお手紙は家宝にします! あと右手は洗わずに永久保存にします!」


「ユーファ? 本当に手紙を家宝にする気? あと右手も今から洗ってきなさい」


「いやですわ!」


 目を輝かせ答える希。レオンハルトはアルベリヒに視線を向けて助けを求めるのだった。

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