第10話 希は張り切って改変を始める

「な! 何事だ!?」


 ギュンターはユーファネートが家庭教師と勉強するとの事で書斎で待っていたのだが、一向に来ないことを疑問に思い探していると、見知らぬ者たちがダンスホールにあふれている事に驚く。


「おい。なにがあった?」


 通りすがりのメイド捕まえて話を聞くと。ユーファネートの指示によって、使わなくなった品物を置いているとの事であった。普段は静まり返っている屋敷が戦場のようになっており、メイドや執事達は走り回り、いつも屋敷に来る商人達は興味深げに並んでいる品を見ていた。


「おお、これはギュンター様。先日は剣のご購入ありがとうございました。その後は問題ないでしょうか? なにかありましたら、すぐに使いを出していただければメンテナンスさせて頂きます」


「ああ、快適に使わせてもらっているよ。それにしてもこれは一体何事だ?」


「おや? ギュンダー様は聞かれておられないので? 今日はユーファネート様に呼ばれまして、商品の買い取りをしている最中でございます」


「商品の買い取りだと?」


 首を傾げるギュンターに揉み手をしながら挨拶をした商人が嬉しそうに頷く。そして何も聞かされていな様子のギュンターに詳細説明をしてくれた。


「さようでございます。商品の買い取りでございます。ユーファネート様より『我が家で使わなくなった物を買い取って欲しい』と連絡を頂きまして。なにやら慈善事業を始められるとの事で。はっはっは。それにしても噂は当てになりませんな。おっといやいや何でもありませんぞ」


 楽し気に並べられている商品を見ながら商人が笑う。気分がいいのか普段なら口にしないようなユーファネートの噂に触れてしまうが慌てて打ち消した。だが、ギュンダーはそれどころでなく、商人の話は耳に入ってなかった。


「私の他にも商会がやって来ておりましてな。どれも一級品の物ばかりで、私どもとしてはユーファネート様が幸運の女神に見えておりますよ」


「ユーファネートが幸運の女神」


 ギュンダーが小さく呟いている中、従業員が商人の耳元で何かをささやいた。


「おい、お前達急ぐぞ。どれだけ買えるかでユーファネート様への覚えがよくなる。申し訳ございませんギュンター様。これから店に戻って金貨を持ってこないと行けなくなりましたので失礼いたします」


「あ、ああ。済まなかった」


 興奮気味に話す商人は、従業員と共にユーファネートへ会いあsつすると走るよう去っていく。その姿を見送っていたギュンターだが、軽く首を振るとユーファネートの元に向かう。


 並べられている物は家具や道具だけだなく、ドレスや鎧や剣などもある。


「ユーファネート」


「あら、お兄様どうかされましたか?」


「これは一体なにをしている? 商人から買い取りに来たとは聞いたが、こんな古い物を売ってどうする? 二束三文にもならないだろう」


 君☆(きみほし)の世界で二束三文との単語が聞けると思わなかった希は、世界観に似合わない台詞に笑う。そして笑いながらギュンターへ説明をする。


「今は使わなくなった不必品をお父様とお母さまからもらっただけですわ。私達からすれば利用価値のない物でしょうが、まだまだ使い道があるようですわ。オークション形式にしたので射幸心をかき立てたようですわね」


 最近よく見るようになったユーファネートの笑顔に違和感を覚えるギュンダーに気付くことなく、希は説明を続ける。


「最終的に買い取った金額が一番の紹介には新規事業パートナーとすると言ったのも効果的だったようですわ。高額で競り落とせば、私に顔を覚えてもらえるのですから、商人たちも張り切っているようです」


「ちょっと待て。色々と理解が追いつかない。オークション形式? 新規事業のパートナー? そもそも新規事業? なにを考えているんだ?」


 混乱したギュンターの様子に、ユーファネートは説明が不足していたと頷く。そばに控えていたセバスチャンから小さな黒板を受け取ると何やら書き始めた。


「私はさらにライネワルト侯爵家の名を高める為に動いてます」


「はっ! 今までの行いを忘れているのか?」


 頬を膨らませ顔をしかめているギュンダーに、ユーファネートは黒板に円グラフや棒グラフを書いていく。


「お兄様はご存じかもしれませんが、我が領では食糧自給率が低下しております。これはお父様が薔薇の生産を始められたからです。円グラフは作付面積です。左が1年前で右は今年の分になります。去年より3割も減っており、このままでは飢饉が発生すれば領民に餓死者が出ます。なので外貨を得つつも生産量を上げるために事業を起こそうと考えました。その為に初期投資費用が必要なのです」


「何を言っているんだ。お前の為に父上が薔薇を作っているせいだろうが!」


 自分が危惧していたことをユーファネートも知っているのは驚いたが、ギュンダーからすれば原因が何を言っているとの気分であった。


「流石はお兄様。その通りで私のせいなのです!」


 勢いよく自分が元凶だと頷くユーファネートに、ギュンターは何度目かの驚愕した表情を浮かべる。本当に人が変わったようである。そして自分では思いもつかなかった対応をしようとしている。


 今までのような贅沢だけを追求していた姿は全くなかった。


「それで?」


「『それで』とは?」


 不思議そうにするユーファネートに、ギュンターがじれったそうに確認してくる。


「新規事業の話だよ。商人とのやり取りで得た金を使ってなにをするつもりだ?」


「よくぞ聞いてくれました! 落花生畑を作ろうと思っていますの! 目指せ生産量千葉超え! そして始まる加工品を使った販路拡大! 誰が薔薇の令嬢になってたまるものですか! 君☆(きみほし)の世界で虐げられた落花生を私が主役に押し上げますわ!」


「落花生がなんだって? それに薔薇の令嬢? チバゴエ? お前はなにを言っているんだ?」


「落花生は健康に良いのです。血行はよくなり、冷え性や肩こりが改善されます。それ以外に美肌効果まであります。落花生は高カロリー食品でもあり、小腹が空いた時に食べれば腹持ちも良く、種として確保しながらも食料にもなる。聞いてますかお兄様! まだまだありますので説明を――」


 説明されても理解が出来ないギュンターは目をまわしていた。そんな兄の表情に気付かず、希は自信満々でギュンターへ黒板を使って領地改善案と落花生の素晴らしさを説明するのだった。

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