第3話 ラノベ作家が大問答!!

 地下鉄が闇をはらいながら進む先で、目指す角若本社の最寄もより、飯他橋駅ホームが、やがてにじむ光の向こうから姿を現した。


「本当に行くのか」


 狂気の暴動を先導せんどうした暴徒達がまもなく鎮圧ちんあつされたのち、再び走り始めた車両のシートでられながら黙ったままだった鑑定班を名乗った男が、俺の横で重たい口を開いた。


「……自分の役割だと思い込んだ道化どうけをただ必死に演じるだけで、今日まで何も知ろうとせずにいた俺だから、最後位は自分で確かめなくちゃ」


 ずっと、ままならなかった挙句あげくの末の自責じせきから生まれた決意だけが、ただそこにあった。

 俺がしでかしたこと顛末てんまつが、誰かがほんの持ち合わせていた幸せに至る道すがらまでも破壊してしまったこと。

 いつわり続けた挙句あげくの未来と、所詮しょせんは拾い集めたメッキでつなぎ合わせただけの栄光が、このてのひらの上で万事ばんじを持て余して、そしてやがて砕け散った。

 今更いまさらだ、まるで何もかもが今更いまさらなのは分かってる。

 それでも……!

 それでもまだ……!


       

      ♦     ♦     ♦     ♦     ♦



『でも、何が起こったのか、それはあなたが自分で確かめなきゃね』


 年下先輩はそう言ってまた、俺の隣に座って静かに目を閉じた。

 先刻せんこく、車内の大混乱を呆気あっけない幕切まくぎれに導いて終止符しゅうしふを打ったのち――さあさあ! って一転、そこらに押し合う群れた人達を追い立てた先輩に、一人首を振って残ったのがこの鑑定班を名乗る男だった。


『お前は……この“偽物”の正体を知っているのか?」


 くぐもった声の男のそれは、はなはだ当然、誰もの疑問であって。


『だけど……先輩を巻き込んだのは俺で……』


 たった言いよどんだ言葉が、かわいた舌からこぼれたけれど、そこからほころび落ちる只中ただなかのどんな感情の欠片かけらさえも、目の目で輝く先輩のまぶしい程の赤いワンピースに吸い込まれていくだけで。

 いつも、その太陽みたいな笑顔が……いつだって俺をはげまし背中を押してくれていた先輩が……。


『せ……んぱいが、まさかそんな……』


 だけど、それこそ代理ZOU3が俺の携帯番号を知っている“意味”が無い。

 これまでだって、お互いの不干渉ふかんしょうこそが共有する秘密を暴かれない様にする為の、最も都合の良い手段だったはずだから。


『でも……先輩とは、ただ会社で出会って……』


 取り止めの無い二人の今までの関係性がぼんやり重なり浮かんで、だけど、そこに何の利害りがい必然ひつぜんだって無かったから……。

 けれど、この騒動の中、誰との交流こうりゅうも無くなった今の俺の番号を知ってるなんて、まさか先輩位しか思いつかない……。


『どうして……』


 これじゃあ、まるで先輩が何もかも知ってるみたいじゃ……。


『でも、川原君は私達のてきじゃない! そうでしょ? くずれるアパートのガラクタの藻屑もくずに、あわや一緒になりかけたんじゃないですか!」


 通路をはさんだ対面のシートで文野さんが、頓狂とんきょうな声を上げながら立ち上がろうと車両の揺れにあらがい、必死な形相ぎょうそうと手振りで先輩を弁護べんごする。


『そうだ……先輩が代理ZOU3と繋がってるってなら、どうして俺達と一緒の部屋になんて』


 一つ間違えれば今頃どうなってたかも分からない、あの倒壊劇とうかいげきにそんなリスクを背負って出張でばる必要なんて……。


『良く出来たプロットは、誰もの想像を超える望外ぼうがいな演出を提示ていじすることさえままあることだ。はなからそれが仕組まれていたなら、どれだけ大仰おおぎょうに見えようとも、そこに意図いとされた動線どうせんに沿った仕掛けが必ずある」


 鑑定班の男がそうつぶやいて、ゆっくりと先輩の顔を見据みすえた。

 だけど、よしんばそんな危険なトリックが、先輩に何のメリットがあるって……。


「そうじゃない。この騒動の核心は、そこにある訳じゃない」


 ――何故だ、何故この男がZOU3のブログに侵入出来た? 本人のみが知り得るパスワードでしか入れない筈だ――

 さらにそう続けて、先輩を殊更ことさらに問い詰めて。


『あの夜あの時、ZOU3のブログはだれでも編集可能な状態になっていたの、そのたった一時いっときだけね。あとは、彼がずっと“ログインした状態”で繋がり続けてたってこと。10年も放置されてたブログだから、それに誰も気付かなかった、勿論もちろん彼自身もね。のちに、角若のサーバーにデータを移動する際にだって添付ファイルでデータを送ればそれで済むのに、成り済ましに繋がるかもしれない証拠しょうこをネットに残さない様にって、今時USBを経由したんでしょ文野さん?』


 年下先輩のにっこり笑顔で見つめられた文野ぶんのさんが、途端とたんに真っ青になったまま何度もうなずいた。


『だから、真相しんそうを知る彼ら以外の人達に、彼が偽物にせものであるってことを微塵みじんも疑われることもなかった。クラッカーの手に掛かれば、アドレスからのデータ送信の詳細しょうさいだって分かっちゃうご時世じせいなんだけど、何一つ手掛かりさえ残ってない今回の顛末てんまつに近付ける人も結局誰もいなかったってことね』


 その両掌に載せた先輩の笑顔がまた少しほころんで、ずっと目の前にぶら下がったままだったQ&Aの行方知れずだった解答を、淡々とさも楽しそうにフルコースよろしく俺達の前に並べ立てながら。


『どうして先輩が、何でそんなことまで知って……』


 いなくなってしまったZOU3、ZOU3の偽物の俺、代理ZOU3である田中一郎……だけど先輩だけは……年下先輩だけが、ずっと俺にとって何にも代えがたい存在でいてくれた……だけど、だけどあなたは一体……。


『そうだ……お前こそ一体誰なんだ、何故お前が』

 

『“川原”は、誰かがくれたおまじないみたいな名前。いろどられた物語に例えられる世界という描写びょうしゃは、幾度もの次元じげん衝突しょうとつで絶えず変容へんようを続けながら、その行く先々は何もかもが全てただ悲しいだけ。あたしは名前もくしたままに、ただ重なり生まれる特異点に寄り添う、ただ一人の傍観者であって観察を続けるだけの存在』


『……俺は、ZOU3を模倣もほうし続けたただの偽物にせものでしかなくて……でも、あなたは……あなただけは……』


『あたしが、ずっと本当は“誰と話していた”のか、あなたには分かるかしら』


 だれ……と?

 誰と……だって?

 ……先輩は、ずっと俺と一緒にいてくれて……俺をずっと励ましてくれて……俺を支えてくれてた筈……。

 そんな……まさか……そんなことが……まさか……。

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ラノベ作家が大炎上!! ぞう3 @3ji3

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