第5話 終戦の日

成美は夢を見た。

なぜ夢だと認識できたのか。それは、自分の記憶に存在せず、あまりに非現実的であったからである。


成美の目の前には、昔、ドラマで見たカーキ色の制服を着て、中年でどこか温和な雰囲気を宿しているが、沈痛な顔をし、両肘を机に置き、手を組んで顔を組んだ両手の上に乗せるようにうつむき、座っている男性がいた。どうやらこの人物と二人で話しているようだ。脇をチラリとみると、机の上に三角の置物があり、「陸相」と書かれていた。


「菅野君ーー」


その人物は成美にそう話しかけた。菅野?誰のことだろうか。疑問に思うが、何となくこの体は自分ではない気がした。身体と台詞が勝手に動く。自分であって自分でない。どこか昔のドラマを見ているようだった。


成美が黙っていると、その人物は目を閉じたまま、続けて語った。


「この戦争は恐れ多くも御上のーー」


と言いかけると、なぜか背筋がぴしりと延ばさなくてはならないような気がして背筋が伸びた。


「ーー御聖断によって終わらせることができそうだ。敗戦となったのはひとえに我々の責任であり、なんてお詫びをしたらよいかわからない。その責からは逃れるつもりはない。」


そう言い切ると、その人物は顔を上げ、成美をじっと見据えた。


「だが、この傷ついた日本、新日本の建設をしていく必要がある。そのためには人材が必要だ。昔、武田信玄が「人は城、人は石垣」という言葉を残したが、国を作るのは人だ。いくら恵まれた環境があっても、それを生かすも殺すも人次第だ。」


成美は直立不動のままその人物の言葉にじっと傾けながらも、いったい何を言いたいのか理解するのに精一杯で、じっと見つめていた。


そして、まるで我が子を見るように少しだけ目を細めて続けた。

「君、死ぬつもりだろう。」


夢の中の成美は言った。

「もちろんであります!この戦争で皇国が敗れたのは作戦を立案した私にあり、また、これまで何万もの将兵が死んだのみならず、各地への空襲により、民間人にも被害が及びました。この責任は取らなくてはいけません。」


そう言い切ると、悔しさか涙が出てきた。しかし、ぬぐうのは恥ずかしいという感じがして、ただただ流れるままにした。次いで鼻水も出てきて、感情が高ぶり、ついにはまるでちびっこのようにしゃっくりあげてしまった。


その人物は、成美の言葉に反応し、細めた目を崩して、眼光の厳しい目に変わった。


「それはならん!責任は儂一人でよい!」


成美は思わず、

「どうしてですか、阿南閣下が腹を切られるなら、ご一緒させてください!」


といい、机に両手を付き、その人物・・・阿南にぐっと顔を近づけて哀願した。


「それはだめだ。君はまだ30代だろう。この先もお国のために尽くすことができる。それに、何よりも、君の優秀な頭脳こそこれからの日本に必要だ。今回の戦争で若い人も大勢死なせてしまった。これ以上余計に死なせたくはないのだよ。古来より、責任を取るのは大将一人だけと決まっているんだ。江戸時代の初期、主君が死んだ際、それに準じて家臣が次々に殉死したので、後に幕府が追い腹を禁じたのは知っているだろう。それは、有望な人が次々と腹を切られると、組織にとって困るからだ。」


「しかし・・・!」

成美はその阿南の言葉に詰まる。

「では、私はどう責任を取ればよいというのですか・・・!」


成美の言葉に、阿南は椅子に深く腰掛け直し、背もたれに背を付けた。そして、目線は天井のほうに向けて話し出した。


「君は、この戦争で様々な作戦に関わった。実行される現場も見た。そして、その結果も見た。今恐らく、中庭で重要書類が焼かれているだろう。本来、ああいう書類を焼くことは、歴史的にみれば非常に良くない。


なぜなら、未来にこの戦争のことを検証しようとした際、正しいことが出来なくなってしまうからだ。でも、その前に恐らく戦争犯罪人を裁く裁判が開かれるだろう。その際に我が国の立場を悪くしてしまう書類も山ほどあるから、そういった書類を戦勝国にいいように扱われるのは非常に良くない。だから、よくないことと思いつつもやむなく廃棄処分を許可してしまった。」


そう言い終えると、また成美のほうを向いて先ほどの温和な目に戻り、優しく語りかけるように言葉をつづけた。

「だが、書類もなくなり、更にそれを知る人もいなくなると、未来の日本にとって、この戦争のどこがダメだったのか再検証することが出来なくなってしまう。こんな失敗は未来永劫してはいけない。だから、書類はなくなっても、君自身が歴史的史料として生き残ることで、それを伝えていってほしい。」


成美はなんて言葉を発したらよいか、わからず、阿南の言葉が終わると、目線を下に落とした。


阿南はそんな様子の成美に対して、穏やかに更に言葉をつづけた。


「これから恐らく軍は解体され、軍人に対する世間の目は厳しくなるだろう。でも、どうか堪えて、生き続けてほしい。そして、未来の日本人のため、いつか君の経験と能力が役に立つ時が来る。それが君の責任であると儂は考える。そしてこれは私の遺言だと思ってほしい。それとも、命令にした方がよいかな?」


阿南はそういい終えると、穏やかながらも、最後のほうは困ったような表情で成美を見た。


成美は阿南の言葉に自分の戦争責任とこれからのことを考えると鬱々とした気持ちになった。しかしながら、遺言と言われてしまうと何も言い返せない。閣下はこれから自決されようとしている。死のうとしている人の頼みなど断れるはずもない、閣下はずるい。

だが、誰かがやらなくてはいけない。それは私をおいてほかにない。そう閣下は仰るなら、この先一生をかけて、償っていかなくてはいけない。


そう心の中で決意すると、うつむいた顔を上げ、背筋を伸ばし、敬礼の所作を取り、


「承知いたしました。他ならぬ閣下のご命令とあらば、この菅野、お国のために引き続き責任を果たしてまいります!」


と宣言した。阿南はその言葉に対して、満足げにうなずいた後、席を立って答礼をした。

そして一言、

「どうかこの国をよろしく。」

と、穏やかな顔の中に、少しだけ笑みを浮かべて、力強く声をかけた。

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大本営参謀の女子高生生活 @fusakichi

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