第15話 「異能、あるいは千里眼?」

「父上、一応聞いておきますが……旅の支援などは?」

「先程、金貨と銀貨を渡したではありませんか。貴方達も成人したのですから、二人旅くらい容易でしょう?」

「そうそう。散財しなければ別に大丈夫だと思うよ」

「……仕方ない。これ以上話す事もありませんし……行ってきます、父上」


 今日この日、俺は九年も慣れ親しんだ屋敷から旅立つ。

 思い返せば実に長く、早く、濃密な日々だった。

 が、今は思い出に浸っている場合でないのは分かりきっている。


 俺達の持ち物は、二人分合わせても当然鞄二つに収まる分の量しかない。

 そんな限られた持ち物の内、半分は魔導書なのは言うまでもない。

 それがまごう事なき愚行なのは、語るまでもない。


「で、ノベル。これからどう動くつもり?」

「取り敢えず、港に向かいます。学院へは陸路でも一応辿り着けますが、海路を利用出来るならそちらの方が早い」

「了解、方針は分かった。でも、流石に船無しで海は無理だと思うよ」

「流石の俺もそこまで馬鹿げた計画は立てませんよ。幸か不幸か最近は治安が悪いですから、安くで雇える用心棒が欲しい貧乏商人は溢れています。この計画が失敗したら、馬車で街から街へ移動しては日雇いの仕事を繰り返す生活が始まりますが」

「……それはそれで楽しそう」


 まあ否定はしないが、楽をする為なら手を抜かないのが俺の信条。

 船旅への憧れもあるので、どうにか乗せてくれる船を探したい所だ。

 今世の体が船酔いに耐性を持っているのかは、賭けになるが。 


 * * *


 二人で歩くこと約一時間。

 街の大通りへ差し掛かった辺りで、師匠の所へ顔を出すか一瞬悩んだが……結局面倒なのと、師匠ならほっといても問題ないだろうという結論に落ち着いた。

 

 街は平和以外の何物でもなく、最近海賊やクラーケンが増えていると言うのがただのデマにも思えてくる。

 それなのに、正体不明の不吉な予感と何かがな感覚は、港に近づくにつれて増すばかりだ。

 この感覚は、目を強化する類の魔術を使用している時と似ている気もするが––––––––そのような魔術を使った覚えはないので、ただただ不快なばかりだ。


 一つだけ確かなのは、この感覚が俺の眼に由来する物だという事。


「……むしろ、強化魔術の要領で魔力を送れば、逆に上手くいきませんかね」

「急にどうしたの。何かあった?」

「いえ、そういう訳ではないのですが……俺の目に何やら力があるのは、レクシーも師匠から聞いているでしょう?」

「あー、あれ。師匠が珍しく言及を避けてるのを見るに、結構厄ネタっぽいけどね」

「怖い事言わないで下さいよ、原理が不明なのは確かに怖いですけど。師匠が言うには似た力を持つ人もいるみたいですが、会った事はないので良く分かりませんし」


 だが、あの師匠が”危険だから”程度の理由で止まるとも思えない。

 俺に何も言ってこないのは、これも一種の宿題だからなのだろう。


 そして、今ならこの眼の核心に触れられる気がする。

 見えている範囲に限り、ありとあらゆる魔術の準備を省略できる異能。

 それは恐らく、ただの結果に過ぎない。

 本当の機能はもっと別で、それにより得られる恩恵がソレだっただけ。

 そうでなければ、説明が付かない。


(体内の魔力を眼に集めろ。冷静に、慎重に––––––––)


 魔力を体の一箇所に集中させ、限られた区間で回す。

 極めて基本の、魔術を使わない身体強化。

 目という小さな部位に限定して行った以上、確かに効果は絶大だ。

 だが、精々動体視力がとんでもなく上がる程度に収まる物で––––––––


 決して距離や物体を超越出来る訳ではない、その筈だった。


(ああ、駄目な奴だ、これ)

 

 見える。

 複数の壁、複数の家の先にある筈の港が。

 港に泊まる船が。

 船から降りてくる海賊が、海賊から逃げ惑う人々が、まるで神にでもなったかの様に見えてしまう。

 鮮明に、明瞭に。

 

 ––––––––これは、人の手には余るものだ。

 人の体で動かすには、この眼は負荷が強すぎる。


(このままでは死ぬ、それだけは分かる!急いで瞼を閉じろ、魔力を目から遠ざけろ!ああクソ、今までのはおまけ程度の力でしか無かったのかよ!)


 多分、一瞬の出来事だったのだろう。

 魔力を集め、そして急いで回路を切るまで十秒も経っていない。

 だと言うのに、顔が歪む程の頭痛と吐き気、めまいが俺を襲う。


「ノベル、大丈夫!?急にふらついたりして……え、何その表情、大丈夫?立てなさそうなら肩貸すから、掴まって。やばそうなら屋敷まで背負ってくけど、どう?」

「……すまん、助かる」

「……本当に弱ってるね。なんでそんな事になったのか、分かる?」

「ああ。原因ははっきりしてるが、今それはいい。それより、港まで走るぞ」

「その状態で走るとか、正気?君が死にたいのは勝手だけど、私は止めるよ」

「頼む、急いでくれ。

「––––––––分かった。でも、運び方への苦情は受け付けないから」


 * * * 


 後にも先にも、小脇に抱えられた状態で運ばれるのは今回だけだと信じたい。

 ……抱えられた状態で風を感じるの、とんでもなく怖いんだな。

 港に着く頃に頭痛が多少マシになっていたのは、実に嬉しい誤算だ。

 

 港から離れようと動く人波を掻き分け、港へ走る。


「……本当に居ましたね。レクシー、貴方も構えて」

「はいはい了解。相手、見えてる三人以外にも居るよね?」

「まあ、居るでしょうね。出来れば殺さず無力化したいですが、行けそうですか?」

「多分ね。ノベルこそ、街ごと爆破したりしないでね」

「それはこっちの台詞ですよ。そもそも、今の俺にそんな体力はありません」


 懐から短い杖を取り出し、構える。

 略奪を目論む海の無法者なら、久方振りの実戦殺し合いの相手にとって不足なし。


 ––––––––戦いの火蓋が今、切られた。

 


 


 

 




  

 

  


 

 

 

 


 

 

 

 

  

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