第6話 五国柱

 その後、帝都ではフロバンス地方の飢饉対策本部が速やかに設置され、その本部の長としてフランツ・ヴァル・ローレンスが任命されたのだ。彼の指揮の下、不作がましであったキルロス州やカーネリア州などの帝国南部での食料の買い付けと輸送が行われ、食糧不足による困窮で飢えていた人々はやっと一息つくことができたのである。


 しかし、全て皇金で賄うには限界がある。そこで、同時並行して皇室所有の美術品・骨董品を競売により資金を調達する。

 フランツからその件を引き受けていた商人を通じて、皇室が所蔵する古今東西の名品の数々が出品され、帝国の国の歴史上、類を見ない大規模な競売が開催されたのだった。


 競売は連日行われ、貪欲な競争心は競売を白熱させ、芸術品の価値をさらに釣り上げた。この競売で得た資金は食糧の買い付けや輸送に当てられる。

 また、飢饉により穀物の種なども食べ尽くされていたので、ルシエルらは無償で種を配布する。そうしなければ、来年民は蒔く種がなく、まったく収穫が見込めない。つまり、朝廷が年貢を取り立てられなくなってしまうからだ。


 こうしたルシエルの善政の効果はすぐに現れ、フロバンス地方を中心として食料不足による餓死者はほとんどいなくなった。そして、やっと復興の兆しが見え始めたのである。

 その立役者となったルシエルの評判は高く、その名声は日増しに高まっていった。しかし、これに不満を抱く者もいたのである。


 宰相府の最奥。

 この不可侵の部屋に入ることを許されている者は少ない。

 まずはディオザニアの最高権力者、ユリウス・ボエモンド宰相。

 続いて朝廷を牛耳るボエモンド一派の四人の官吏たち。


 軍事機関の最高責任者であり、ディオザニアの全官軍を指揮下に置く大元帥、ギュスターヴ・ドラクロア。

 恰幅の良い大柄な身体で、今年で四十路を迎える中年の容姿を持つ精悍な男。

 ワインの製造を生業としており、その商売のやり方は非情で、他人を騙して出し抜く事ばかり考えている人物である。


 民事全般を司り、大臣の首座とされる内務大臣、フェリックス・ヴァレンタイン。

 丸眼鏡をかけ、枯れ枝のごとき痩せこけた姿。陰湿な策謀を巡らせる狡猾な性格で知られ、裏社会の悪党とも取引や交友関係があるとされている。


 軍務を司り、朝廷に戦績を報告し賞罰を行う軍部大臣、ヘクター・モーデル。

 体格はどちらかといえば痩せ型の小柄で温和な中年男性である。有名な宝石商を父親に持つ人物で、宝石や装飾品、骨董品の類に目がなく、特に美術品の目利きは正確無比と評される。


 そして、最後の一人……、首都・アルカディアを有するセンヨウ州の長官であるセンヨウ総督、カール・ド・ビルデール。

 貿易で莫大な財を築いた男であり、五国柱の中でもその財力は群を抜いている。 人々は彼を守銭奴・ビルデールと呼び、その異名のとおりに、金の為なら何でもする卑劣漢として知られている。


 彼らは互いに牽制しあいながらルシエルの足を引っ張り続けてきたが、ここに来て民心が彼に集まることに危機感を抱いていた。


「あの若造のルシエルめ。実に腹立たしい」


 カールは焼き菓子を嚙み砕きながら、憎々し気に呟いた。額にしわを寄せて難しい表情を作ると、自分の失態を悔いるように言葉を紡ぐ。


「やはり、黙認せずに食料配布などさせるべきでなかったのではないか?」


「内朝の財産について口出すれば、干犯問題に発展し天子に忠実な者たちの怒りを買う。今彼らと正面切って敵対するのは危険だという意見で決着しただろう。そなたは反対だったようが、今更蒸し返しても仕方ない」


 フェリックスは指に嵌めた指輪を弄りなが、面倒くさそうに応じる。


「問題は天子だけではありますまい。あのフランツ・ローレンスは肝を潰してルシエルと距離を取っていたはずなのに、今では師気取りだ」


「あの老いぼれの出方次第では、名士の多くが敵に回る。実に厄介だ」


 彼らの言葉を遮るようにユリウスはなにかを吹っ切るように、はあっと短い吐息をつく。それに対して、四人が一斉に彼の方を見つめた。

 

「儂を殺したいと憎む者は少なくない。今までは陛下をこの手に掴んでいたため、安泰だった。しかし、陛下が態度変えたとなると、そいつらは一斉に牙を向く。その時は、我々の一族、いや三族を道ずれに、全員あの世行きだ」


 ユリウスの言葉に、彼ら四人は重々しく頷く。そして、しばしの沈黙が室内に訪れた。すると、カールが静かに口を開く。


「向こうがその気なら、こっちもそのつもりで動かないといけませんな。殺してやり

ましょう」


 彼の言葉に、残りの三人は目を剝いた。そして、彼の真意を計るように目を細める。ディオザニアにおいて、皇帝の殺害は最大の禁忌だ。もし行えば、多くの民衆、名士を敵に回すこととなり、今の地位にい続けることは難しい。仮に生き延びたとしても心は休まらず、死んでも墓は無い。


「若造とはいえ、相手は皇帝です。殺めるには大きなリスクを伴います。死にたいのか」


 ヘクターは眉を顰めてそう言うが、カールはまるで気にした様子もなく涼しげな顔をしている。


「ほほう? しかし、その大なり小なりのリスクを取らねば、どの道我々は殺されてしまうことになりますぞ?」と、ギュスターヴが言う。


 ユリウスもすぐには言葉を発さず、無言のまま腕を組んで考え込む様子を見せた。そして、思考の結果がまとまり口を開く。


「朝廷の内外には天子に忠実な者も少なくない。もし我々が陛下を殺めたなら、すぐに大軍が帝都に押し寄せることだろう。だからこの件は厄介なのだ」


 ユリウスがそう言うと、他の三人は同じように頷く。だが、フェリックスだけは僅かに口角を上げた。


「ではボエモンド宰相、策を講じてはいかがでしょうか。誰が我々に忠実で、誰が皇帝に心が寄っているのかを見極めるのです」


 フェリックスの提言に、ユリウスは目を見開き頷く。そして、腕を組んで考え込んだ。しばらく無言の時が流れると、彼は四人を見渡してから言う。


「ならばこうしよう。3日後、ヴィクトル湖で釣りを行う。陛下を誘い、それと朝廷内外の高級官吏も同行させる」

 

  彼は、何かを思いついたように笑みを浮かべるとそう提案した。彼の提案に他の四人はまた顔を見合わせる。

 そして、フェリックス代表してが発言した。


「我々は宰相に従います」


彼がそう宣言すると、他の三人も順にそう宣言した。

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ディオザニア帝国物語 柿うさ @kakiusa

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