第20話 亡母の遺した物

 青野あおいは、久しぶりに母の墓の前にいた。何の縁もないはずの土地に立つ小さな寺に、母が自分で購入した墓。母は、そこに眠っている。


 義兄になるはずの赤野周作の行方はまだわからない。

 あおいは、優作と話して、あおいと優作の結婚は、この義兄の周作が見つかってからにしたいと申し出た。

 せっかく家族になれる人が、一人欠けて不安定な時に結婚なんて考えられない。

 生きている周作にも祝福してもらいたい。

 そう思ったからだ。


 仙石とかつて繋がっていた母の遺品を調べれば、何かヒントになる物があるかもしれないと思い、古いアルバムや細々とした遺品を探ってみたが、これといって気になる物は無かった。

 

 当たり前だ。何か仙石を陥れるような物を残して仙石に見つかれば、どんな目に合うかわからない。そんな誰にもわかるような物に仙石の痕跡などあるはずもないのだ。

 聡明だった母が、そんなあおいを危険に晒すようなヘマをするとは思えない。


 残念ながら、まだアプリの投稿欄にも目ぼしい目撃情報はない。


 マフィアの経営するカジノでこの人見た。芸能人に似ている。お嫁さんにください。えっと、俺のオカンに似てるかな? そんな意味の分からない情報だらけで、結局周作の居所を調べ上げることには繋がっていない。


 いいアイデアだと思ったんだけれど。無駄だったかも。


 八方塞がりとなったあおいは、遺品を見ていたこともあってか、ふと母に会いたくなって、久しぶりの墓参りに訪れたのだ。


 あおいは、母の墓を掃除しながらため息をつく。


「お母さん…どうしたらいい? どうしたら周作さんを救えるの?」


 当然のことながら、墓に問いかけても答えはない。

 仙石の元で暮らしていたことのある母。もし母が生きていれば、何かヒントとなることを教えてくれたかもしれないが、亡くなってしまった今では、何も答えはくれない。


 思い出せば、母は本当に強い人だった。

 右手がないことで、就職先は限られて日々の生活も苦労は多かったはずなのに、笑顔を絶やさなかった。

 貧しく明日食べる物も苦労する生活だったし、高校にもいけなかったけれども、母との生活は確かに楽しかった。


 何も無い中で色々工夫して、失敗して笑いあって、また工夫して。


「無ければ、ある物で工夫すれば良いのよ」


 そう言ってほがらかに笑う母は、あおいの誇りだったし、今も尊敬している。

 いつでも母は、あおいを愛してくれた。


「お母さん」


 あおいは冷たく硬い墓石を撫でる。

 当然返事はないが、あおいの心は少し休まる。


 墓に買ったばかりの花を飾って、手を合わせて参れば、なんとなく気も晴れて帰る気になる。


 立ち上がってふと気づく。 

 母は墓をどうして購入したのだろう?

 

「お墓ってすごく高いんだよね?」


 明日の食事にも困る生活だったのに、どうしてお墓なんてあったのだろう。

 母の遺言でこの墓に入れることになったのだけれど、なぜ?


 世間知らずな学生だった時には何の疑問も持たなかったが、社会人になって初めてその矛盾に気づく。


 考えれば考えるほど奇妙だと思えてくる。

 なぜ? なぜお墓なんか持ってたの?


「無ければ、ある物で工夫すれば良いのよ」


 母の口癖が頭をよぎる。

 お母さんは、何が無いから、工夫して小さなお墓を手に入れたの?


 とても小さな墓。一番隅の目立たない場所。他の立派なお墓よりは安かったのかもしれない。でも、それでも貧しい生活の中でどうして墓なんか持たなきゃならなかったのか? そんなに信心深い人ではなかったのに。どうして?


 あ……。


 昔、母の骨壷を墓に収めた時に、奥にもう一つ小さな骨壷があった。

 

 私、馬鹿だ。

 だって、誰の骨壷だっていうのよ。仙石から隠れて生活をし、身寄りなんてなかったのに。


 気になってあおいが墓を開けて奥を探れば、母の骨壷の他に、あの時と同じ誰かの物か分からない骨壷が安置されている。


 あおいは、恐る恐るその骨壷を開けてみる。ひょっとしたら勘違いで、あおいが知らないだけで母の親族の誰かの骨が入っている可能性もある。

 子どものあおいには知られたくない秘密の恋人の骨とか、そういう物かもしれない。


 小さな白い陶器の器。

 あれこれを憶測を巡らせなが開いた器の中には、骨は入っていなかった。


 中に入っていたのは、USBメモリが一つ。


 あおいは、自然と溢れる涙を止められなかった。

 中はきっと仙石の情報。

 こんな厳重に仙石から隠した物がそれ以外の物な訳がない。


 母の執念を感じる。

 いつか、大きくなったあおいだけが見つけられる場所にこれを隠した。

 

 将来、仙石があおいの大切な物を奪った時に戦う術を残しておいてくれた。


 お母さん! 私、戦うから!


 あおいは、USBを抱きしめた。

 

 

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