自覚が無いって罪だよな
「梅吉。あの日の言葉、忘れたなんて言わせねえから」
この台詞だけなら王道ラブコメが始まりそうなシチュエーションだが。残念ながら現場はムードも何も無い騒がしい休み時間の教室だし、発言者は青仁であった為特に王道ラブコメは始まらなかった。青仁に胡乱な目を向けながら、梅吉は問いかける。
「いや何の話?」
「俺のおっぱいを揉ませる代わりにお前のおっぱいを」
「はーい青仁お口を閉じようなああああ!!!!!」
どう考えても教室で話すべきでは無い話題を軽率に口走り始めた美少女の口に、梅吉が間食として食べていたグミを放り込む。その時点でほんの僅かに残っていた王道ラブコメ開始の可能性は消し飛んだ。
「もごふぁ?」
「不思議そうにしてんじゃねーよ公共の場で不適切ワード口走りやがって」
「もごっ、いや下ネタワードの延長線じゃ」
「想像してみろ、高校生リア充クソカップルが教室で放課後どっちかの家に行ってヤる時の話をしてたらどう思う?」
「そいつの家に爆弾を投げ込む」
「それと同じだ」
「確かにそれはだめだな」
そうここは非リアの巣窟、一挙一足が己の命に関わるのである。なお男女比的には男の方が少ないくせにどうして非リアがここまで多いのか?という残酷な質問はしてはならない。
「つーかお前、その話本気にしてたのかよ」
「当たり前だろ?!梅吉だってやりたいくせに何しらばっくれてんだよ!」
「さすがに自分のものを差し出すのかと思うとこう、うん」
「そんなもん欲望の前には関係なくないか……?」
「澄み切った眼で不純なこと言うな」
(元)男子高校生の瞳が澄む時なんてエロと内申絡みしかなくないか?と冷静な梅吉は気がつけたが、都合が悪かった為見なかったことにした。
「でそれでやってくれるのか?」
「いやあ……なんつーか、な?」
「は?やれよ。俺も差し出すから」
「本当マジで潔いなお前」
半ギレで乳と乳の等価交換を行おうとするお姉さん系美少女、今世紀最大の残念具合である。己も大概であることは理解しているが、それにしたって青仁よりは自分は残念ではないだろう。
「青仁、よくよく考えて欲しい。恋人という物には段階が存在するだろ」
「そ、そうだな!……そうなのか?」
「そうなんだよまた一つ賢くなったな童貞。つまり初手で互いの……を揉み合うんじゃなくて、もっとこう、なんかあるだろ」
「は?俺は童貞じゃねーし童貞なのは梅吉だろ。それでその前段階ってなんだ?」
「前段階をオレに聞いてくる辺りが彼女いない歴=年齢なんだよ!」
まあ厳密には彼女いない歴=年齢ではなくなっているのだが。その辺りを突き詰めると脳が爆発する為そういうことにしておく。おそらく青仁もそれを理解しているのだろう、特にツッコミはなかった。
「じゃあお前が言えよその前段階とやらをなあ!」
「……」
「ほら見ろお前だって知らないんじゃねーか!」
「うるせー知ってるっての……ほら、あ、あれだ」
「『あれ』だけじゃなんも伝わらねえんだけどー!」
鬼の首を取ったようにはやしたてる青仁に苛立ちを募らせるも、梅吉は素直に『あれ』を言うことは出来なかった。なにせつい先程まで互いの乳をもみ合うとか言ってた奴らがシラフで言えないような、ピュアっピュアな発想だったのだから。しかしこの察しの悪い青仁は放っておけば無限に煽り続けるだろう、それはそれでウザい。故に梅吉は諦めて『あれ』を口にした。
「……ぐ、だよ」
「なーに言ってるか聞こえないなー?!もぉーっと大きな声で」
「手を!!!!繋ぐとか!!!!!」
あまりにも青仁の煽りがウザすぎて、ついつい大声が出てしまう。あ、と気がついた頃には時すでに遅し、それなりにガヤガヤと騒いでいた休み時間の教室が、水を打ったように静まり返り、衆目が二人に集まる。いたたまれなくなった梅吉は、反射的に手元にあった教科書を開き頭に被った。そのまま勢いよく机につっ伏す。赤く染った頬には机の冷たさが心地良かった。
「テ、テヲツナグ……?そっか手を繋ぐのかふーん、そ、そっかーそっかー」
……まあ、少しだけ視線を前にあげた時。露骨に動揺して視線をさ迷わせる、梅吉同様頬を真っ赤に染めた青仁が見れたことだけは良かったかもしれない。
「そ、そうだよお前だって知ってるだろ?リア充共が手ぇ繋いで街中でイチャコラしてるのを!」
「だ、だな?!……えっそれを俺らでやるの?マジで言ってる?」
「青仁よ、よくよく考えて見てほしい。さっきのお前の発言のが危険だから」
「だって……目の前に揉んでも訴えられなさそうなおっぱいがあったら……なあ?」
「なあ、じゃねえんだよなあ、じゃ。言いたいことはわかるけど」
「わかるんじゃん、なら」
「段階を!!!踏め!!!踏んだらやっていいから!!!!!」
「おっしゃやるぞ今すぐにでもな!!!!!!!!」
勢いでなんかマズいことを言ってしまった気がするが、きっと気のせいだろう。多分、おそらく、きっと。青仁がノリノリで手を繋ぐことを了承しているのも多分気のせいである。梅吉は疲れているのだろう。
「おいそこの赤山と空島~授業だぞ」
「うっす」
「やっべ」
しかし己の失言について弁解する間もなく、休み時間の終わりを告げる教師の気の抜けた声がかかる。とはいえ双方共に放課後の行動パターンは大体同じなわけで。
六時間目の授業が終了した直後に、奴は行動に移してきたのであった。
「……」
「……なんだよ」
帰り支度をしていた梅吉の下に、青仁が無言で手を差し出してきた。奴のやりそうなことはそれなりに付き合いの長い梅吉には大方予測がついていたが、それでも一応問いかける。
「手を繋ぐ。そして一瞬で離すことにより俺たちが手を繋いだという事実が成立する。そうすることにより前段階は達成されつまりは俺は梅吉のおっぱいを揉むことが可能になる」
「頭良さそうに頭の悪いことを話すな。つかそんなにか?そんなにオレのを揉みたいのか?」
最早青仁を咎める気力すら湧かず、呆れ気味で問いかける。しかしそんな梅吉を青仁は信じられないものを見るかのような目を向けてきた。
「当たり前だが……?お前もしや揉んでもいい乳を前に理性を保てるとか枯れてんのか?この歳で?」
「いやだから揉みたくない訳じゃなくてだな」
反射的に青仁の素晴らしいバストへと視線が向かう。それはもう、たっぷりと実ったそれに触れたくないと言えば嘘になる。だが、しかし。
「でもオレ、お前の乳に手を出したら自分の揉まれるんだろ?さっきも言ったけどなんか嫌なんだよ」
「どこが嫌なんだよ」
「お前も真剣に考えてみろって、オレに乳を揉まれるんだぜ?」
「……」
しばらく熟考する青仁。その隙にスクールバッグに荷物を突っ込み、トンズラする用意を整えていたのだが。準備が終わる前に青仁が答えを出してしまった。
「いやまあ、梅吉だし。それ以上やったらやり返されるってわかってるからそこまで酷いことにはならないだろうし。正当な対価として割り切れるしなあって、どうしたの梅吉」
「……」
梅吉の手から、今まさにしまおうとしていたペンケースがすっぽ抜ける。頭を抱えたくなる衝動を堪えながら、梅吉は口を開いた。
「男にとって都合の良い女ってのは、中の人が男だから都合が良くなるんだな」
「???」
世界の真理に辿り着いてしまったかもしれない。全く、何故こう人はわかるかな~?と呑気に問われた方程式の解き方は答えられないのに、この手のことには気がついてしまうのか。絶対に能力の割り振りが間違っている。
勿論なんの自覚もないらしい梅吉に世界の真理を与えた張本人は、今日も元気にアホヅラを晒していた。
「よくわかんねーけど、それで手は繋ぐのか?」
その上こてん、と可愛らしく首を傾げてみせるのだから。全く馬鹿らしい。
だからこそ梅吉は、スクールバッグを手に立ち上がった。そして青仁の白く華奢な手を取る。
「一緒に帰ろーよ、青伊ちゃん」
できる限り奴の好みの女の子らしく笑って、振り向く。それこそまるで、本物の女の子──ではなく、男が望んだ都合の良い女の子みたいに。
「う、梅吉……?」
戸惑いに声を上げながらも、感情には逆らえず若干口元がだらしなくゆるんでいる。そしてそのまま大人しく手を引かれる彼女の素直さがいっそ愛おしい。他人をからかう優越感と仄暗い喜びを無自覚にないまぜにしながら、梅吉は口を開いた。
「どうしたの?青伊ちゃん」
「……っ?!そっちこそ急にどうしたんだよ?!俺なんかしたか?!」
「うーん、どうだろうねー」
わざとらしく勿体ぶる。青仁がなんかした、というのは原因の四割ほどに過ぎず、実際のところは単なる梅吉の気まぐれと、青仁をおちょくるのが楽しいから、程度の理由である。故に面白そうだから、と適当に青仁の勘違いを利用させてもらう。
「ど、どうだろうねって」
「わたしに聞いてばっかじゃなくて、青伊ちゃんもちょっとは自分で考えてみなよー」
「いやそんな事言われても。マジで梅吉お前どうしちゃったんだよ、もしかして疲れてんのか?」
「へぇ」
正直に言おう。最近の青仁のポンコツ具合もあり、青仁の動揺っぷりがツボにハマりすぎて、完全にふざけていた。だからこれは純粋なネタだったのである。深いことは特に何も考えていなかった。
「わたしの名前全然呼んでくれないけど、もしかして青伊ちゃんってオレの方が好きなのか?」
故にこの言葉にも深い意味は全く、単なる脳直発言だったのだ。
つまり梅吉はこの言葉が現在の青仁にクリティカルヒットすることも、かわいらしい少女の権化のような美少女が一転して少年のような粗暴な振る舞いとニタリとした笑顔を浮かべるという中々に破壊力が高いものであることも、何もかも気が付いていなかったのだ。
「い、いやそ、あびゃびゃびゃびゃびゃ」
無自覚の振る舞いほど恐ろしいものは無い。青仁は物の見事に思考回路をショートさせ、先程の休み時間の一件なんか目ではないほど混乱した可愛らしい様子を見せてくれた。
「……あれ死んだ?もしかしなくても死んだか?やっべどうしよ」
とはいえそれが長く続いてしまえばありがたみが薄れる訳で。いつまで経っても羞恥の為に言葉を発せない状態から復活しない青仁を見下ろしつつ、梅吉は言う。
流石にこの状態のまま蘇生せずにこの廊下に放置しておくのもなあ、と思った梅吉は先程までとは全く別の意味で青仁の手を引いた。
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