特に何も楽しくない祭り
別に近所に住んでいるからといって、毎朝一緒に学校に行く約束をしていたりはしない。とはいえ行き先も遅刻ラインも同じなので、道中で出会うこともそれなりにあるのだが。本日は特に青仁含め知り合いに会うことなく、梅吉は学校に辿り着いていた。
そこそこ良い時間だったため既に青仁は学校にいるのだろうなと思っていたのだが、教室に奴の姿は見受けられなかった。あいつついに高二初の遅刻をカマしたか、何分遅れだと思う?と緑と賭けをしていたものの、残念ながらデッドラインチャイムに青仁は滑り込みセーフで間に合う、という結果となり二人揃って悔しがるなどしていたのだが。
「青仁ギリだったなー。寝坊でもし……あっ」
「……寝坊は、してない」
朝のHRを終え、青仁に声をかけようとした梅吉の言葉が途中で詰まる。何せ青仁が瀕死と言っても過言ではない状態で、机に突っ伏していたのだから。そんな状態でも一応こちらを見ようとしたのか、ぐるりと顔だけ梅吉の方に向く。そうして判明した生きているのか怪しいレベルの顔の青白さに、梅吉は己の予測に確信を得た。
「ブラッディーカーニバルか」
「なんもお祭り要素無えから」
いつになく覇気のない、冷たい声が青仁の口からこぼれる。男だった時はなんか機嫌悪そうだし近づかんとこ!ぐらいで済んだそれに美少女という外見補正が関わってしまった結果、とんでもない圧を生み出していた。
「だってちょっとでも愉快そうな隠語を使った方が気分が晴れるかなって……」
「晴れねえ。無理。クソみたいに腹と腰が痛い」
「とりあえず人格が変わるぐらいには苦痛ってことは伝わった」
美人が延々と暴言を吐き続けるという状況に若干本能的な恐怖は感じるものの、結局は青仁なのである。なのでそれを理解している梅吉は他のクラスメイトとは違い恐れることなく、いつもどおりに接していた。どうせ原因ははっきりしているのだし。
ブラッディーカーニバルとか月のものとか女の子の日とか、とにかく色々と隠語が存在している女の子が毎月苦しんでるアレ、そう生理とか月経とか言われているやつである。
「お前がそんな辛くなさそうだったから、正直油断してた。なんだよこれ、俺は今後月一で再起不能になるのかよおかしいだろ人体」
「まあオレはちょっとやる気でないぐらいで特に変わんなかったしな。あれじゃねえの魔法の言葉、個人差ってやつ」
実は先日、梅吉の方が先に生理が訪れていた。朝起きたら下着が湿っており「オレまさかこの歳で漏らしたのか?!いやそれはないそんなことは絶対に起こしてはならない」と半泣きでトイレに駆け込んで「血尿?!?!?!いや血便?!?!」と絶叫して午後から学校だったらしい姉に半殺しにされるという悲しい事件が発生しているのだ。もう二度とそんな悲劇は起こしてはならない、と青仁相手に熱く語った後の現在である。
「個人差で片付けていいレベルじゃないだろ。どこに物申せばこの痛みは無くなるんだよ」
「神とか?」
「神殺し、成し遂げちまうか」
「斬新な神殺しの動機だなあ」
「でもこの痛みの中神なんか殺してられねえわ。大人しく布団に帰りたい。ちゃんと登校しただけ褒めてほしいレベル」
「そんなにか。頑張ったなー青仁」
「俺、めちゃくちゃがんばった」
梅吉の雑なねぎらいに文句を言う余裕すら無いとは、余程辛いらしい。据わった目つきのまま、青仁は続ける。
「てかさ、昨日の晩俺がこんなに苦しんでるっていうのにオカンがおめでた感満載で赤飯作ってきやがって」
「あー……」
「痛みでのたうち回ってるところを祝福されたら誰だってキレるだろ。だから俺もブチ切れたんだけど」
「珍しいな、お前がキレるとか」
「そしたら俺の夕飯がなくなったから半泣きで謝罪会見開いたよね」
「お前弱くね?もうちょっと料理スキルを磨くとかしろよ」
「我が家の最大権力者はオカンなんだよ。父さんもオカンには逆らえないんだよ。料理スキルとかそれ以前の問題なんだよ」
「……最大権力者は、仕方ないな」
赤山家は現在両親が不在がちの為、梅吉が姉の靴を舐めるというパワーバランスで構成されており、正直家庭内最高権力者の母親という概念はあまりよくわからないが。まあ姉に年の功由来の追加ステータスが付加されると考えると、とりあえず逆らいたくないな、とは思う。
「だろ?辛いのはわかるけどそれでもこっちの祝いの気持ちを無下にするのは間違ってるって言われたんだけど、辛いもんは辛いからせめて終わってからにして欲しかった……」
「オレそもそも親出張かなんかでいなかったからなあ。せいぜい姉貴に「あんたも苦しめ」って言われたぐらいで。祝いとかは一切無かったな」
「それぐらいのが良い気がする。実際苦しんでるし」
「お前ほどじゃないけどな」
「……この痛みが個人差でしかないって、マジで事実なのか?マジで体質でしかないのか?なあ梅吉だって辛かっただろ?お前がなんかすっげー辛さへの耐性があったりしたんじゃないの?」
理想のお姉さん系美少女がけだる気な様子で語りかけ、すがる様は色々とこみ上げるものがあったが。残念ながら発言内容は完全に青仁でしかなく、青仁相手に梅吉は特段優しかったりはしないのである。
「さっき言っただろ、オレはちょっとやる気でないぐらいだったって。全部個人差だ」
「ふざけるなよ個人差がよ……もしかして、自分の意思に関係なく体からブツが出てくる感覚に怯えてるのも?あれも個人差なのか?」
「あっ多分それは標準搭載だぞ。漏らしたのか?!ってなるよな」
あれには梅吉も最初は悲鳴を上げトイレに駆け込んだ。そして真っ赤に染まったトイレを見て絶叫したものである。最終的にやはりびくりとはするものの、あーまたかー程度で流せるようにはなってしまったが。
「は?おかしいだろ女の子はみんな小便と大便の間の子みてえなのに怯えながら生きていかなきゃいけねえの?この世ってもしや俺が知らないうちにイカれたのか?」
「そもそもオレらが女の子になってる時点でこの世はイカれてるだろ、その認識は今更すぎる」
「……確かに」
「つーかトイレに行くだけでも怖くないか?下着が」
「スプラッタホラーもかくやなレベルだもんな」
自分が美少女化する前だったら、この手の会話を女の子がしていたら首をひねっていただろうし、何らかの間違いで内容を理解してしまったら卒倒していただろうが。残念ながら現実はこんなものである。中身が梅吉と青仁である故に残念具合が加速しているだけなのでは?という意見は見なかったことにする。
「なんか今度からスプラッタ映画見ても前より怖くない気がする。もうちょっとエグいの見るか」
「何故そこでもっとエグいのを見ようとするんだよ。今お前が見てるのも十分エグいだろが」
梅吉は何回か見栄を張ったり好奇心に負けたりしてついていった結果、痛い目を見ている故に、奴が好んで見るようなスプラッタやらパニックやらホラーやらは総じて刺激が強いことを知っている。一般的には現在青仁が好むものの時点で相当なものなのだ。
「いや本質はそのエグさ来るスリルなんだよ、それがなくちゃ見る意味無いだろ。でもなー、これ以上エグいのは多分年齢制限かかるから見れないんだよなー」
「あと一年なんだから我慢しろよ」
「あの手のものって高校卒業までだめじゃん」
「まあな。やっぱ高校卒業の壁ってでかいよな。レンタルビデオ屋とかの18禁コーナーもそうだし」
「いやエロは正直ネ」
「それは言わないお約束だ」
人間社会にはたとえ暗黙の了解だとしても口にしてはいけない事があるのだ。「あなたは18歳以上ですか?はい/いいえ」にどれだけの人間がまともに答えているのか、という話になってしまうので。
「つかむしろ今時レンタルビデオ屋の18禁コーナーに行く奴がどれだけいるのか」
「でも気にならねえ?何があるかとか」
「あー……ちょっとわかる」
「高校卒業したら二人で行くか?卒業証書片手に」
「絶対卒業式の直後に行くところじゃ無えだろ」
二人でニヤニヤと笑い合いながら、ろくでもない会話を交わす。実際こういうくだらない話をしている時が一番楽しいのだから仕方ない。
なおこのエロに頭をやられている思春期共は、片方が絶賛生理という女の子女の子している状況にありながら、自分たちの外見が完全に頭から抜け落ちているものとする。
「てかなんでオレらこんな会話してんだ?どこでブラッディーカーニバルが18禁コーナーの話にすり替わった?」
「梅吉、俺はどうせ18禁コーナーに行くならド○キのアダルトグ」
「青仁流石にそれ朝っぱらから教室で言っていいことじゃない」
「でも梅吉だって気になるだろ?」
「そりゃあ、って言わせんなよ!」
「別にいいと思うけどなー。あっやべ先生来やがった」
青仁がぼやいていると、一限開始のチャイムと共に教師が教室に入ってくる。その言葉に合わせ、梅吉は自分の席へと急いで戻った。
はてさていつもどおりのだるい座学だが、ちらちらと黒板から視線を逸らし梅吉は青仁の様子を伺っていた。やはり調子が良くないようだが、一応机にへばりついてはいる。辛そうだが一応まだ大丈夫だろうかと眺めていたものの、それも長くは続くなかった。二限、三限、四限、と運良く教室移動もなく座学が続き、考えられる限り最小の疲労で済んでいそうな状況でも、青仁は見るからに憔悴していったのだから。
「青仁、大丈夫か?」
「……」
「だめだこりゃ」
いつも通り購買で入手したパンがぎゅうぎゅうに詰まった袋を抱えながら青仁に問いかけるも、完全に無反応で机に倒れ伏していた。昼休みだと言うのに、弁当箱を取り出す素振りすら見せない。その上わずかに見える顔色も、今朝見た時よりずっと白いのだ。流石にこれはマズいかも知れない、そう感じた梅吉は授業中に考えていた最終手段を使った。
「……青仁、おっぱい揉むか?」
そう、男ならほぼ確実に一瞬で元気になる魔の兵器、巨乳を──!
「いらない」
「えっ」
しかし最終兵器は、青仁の生気の無いたった一言で蹴散らされる。
「お、お前本当に青仁か……?いや待てまさかおっぱいに反応できないほど追い詰められ」
「血祭り中だからか過去最高レベルの賢者モードなんだよ。それぐらいわかんだろ」
「えっいやむしろ血祭り中だからこそ股間が元気にならないか?」
「は?」
むしろ梅吉は体のだるさと相反するような性的欲求を少しでも発散させてあげようと、完全なる善意で問いかけたつもりだったのだが。どう言う訳だかこんな意味不明な所で意見の相違が発生してしまった。どう見てもボロボロの青仁すらも顔を持ち上げて、困惑の声を上げている。当然梅吉も困惑しながら言葉を続けた。
「少なくともオレは前そうなった時四六時中そんな感じで、結構辛いぐらいだったんだけど」
「いやなんでだよ、痛みでそれどころじゃなくてかつて無いほど萎えるだろ何言ってんの?」
「それはこっちのセリ、いや待て、まさか」
おもむろに梅吉はスマホを取り出し、検索エンジンにあけすけなワードを打ち込んでいく。ぐったりとした青仁に見守られる中、梅吉はぽつりと呟いた。
「『個人差があります』」
「……またかよ」
「個人差の一言で全てを片付けようとするな人体」
またもや個人差という謎概念に相互理解が阻まれるという結果となった。まさかこんなよくわからないところまで個人差があるとは全く想像もつかなかった。しかし、実際こうして体験するまで性欲の増減すらも関係しているとは思っていなかったのだから、わからなくても仕方ないはずだ。
「俺しばらく個人差って言葉マジで嫌いになりそう。普段だったら梅吉のおっぱい揉めるとか天国でしかないのに。なんで今の俺は動くの面倒くさいとしか思わないんだよ。働け俺の性欲」
「急に饒舌になるじゃん。大丈夫なのか?」
「なんか悔しくて。ってことで回復したら揉ませろ」
「嫌だよ。あくまで弱ってるお前向けだからな。もし揉みたいならお前のおっぱいも揉ませろ」
「……考えておく」
「マジかよ」
「言い出したのお前だからな、覚えてお……い゛っ。くっそ痛みの波ががががが」
「うわマジで辛そうだな。つか朝より悪化してないか?」
「してる。無理」
腹を抱えてうずくまる青仁の口から、完全に限界に達している言葉が漏れる。しかしここまで苦痛を訴えられても、結局梅吉は他人であるからして、ただ青仁が苦しむ姿を眺める事しかできないのだ。流石に案じる言葉をかけようとしたその時。
「いや、すまん。盗み聞きする気はマジでなかったんだけど、その、空島があんまりにもあんまりで……」
何故か申し訳なさそうな顔をした緑が、二人に声をかけてきたのだ。
「なんでそんな低姿勢なんだよ、緑のくせに」
「そりゃ低姿勢にもなるよ、流石の俺でもこれに口出しするのはキモいって思うからな。後他の奴らに睨まれそうだし」
「よくわかんないけどうだうだ言ってないで早く本題言えよ」
「まあそれもそうだな。おい、空島」
不本意です、というオーラを全力で醸し出しながら緑が青仁に近寄っていく。そして片手で握りこんでいたらしい金属製の小物入れのようなものをぱかりと開いた。そこから銀色の小さなシートを取り出し、ぱきりとミシン線で切り取る。
「何、緑」
「鎮痛薬。頭痛薬として使われる事が多いやつだけど、そういう月一の例のアレにも効くんだよ。どこまで効くかはわかんねえけど、飲まないよりはマシのはずだ」
「……なんでそんなもん持ってんだよ」
青仁に薬を差し出す緑を傍から見ながら梅吉が言う。すると緑は微妙な表情を浮かべたまま答えた。
「言ったろ、頭痛薬として使われてるって。俺元々体質的に気圧の変化に弱いんだよ。気圧が下がったりすると頭痛くなるから、それ用に常備してんの」
「なるほど?てかオレら、青仁が今それなんて言ったっけ」
「会話内容と空島の顔色で察しがつくだろ。あんたらわかりやすいし」
「……ありがとう、緑」
珍しく素直に礼を述べながら、青仁が薬をペットボトルの水で飲み込む。時々持ってきている変なジュースとかお茶じゃなくて良かったな、と他人事のように思いながら眺めていた梅吉は、残されたもう一つの疑問を緑に問いかける。
「ところで緑、なんでこんなこと知ってんの?」
「……」
「だよな。俺達も知らなかったのに」
「……」
無言で緑が逃走体勢に入る。
「おい逃さねえぞ緑ィ!」
「助けてやった恩とかでそこは見逃してくれよ頼むから!」
「見逃してくれって言うってことは自分がキモいって自覚あるんじゃん。やれ、梅吉」
「ほい来た」
「恩人に対する扱いがなってねえぞ空島!」
「だってお前がそういう事言う時マジでどうしようもないことしてる時が多いし」
「青仁が助かったのは良いことだけどそれとこれとは話が違うだろ。お前がロリコンであることが許されないように」
「法律ってクソだよなあ!」
「お前みたいな奴から健全な子供達を守るための素晴らしい制度だよ!」
そこから緑の華麗なる逃走劇が始まるほど、奴の身体スペックが高いわけもなく。割とすぐ捕まった緑だったが、実妹ガチ恋勢であることを特に隠していない男が「こればっかりは自分でもどうかと思う」と発言するような内容の話なぞ誰にとっても精神の健康を害するものでしか無い為、特に尋問は行われなかった。
「なんか今までの苦しみが嘘のようにただ倦怠感と微かな腹痛がするぐらいになった。これならまだギリ生きていられる」
「薬ってすげえな」
なお青仁がこの通り復活したため、多少の情状酌量も含まれている。
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