最終章 粟津 櫂人

「ただいまーー」

 凛ちゃんはドアを開けるなり大きな声で誰もいない部屋に挨拶をした。凛ちゃんは「ただいま」と「行ってきます」は幼いころから必ず言うようにしてるらしい。そういえば一人でも「いただきます」と手を合わせて食べているのを見たことがある。その時はさすがに小さい声で言ってるみたいだけど。

「ただいま」

 僕は続いて部屋に入る。

「そういえばこのノートパソコンって使ってるところ見たことないけど、仕事で使ってるん?」

 凛ちゃんは僕の部屋のノートパソコンを見ながら鞄を置く。

「そうやな。仕事とか……あんま使わんけど」

 僕はノートパソコンを開いて電源をつけた。

「大体はスマホ使うもんなぁ…これからは店の事で使えるんちゃう!」

「そうやな。店にもパソコンあるけど…俺が別で管理してもええな」

「なんかかっこええなぁ」

 凛ちゃんが後ろから僕に抱きつく。

「そういえば櫂人って自分で小説を書いたりせーへんの?」

 凛ちゃんはなんの脈絡もなく突然僕に問いかける。

「急になんで?」

「小さい頃から大人が読むような内容の小説も読んでたし、部屋にもいっぱいあるし……あの時あった河川敷でも読んでたやん? 書いたりしたいなーって思わんのかなって」

「うーん……ないなぁ。俺は読む専門やから」

「そうなん? 書いてみたらえーのに!」

「……凛がそこまでいうなら書いてみよかな」

「ええやん! どんな話にする?」

「そうやなぁ……」

 僕はノートパソコンを開いて凛ちゃんの体温を背中に感じながら、耐え切れずに笑みがこぼれてしまう。

「どうしたん? 何で笑ってるん?」

 凛ちゃんは僕が一つに束ねている髪をよけて顔を覗き込み、頬にキスをする。

「なんもない……いや、嘘や。幸せやなぁと思って笑ってもうた。ずっとそばにおってな」

「なんなんそれ! 当たり前やん! ……櫂人、自分の気持ちを言ってくれるようになったなぁ。前の櫂人も好きやけど、今の一人になった櫂人が一番ええな! 自然やし!」

「ほんま? 嬉しいわ」




 今、この瞬間彼の気配は全くなくなった。愛している人からの否定と取ったんだろうね。本当に君は昔から、僕がいないとダメだったね。よく頑張ったよ、お疲れ様。

 小説の始まりは、彼が書いていた僕の言葉を使ってあげよう。



 ーー欲しいものは、何だって手に入れてやるーー



 文章を打っては溢れそうな笑みと共に文章を消し、ノートパソコンをそっと閉じた。

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僕を探す君へ 粟津 櫂人 @awazu-kaito

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