第15話 マリは武道家である

 翌日。俺はいつも通りに店の手伝いをするために厨房に降りていくが、ある異変に気づく。

 それは朝から店の前から行列ができているのであったのだ。お客さんがこんなにくるのは想定外な事態だ。

 これも、昨日のビラ配りの影響なのか?

 俺が気になっていると、マリと瑞希はメイド服に着替えて厨房にやってきた。

 

「おはようございます。ハルキさん」

「おはよう。春樹」

「ああ。おはようマリ、瑞希」


 俺は渋った顔をしていると、マリが気になって俺の方に尋ねてくる。


「どうされました?」

「いや、店の前でお客さんが待機しているんだけど」

「え?」


 俺は目線を店の前に見つめると、数名の客が店の前に並んで立っていた。

 お子様連れが一組に、高齢者が二組。後カップルらしきも組が二組。合計五組ほど列に並んで待機していた。

 これは朝から忙しくなるな、と俺はため息を吐き出す。


「おじさんは?」

「サボっているよ。雉丸と猫じゃらしで遊んでいる」

「失礼だな。僕も仕事を立派にしているよ」

 父さんはそういうと、猫じゃらしで雉丸を釣り上げる。

 やっぱ、サボってんじゃねえか。

 父さんはサボりの常習犯だ。いつも、雉丸と遊んでいる。この客捌きには期待できないだろう。

 俺は大きくため息を吐き出すと、今日の予定を口にする。


「みんな、昨日のビラ配りの成果があったようだ。今日は忙しい日になると思うけどよろしくね。俺は厨房担当するから、問題があったら厨房に来てね」

「「はい!」」


 二人は波紋を起こすように返事をすると、俺はよし、やるか、と一人で気合を入れてから店の前に歩く。扉をくぐると、俺は看板を準備中から開店に変更し、お客さんを店の中に導く。


「どうぞ。いらっしゃいませ」

「おお! メイドがいる!」

「やっぱり、昨日ビラを配っているお姉ちゃんだ!」


 子供たちははしゃぐように語ると、店の中に入っていく。

 瑞希が順番に席を案内し出す。

 さて、俺は朝のメニューを準備しないといけない。

 ここの朝のメニューセットはトーストとコーヒーセットだ。朝では人気ナンバーワンのメニューになる。

 田中さん曰く、このトーストセットがないと生きていけないと太鼓判を押しているのだ。

 俺は厨房に入ると、トーストの準備をする。


「1番様トーストセット4つに2番様はコーヒーのみ」

「はいよ!」


 俺はパンをオーブンレンジに入れて、タイマーを設定する。

 パンはいいパン屋さんから仕入れているから、出来立てのトーストはふわふわでカリカリとしているのだ。

 トーストを仕込んでいる間に、俺はコーヒーを淹れる。

 サイフォンをいじり、一杯ずつコーヒーを淹れたのだ。

 まずは2番様のコーヒーを淹れると、俺はマリにコーヒーを渡し、2番テーブルに渡すように指示をする。


「2番様のコーヒーね」

「はい。かしこまりました」


 マリはコーヒーを受け取ると、2番テーブルの老人に運び出す。

 順調そうで何よりだ、と思い。俺は引き続き、コーヒーを淹れる。

 4つ淹れ終えると丁度、トーストのタイマーが鳴り響く。

 慌てて、オーブンからトーストを取り出す。

 そこから皿に移し、イチコジャムとバターを塗り完成だ。


「1番様のトーストセット4つお願いします」

「はい!」


 マリがそう返事をすると、手際よくトーストセットを1番テーブルに運ぶ。

 厨房は空き状態になる。

 が、昼のことを考えると暇ではないのだ。

 なぜならば、昼にはカレーセットがあり、カレーの仕込みをしなければいけないのだ。


「順調そうだな」

「父さん。サボっていないで、助けてよ」

「おうさ。助けてやろう」


 父さんはぬはは、と笑い出してから厨房に立つ。

 瑞希のオーダーを捌くようにした。

 俺はカレーの仕込みに取り掛かる。いつもの材料と秘伝のコーヒーを混ぜると、美味しいカレーが出来上がるのだ。

 だけど、時間を頂戴するのだ。

 昼前には完成させないといけない。と、俺は焦ってカレーの準備をした。

 しばらく時間が経ち、昼に入った。


「できた!」


 丁度、カレーが完成し、昼メニューに間に合ったのだ。

 俺は厨房から顔を出して、客席の方を眺める。

 客席は常に埋まっている。どこを見ても客だらけだ。

 父さんは急いで、コーヒーを淹れながら、瑞希とマリに提供をする。


「父さん。休憩に入っていいよ」

「え? いいのか?」

「ああ。カレーの仕込みが終わったから、昼の分は俺が動ける」

「じゃあ、言葉に甘えて」


 父さんはそういうと、猫じゃらしを手にして、外へと出た。

 雉丸と遊んでいるのだろう。

 まあ、俺が休憩の許可あげたから、何をしてもいいけどな。

 俺は一息を吹いていると、チャリンチャリンと扉のベルが鳴った。


「いらっしゃいませ!」


 と、俺は声を高くあげて、接客する。

 が……


「ほう。この店か。可愛い女がいるちゅうのわ」

「せやで、兄貴」


 ガラの悪い男性が二人店に入って来た。

 一人は親分的に黒いサングラスを着用していた中年男性と、もう一人はガリボーズ頭に鼻ピアズをしている二十代後半の男性。

 どう見ても穏便に来たわけがないようだ。

 でも、この店に来た限り、接客しなければいけない。


「いらっしゃいませ」


 瑞希はそのガラの悪い男性を臆することなく、接客する。


「何名様でしょうか?」

「2名や」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」


 瑞希は営業スマイルを浮かべて、そのガラの悪い客の二人を席に案内する。

 ガラの悪い客は彼女の後についていき、席へと向かった。

 と、客が席に座った時だった。

「きゃ」


 瑞希は悲鳴をあげた。

 最初。俺は何があったのか、わからなかったのだ。

 だから、遠目で様子を眺めていた。


「お客様! 従業員にボーディータッチしないでください」

「悪い。手が滑った。へへへ」


 もう! 最悪! と、瑞希は鼻を鳴らして、不機嫌な様子で俺の方へと歩いてきた。

 気になった俺は首を傾げて、彼女に事情を尋ねる。


「どうしたの? 瑞希」

「お尻触られた」

「はあ?」


 俺は思わずガラの悪い客たちに目線を送る。

 彼らはギャラギャラと高笑いをしていた。

 本当に迷惑な客だ。でも、追い出すわけにもいかない。

 しょうがない。ここは瑞希を引っ込めて、マリに行かせるしかない。

 マリがダメだったら、俺がいく。


「マリ。お願いできる?」

「はい。問題ありません」


 マリは水のグラスを二つトレーに置き、ガラの悪い客に持っていく。


「どうぞ、水です」

「ほう」


 ガラの悪い客は水を手にして、ガバガバと飲み出す。

 もっと落ち着いて飲んでもらいないかな、ここの水は水道水ではなくてミネラルヴォーターだ。結構値段がするのだよ。


「ご注文は何にしますか?」

「昼セット2つ」

「かしこまりました」


 マリは注文を受け取ると、俺の方に注文したものを伝えにくる。


「5番様。カレーセット2つです」

「了解」


 俺はまずはコーヒーを淹れる。

 二つのコーヒーを先にマリに運ばせる。

 マリはそのコーヒーをガラの悪い客に運び出す。


「コーヒーです」

「おう」


 ガラの悪い客はそのままコーヒーを飲み出す。

 その行儀悪さに飲み方は勘弁してほしいけど。俺は我慢をした。

 カレーに取り掛かる。まずは、ライスを注いでからカレーを上に乗せる。

 綺麗なカレーが出来上がる。芸術点を高めるために、俺はパセリを皿の端に置いたのだ。


「じゃあ、マリ。5番様のカレー二つお願い」

「かしこまりました」


 マリは返事をすると丁寧にカレーを持ち出す。

 そして、ガラの悪いお客様の方へと運び出した。


「お待たせしました。カレーです」

「おう。置いてきや」


 マリは丁寧にカレーを二人の前に置いた。

 そして、彼女は失礼します、と言い放ってから去ったのだ。

 一見なにも問題なさそうに見えた。

 俺は胸を撫で下ろす。このままなにも問題ないでくれ。

 だが、俺の祈りは天には届かなかったのだ。

 数分後、ガラの悪い客、サングラスをかけている人が大声で叫ぶ。


「なんじゃこりゃ! このカレー。ゴキブリが入っているぞ!」


 その声で客たちはざわめく。

 当たり前だ。店のせ衛生に関わっているからだ。

 ゴキブリは喫茶店にはあってはならないものだ。特に料理の中に入っていることは決してあってはならないのだ。


「そんなバカな」


 俺は声を漏らし、カレーの方に眺める。

 ゴキブリが入っていないことは確認済みだ。

 俺が唖然にとらわれているところ、マリがクレーム対応する。

 彼女は臆することなく、ガラの悪い客の方へと向かっていった。


「お客様。どうされましたか?」

「見ろよ! これ、ゴキブリじゃ」


 客はそういうと、何か動き出そうな黒いものを差し出す。

 そいつは死んでいるのか、動くことなかった。

 マリは身近にそれを観察するようにしていた。

 俺はまずい、と思って厨房から出て、ガラの悪い客たちの前に立つ。

 頭を90度下げて、お客様に謝罪をする。


「お客様。大変申し訳ございません。この度は不愉快を感じさせて、大変申し訳ございません。お代はいいので、新しいのを提供いたします」

 

 俺は謝罪の言葉をすると、ガラの悪い客は満足したのか、鼻で笑い。満足そうに顔を笑っていた。

 だが……


「ハルキさん。謝罪する必要性はありませんよ。このゴキブリ。偽物です」

「え?」

 

 マリはそういうと、ゴキブリを取り出して、俺に見せる。

 よく見ると、それはぷにぷにとしていた。ゴキブリはプラスチックでできているたのだ。これは明らかにおもちゃで偽物だったのだ。


「おい! 俺たちがいちゃもんつけたでもいうのか?」

「はい。この店にこのようなおもちゃは置いてありません。お客様が勝手に入れたとしか考えられません」

「このあま!」


 鼻にピアスをかけたガラの悪い客はマリの反論にキレたのか、拳を上げる。

 その咄嗟に、俺は前に出る。

 がん、と俺の顔に拳が当たり、俺は後ろへと倒れた。尻餅したのだ。


「ハルキさん!」


 マリは俺を心配するように、俺の方に駆け寄ってくる。

 顔がジンジンとする。頭が揺れる。思考が一瞬だけ、真っ白になった。

 殴られた痛みは頬全体に広がっていく。血が鼻から流れ出す。


「ギャハハ。こいつ弱え」

「俺たちをいちゃもんつけた罰じゃ!」


ガラの悪い客はキャキャと笑い出す。

 くそ、俺は貧弱だ。人を殴る勇気はない。一方的に殴られるのがオチだ。


「ちょっと、あんたたち! いい加減にしなさい!」


 瑞希は俺の方に駆け寄って、タオルを持ってくる。

 俺が流れている血を手で押さえた。

 痛え! 超痛えよ! なんだよ! これ!


「わたし! 怒りました!」

「ああん?」


 マリはプンスカ、と鼻を鳴らすとボクシングポーズをとる。

 相手はそれを見て、腹を抱えて笑い出す。


「女がなにをできるんだよ!」

「えい!」


 マリは前へと進んだ、と思いきや、彼女は自分の長い足を薙ぎ払った。そして、その足は相手の首元へと向けた。

 どん、と相手をクリーンヒットする。

 相手の頭にひよこがピヨピヨと浮かび出す。

 その技は、タイキックボクシング、ムエタイだ。

 技名:ワニの薙ぎ払い(จระเข้ฟาดหาง)


「あ、兄貴!」

「ムン!」


 マリは鼻を鳴らすと、サングラスを掛けたガラの悪い客は泡を吹いて悶絶している。

 その技を生身で食らったら耐えれるわけがないのだ。

 ムエタイはタイの有名な格闘技。人を殺す技なのだ。

 だから、しばらくの間は再起不能なのだ。


「ちくしょう! 良くも兄貴を!」


 鼻にピアスをつけているガラの悪い客は文句を言う。

 しかし、マリは臆することなくファイティングポーズを取る。

 その時だった、父さんは店に戻ってきたのだ。

 父さんは腕を組み、猫じゃらしを


「話は聞いたぞ。お前たち、店から出ていけ!」

「にゃああ!」

「ぎゃあああああ!」


 父さんは顔で指示をすると、ピアスをつけているガラの悪い客の顔に雉丸は引っ掻いたのだ。猫を侮ると痛い目に遭うと改めて思ったのだ。


「ちくしょう! 覚えているよ! ぎゃああ!」


 ピアスをつけたガラの悪い客は兄貴と呼ばれた連れを連れて店の外に出ていく。

 完全に姿を消すと、お客さんは俺たちに拍手をしたのだ。


「災難だったな。春樹」

「あ、ああ。ありがとう父さん」

「礼ならマリにいいな。お前のために相手を蹴ったんだからな」

「そうだな。ありがとうマリ」


 俺はマリに礼をいうと、マリは赤面を作り上げてどこか恥ずかしそうにどこかかしこまった表情を作る。


「み、見苦しいところを見せてしまいました」

「そ、そんなことないよ。マリが悪い奴らを撃退してくれたんだ。嬉しいよ」

「そうよ。あんなやつ。出禁だわ」


 俺と瑞希は彼女を励ますと、マリはちょっと参った顔になる。すごく可愛いのだ。


「さて、春樹。お前は休め」

「でも……」

「鼻血が出ているぞ。怪我人は休憩だ」


 父さんに促されて、俺はわかったとしか言わず休憩に入る。

 俺は自室に行くと、マリは救急箱を持ってきたのだ。

 ベッドに座ると、マリは救急箱を広げた。


「ハルキさん。治療します」

「ああ、ありがとう。マリ」


 綿を取り出してアルコールに染ませる。そして、血が出ているところにあてる。アルコールが傷に当てられてジンジンと痛かった。

 でも、俺は耐えた。男はここで泣かないのだ。


「はい。これで、消毒をしました。あとは絆創膏で血を止めます」


 そういうと、マリは絆創膏を取り出して、傷を塞いだのだ。

 

「これで大丈夫だと思います」

「うん。ありがとうマリ」


 俺はお礼を放つと、立ち上がる。

 でも、なんだかフラフラする。まだ、殴られたショックが残っていたのだ。

 フラフラしている俺に、マリは慌てて俺を支えた。


「ダメですよ。ハルキさん。休んでください!」

「あ、ああ。ごめんよ。マリ」


 俺はベッドに倒れ、横になる。

 今日は俺は使い物にはならないのだ。

 男なのに、ちょっと情けない気がした。女、マリに守られているだなんて。

 本当は彼女たちを守る立場にならなければならないのに、立場が逆転しちゃっている。


「今日はありがとうね。マリ」

「いいえ」


 マリは天使のように微笑むと、俺の部屋から去ったのだ。

 俺は彼女の後ろ姿だけ見守ってから目を閉じる。

 明日はいい日になりますように、と俺は暗示する。

 疲れのせいか、すぐにうとうとと感じたのだ。やがて、俺の意識は空の向こうへと飛び、泡へと消え去る。眠りについたのだ。



 

 

 



 






 

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