ハッピーエンドって……。

ありま氷炎


 え?まじで?


 その瞬間、頭が真っ白になった。

 横目でちらっと確認すると、勇者の幼馴染で白魔法使いのオリヴィアの顔色は蒼白で、小刻みに震えている。


 そうよねぇ。まさか。でも、もちろん断るのよね?だって、だって!


「陛下。謹んでお受けいたします。私は王女様にとってよき伴侶となり、国の支えになります」


 はああ?


 大声で叫びたくなるのを堪えた。

 私の隣ではパタンと音がして、オリヴィアが倒れる。


「オリヴィア殿!」


 背後にいた騎士アロンがすかさず駆け寄り、オリヴィアを抱き上げた。


 ああ、やっぱりそうなるの?え?あのクズ勇者!


 幼馴染で結婚まで約束していたはずのオリヴィアが倒れたというのに、勇者フロリアンは王女と見つめ合い、こちらの状況はまったく無視だ。


 ああ、呪ってやりたい。勇者だから呪いとかまったく効かないのよね。ムカつく!


 勇者凱旋のパレードの顛末はこんな感じで終わり、予定されていたパーティは中止になった。


 ☆


「アロン。どう?」

「まだ目を覚ましません」

「ショックよねぇ」


 魔王を倒して、私たちは王城へ無事たどり着いた。 

 それから身支度を整えて、凱旋パレードをした。

 そこからちょっとおかしかった。クズ勇者がオリヴィアに対して少し冷たかったのだ。なんていうか、世話を焼きたがるオリヴィアを冷たくあしらい、部屋を出ていってしまった。

 疲れているのかなと思ったら、あれ。

 きっと、旅に出る前にすでに奴は知っていたはず。

 それなのにオリヴィアには何も言わないで、クソッタレ!


「私は、フロリアンが許せません。オリヴィア殿と将来を約束していたにもかかわらず、王女と婚約してしまうなんて」


 アロンはかなり怒っていた。


「いや、わかるけど。あなた、王宮の騎士よね?そんなに怒って大丈夫なの?」

「騎士は辞めました」

「え!?」

「あのように傷ついたオリヴィア殿を一人にはできません。彼女が立ち直るまで支えるつもりです」

「え?ええ?」

「何か?」

「な、なんでもないわ」


 それはないわ。なんで、どうして?


 だって、旅が終わったら、私、あなたに告白するつもりだったの。

 なのに、どうして?!


 叫び出したかったけど、私はどうにかその衝動を抑えた。


 ☆


「ねぇさん。いやいや、傷ついているねぇ」

「うるさいわよ。勝手に入ってこないで!」


 魔王討伐の旅のパーティーは、勇者フロリアン、白魔法使いオリヴィア、黒魔法使いの私、騎士アロン、そして斥候のソレルの五人で構成される。

 ちなみに白魔法使いは回復と防御魔法を、黒魔法使いは攻撃魔法を使うものだ。

 十歳の時に魔力が測られ、属性がわかる。白(回復か防御)か黒(攻撃)かね。

 その後、近くに属性が同じ魔法使いがいれば、王都にこなくてもその魔法使いに師事すれば問題ない。ただ十八歳になると、王都で試験を受ける必要があった。これに受かれば正式な魔法使いになり、弟子を取ることも可能だ。

 白魔法使いのオリヴィアは、有名で、私も興味があった。

 一年前、魔王が現れ、討伐隊が組まれることになった。重要なのは勇者で、オリヴィアの幼馴染が選ばれた。この選ぶ方法は、十八歳の少年少女を集め、王都の中心の石に刺さった剣を抜くというものだった。

 三百人が集まり、フロリアンが剣を抜いた。その途端、彼の手の平に紋章が浮かび上がり、誰に文句を言われることもなく、彼が勇者として王に認定された。

 その後、魔法使いの選定、騎士の選定があった。

 魔法使いは魔力の大きさで選ばれた。

 フロリアンの付き添いで来ていたオリヴィアが挑戦し、ぶっちぎりの魔力で選ばれた。

 私は、えーっと、まあ、二位とそこまで大差なく、選ばれた。

 その二位が、ムカつくことに、斥候になった。口が回る奴で、王や宰相に斥候の大切さを説いて、奴は斥候として私たちのパーティに加わることになった。


 私の黒魔法使いとしての地位を脅かすかと心配したけど、奴は大人しく斥候役を務めた。魔法使いなのに、めちゃくちゃ運動神経がよくて、あのクズ勇者よりも多分素早いと思う。

 クズ勇者は、剣の加護か何かわからないけど、めちゃくちゃ強かった。出てくる魔物を両断しまくった。

 騎士のアロンは、勇者の盾になる役割みたいで、大きな盾を背中に背負って歩いていた。いざ戦いになれば、彼の前に出て戦う。

 何度も傷ついて、その度にオリヴィアが癒していた。


 ふー。


「知っていたのよね。彼の気持ちなんて」

「不毛だね。ねぇさん」

「ちょっと、あんた、まだいたの!っていうか、いつも思うけど、ねぇさんって呼ぶのやめてくれない?私のほうが年下でしょ?」

「うん。まあ、そうだね。僕のほうが年上だ。お茶でも飲む?美味しいお茶が手に入ったんだ」

「あ、うん。よろしくね」


 斥候のソレルは、お茶をいれるのがめちゃくちゃうまい。そして料理もできる。オリヴィアと二人でよく作っていた。私、うん。苦手。私が作ろうとするとみんなに止められたのよねぇ。

 懐かしい。

 一年かかった旅だったけど、楽しかった。

 まさか、こんな終わりになるとは思わなかったけど。


「はい。どうぞ」

「ありがとう」


 蜜柑の香りがするお茶だった。

 ほんのり酸っぱくて、甘い。


「落ち着いた?こうなったら仕方ないよ。諦めな」

「わかってるわよ。だけど簡単にいくわけないでしょ?アロンって、ものすごい、私の理想だったんだから!」


 騎士アロンは全身を鎧で覆っていたことが多かったけど、兜を取ると物凄い美形だった。なんていうか、王子様?絵本でよく見る王子様そのものだった。

 兜でその美貌を隠しているのがもったいないと思うくらい。

 今回の魔王討伐の旅も反対されたらしいけど、他に希望する騎士たちを押し退けて、パーティーに加わったみたい。

 今思えば、きっとオリヴィアのためだったのかなあ。


「辛い……」

「まあ、ねぇさん。元気だして。僕がいるじゃん。余り物同士でどう?」

「ふざけないでよ!なんであんたみたいなふざけた奴と」

「ふざけてる?僕が?」


 へらへら、いつも笑ってるソレルが急に真顔になる。

 

「デイジー。アロンだけじゃないんだけど?なんで俺がパーティーに加わったか、わかる?」 

「えっと。ソレル。近いから、近い」


 後少しで鼻と鼻が触れ合いそうになる距離まで、彼は顔を寄せてきた。

 黒い瞳だと思っていたけど、彼の瞳は濃い茶色で、その瞳には情けない顔の私が映っている。


「デイジー」

「待って!待って!」


 心臓が爆発しそうなくらいドキドキしていて、顔は絶対に真っ赤になってる。

 手で彼の胸を押し退けると、いきなり彼が笑い始めた。


「ねぇさん。やっぱり面白い」

「か、からかったのね!」

「ははは!」


 私のときめきを返せ!

 

「バカ!ソレル!」

「冗談じゃないんだけどな。デイジー」

「へ?」


 ぐいっと手首を掴まれて、抱きしめられた。


「好きだよ。デイジー」

「もう、騙されないわ!」

「可愛いね。ねぇさん」

「は、離して!」

「嫌だ」


 必死に抵抗するけど、彼はびくともしなかった。


「もう諦めなよ。ねぇさん」

「ねぇさんって呼ばないでよ!」

「じゃ、デイジー」


 ううう、なにこれ。誰これ!

 ふざけた奴だと思っていたけど、何これ、どうなってるの?


 私はアロンが好きだった。

 そう、間違いなくアロンが好きだった。

 なのに、今、私の頭の中はソレルでいっぱいだった。


 後日、オリヴィアと話す機会があったんだけど、なんだかオリヴィアも同じ状況で、苦笑してしまった。なんやかんやで押されると弱い私たちは、それぞれの相手と結婚。

 数年後、明らかになった事実を聞いて悲鳴を上げた。


 どうも、アロンとソレルはクズ勇者、いやフロリアンに交渉したらしい。幼馴染のオリヴィアのことは好きだったけど、アロンの熱意に負けてしまい、フロリアンは王女を取るという形で、オリヴィアを振った。

 え?フロリアン。もしかして、アロンとソレルに脅された?

 なんていうか、そんな事実、知りたくなかった!

 っていうか、クズなんて言ってごめんね。フロリアン。

 

 今のオリヴィアはアロンと幸せな家庭を築いている。

 だから事実は私の胸の中だけにそっとしまうつもり。

 だけど、頭にきたので、ソレルに雷の魔法を使ってしまった。しばらく、痺れて反省してほしい。


 フロリアンの行動で、オリヴィアはアロンと結婚。

 そして私はソレルと。

 どっちにしても、私の場合は、アロンと結ばれることはなかったよね。っていうか、アロンはめちゃくちゃ独占欲が強くて、なんていうか、ヤバい奴だったので、よかったかもしれない。

 ソレルは、私の自由にさせてくれて、お互いに好きなことをしながら暮らしている。

 

 よくある、勇者が幼馴染を振る物語。

 結局はみんな幸せだから、ハッピーエンドよね。

 

 


 


 

 


 




 

 

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ハッピーエンドって……。 ありま氷炎 @arimahien

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