2018.11.17:佐藤の誕生日

 

▶︎▶︎▶︎汐見潮が春風紗妃と出会うまで、あと────135日




 今日は、11月17日。俺の誕生日……なんだけど────


 先週、汐見と酒を飲みながらポッキーの日を過ごした。


 うん。

 過ごした……んだよな……


 そう。

 なんというか、あの時……ありえないラッキースケベ?が起きて俺は……

 もう身も心もホクホクだった───


〝あ~~~~。思い出すだけでちょっと……ムズムズする……〟


 一瞬だけ重なった汐見の唇は暖かくて柔らかくて、ビターなチョコレートの味までして……


「あ~~~~!! もう~~!! 会いたいッ!!!」


 今回の出張が俺の誕生日にかかることは前もって知ってはいた。知ってはいたんだけど!!

 まさか、あんなラッキーなことがあった後に


〝2週間も! 会えないなんて!!!〟


 このまま汐見といい感じに進めば、そろそろ汐見も俺の気持ちに気づいてくれるんじゃないかな?と思ったり。


 汐見と出会ってもう4年になる。

 俺がこんなに片想いしている期間があっただろうか? ……いや、ない!


〝それもこれも汐見が鈍すぎるから……〟


 でも、俺の気持ちに気づかないからこその無防備な汐見と、ラッキーな事件や事故が勃発するし、それはそれは天にも上りそうなくらい嬉しい。そのたびに俺の股間と心臓は落ち着かないが。


 しかし、だからこそ、汐見の声を聞くたびに、汐見を姿を見るたびに、ドキドキしっぱなしで、毎日ときめきを感じて忙しい。

『付き合ったら冷める』という感覚で、付き合う前の恋の駆け引きを満喫しがちなゲーム感覚だった彼女たちもいたが、汐見はそんなのとは違う。


 こう、なんつうか……

 そう! 今までの彼女にも感じなかったことだが、匂いを嗅ぐだけでちょっとやばい。


〝あ~~~……マジで、汐見と付き合いて~~~……そしたら俺、毎日幸せすぎて寿命縮むんじゃないか?〟


 そう思うくらいにはかなり────

 まぁ、汐見の固定観念の強靭さは半端ないのでどうやってそこを崩すかが問題ではある。汐見が結婚したいって女子が現れる前に、なんとしてでも汐見にそういう気持ちを持ってもらいたい。そう考えている。


〝そう考えてもう4年になるんだが……〟


「は~……来週……25日までって……長い……」


 そう思いながら、俺は帰る日を指折り数えていた。


 



 11月17日(木)・午後9時すぎ。


 寝るにはちょっと早い時間だ。


 一緒に来た開発部の、汐見とは別の後輩同僚とホテル近くで夕食を済ませ、室内にあるユニットバスでざっと汗を流し、ベッドに横になりながらテレビを見ている。

 誕生日だというのに出張先だし、一番祝ってもらいたい汐見もいない。


「はぁ……先週はポッキーラッキーなことがあってテンション高かったのに……今週の俺は不幸だ……」


 毎日のように汐見とLIMEでメッセージでのやりとりはしていたが、それだけじゃ全然足りない。

 一緒に来た汐見と同じ部署の同僚には誕生日を知られていたので「おめでとう」と一言もらったがそんなのどうでもいい。


 俺の一番のご褒美は『2人っきりで汐見といること』だから。


「あ~……今回の出張、汐見と一緒に来たかったなぁ……」


 汐見が中途入社した年の俺の誕生日は、会社を辞めようと転職先を探していた時期だったので、祝ってない。

 あの時のことを思い出すと今でも少し苦しくなる。


 でも、あの時、忘年会で汐見と話す前に、早まって会社を辞めないでいて本当によかったと思っている。

 もし辞めていたら、汐見と交流しないまま終わって、誰のことも好きじゃない下らない生活を送っていただろうと思うからだ。


 出会った翌年から数えてもう3回、俺の誕生日は汐見に祝ってもらっている。


 毎年、ちょっとした実用的なものを贈ってくれるのが嬉しくて、俺の誕生日なのに俺の家で俺が料理を作って汐見に振る舞うという、汐見曰く『誕生日の主役が逆転している』誕生会を行っていた。


 去年はネクタイピンだった。その前の年がネクタイだったから?

 汐見からの誕生日プレゼントはあまりにも大事すぎてどっちもほとんど使ってない。ただ、時々取り出して眺めてはニヤニヤしている。


「……汐見……」


 こういう時こそ、汐見の写真で癒されるか。と思って、俺はクラウドに保存してあるデータにアクセスしようとスマホを取った。


〝最近チェックしてなかったな、そういえば〟

 

 家にあるデスクトップPCの内部記憶にはデータ──汐見の写真と動画──が随時保存されていくため、どんどん溜まっていく。だが、クラウドデータはそのデスクトップPCから同期する必要がある。アップロード作業にえらく時間がかかるため、土日などまとまった時間がないとなかなか実行できなかった。なので、夏場から繁忙期に入ってしまったこの数ヶ月は放置しっぱなしだ。


〝ってことは、クラウドにある新しいやつっていつのだ?〟


 そう考えながら、アクセスしたデータを見てみると、間違えてタップしたフォルダから、懐かしい写真が出てきた。


〝これ、去年の社員旅行の時の……〟


 社員旅行で沖縄に行った時のやつだ。

 大トリでスイカを割った汐見が広報の山崎詩織と嫌そうな顔をして一緒にピースサインをさせられて写ってるやつと、同じスイカ割りをした他部署のメンバーとの集合写真だ。


〝汐見が俺のラッシュガード着てる……〟


 いわゆる彼シャツ状態の汐見だ。

 俺とは少しだけ体格差がある───正確にいうと汐見の方が体に厚みはあるけど俺の方が身長が高い───ため、盛り上がった胸筋部でその下がカーテン状になってるのに、裾が長めで。


〝でかい胸を強調した挙句、ちょうど股間が隠れる長さって……エロすぎだろ……〟


 汐見に片想いするようになってからは、そういう邪な妄想ばかりしているから、そんな考えになるだけで、別に汐見が狙ってやってるわけじゃない。


 それはわかってる。俺の脳内のエロ変換のせいだってことは。

 懐かしさを感じながら、次々とそのフォルダ内の写真を捲る。そのフォルダの写真や動画は汐見の水着姿をこれでもか、と激写したものばかりが何枚も入っていた。というか連写した似たような写真が何枚も……パラパラ漫画でも作るつもりか、というほど。


〝こんなの、汐見に見られた日には……〟


 想像してゾッとするが、でも目の保養になるので俺はそのアルバムを鑑賞していた。

 すると


 ポロン と音がした。


「?」


 LIMEメッセージの受信音だ。

 スマホを操作して、クラウドの写真を別画面に置いたままLIMEを開いてみると。


『今、大丈夫か?』


 汐見だった。そのメッセージを見て、俺は


『大丈夫。もうホテルだし』


 即座に返信する。すると


『今から電話していいか?』

「えっ?!」


 内容にびっくりして


『いいけど、何かあった?』と返す。すると今度は


『今日、お前の誕生日だろう』と返ってきて。

「えぇっ?!」


 覚えているとは思ったけど、朝からメッセージも何もなかったし、まだ残業でもして忙しいんだろうと思い、催促するようなLIMEは送らなかった。けど───


『覚えてたんだ』と送る。そしたら


『当たり前だろ。電話するぞ』と返ってきたので、すぐに


『了解!』と送り返した。


 すると、LIMEの着信音が鳴り出して。


「もしもし!」

『勢いよすぎ』


 笑い声混じりの汐見の低い声が流れてきた。


「どう、したんだよ、急に」

『どうした、って……まぁ、その……せっかくの誕生日なのに出張で彼女とも会えなくて寂しいだろうな、と思ってな』

「なんだよ、それ……」


 内心、嬉しすぎてちょっと泣きそうだ。


『お前、今1人か?』

「そうだよ。ホテルの部屋。寝るまで時間潰してた」

『なんだよ、だったら早めにメッセージよこせよ』

「……残業かな、と思ったんだよ……」

『……まぁ、ちょっと、な。あ、でも7時には帰って来たぞ』

「そうか……」


 きっと筋トレが終わった感じだったんだと思う。

 俺自身の声が涙声になってないかどうか気がかりだったけど、汐見は気づいていないだろう。


『誕生日、おめでとう。佐藤』

「!」


 改めて言われて、ちょっとじんわりキてしまう。


『これからもよろしくな』

「わ、かってるって。……ありがとう……」

『? 佐藤?』

「ちょっと……ホームシックっぽい。せっかくの誕生日なのに」

『お前な……まぁ、来週……金曜日か? 帰ってくるんだろ?』

「ああ……」

『帰ってきた日にそのまま誕生会するか、と思ってな』

「!! お、お前、先週、2回誕生会するのか、って聞いてたから……嫌だったんじゃ……」

『? 嫌そうに見えたか?』

「……」

『まぁ、先週、お前の家で飲んだ後のことは正直……覚えてないんだが……』


"やっぱり! ……まぁ、そうだろうと思ったけどな……"


 残念な気持ちが大きい。だけど、それをカバー?しようとしてくれているのだろうか? その気持ちの方が嬉しかった。


『なぁ、ちょっと……』

「ん? なに?」

『顔、見ながら話さないか?』

「え?!」


〝え? 何? ナニ? どういう風の吹き回し?!〟


『LIMEってビデオ通話できるだろ?』

「あ、あぁ……な、なんで?」

『? なにが?』

「い、いや、だってさ……こ、恋人同士でもないのに、顔見てって、なんか……」


 いや、別に恋人同士じゃなくてもやるだろうけど、俺と汐見の間柄でそういう雰囲気というかそういうことがなかったので、俺はかなり動揺した。


『? 恋人同士じゃないとビデオ通話ってしないのか?』

「い、いや! そうじゃない! わかった。その、ちょっと待て。準備する」

『おう。オレもちょっと移動するから一旦切るな』


 そう言われた俺は、急いでトイレを済ませると、冷蔵庫から飲み物を取ってベッドにクッションを置いて座って待機する。

 すると、程なくしてまたLIMEが着信した。今度はビデオ通話で。


「はい! もしもし!」

『食い気味かよ』


 笑った声がして、画面に現れた汐見は、いつもどおりの汐見だった。


〝汐見だ……1週間ぶり……!〟


 俺は条件反射的にスクショした。


『なんか鳴ったか?』

「え? 何が?」


 スクショした時の操作音が聞こえたらしい。が、当然のことながら俺はすっとぼけた。特にそれ以上の疑問を感じなかったらしい汐見は、また笑っている。

 汐見の後ろは見覚えのある汐見の部屋だった。本当に帰宅しているらしい。少ししか見えないけど、どうやらこれは……


〝上半身裸じゃないか? はぁ~~~~……かわいい……〟


 首元が曝け出されているし、筋トレ後ならそう、だろう。

 画面越しで汐見を見るとついキスしたくなる……汐見の写真にキスするのが習慣になってしまっているので、さっきみたいにクラウドで動画や写真を見てる時もそうやってキスすることが多いもんだから……


〝い、今、画面の向こうにいるのは生身の本人だ……写真や再生動画じゃない……落ち着け、俺……間違ってもキスするんじゃないぞ……〟


 自分で自分に言い聞かせていた。


『出張、どうだ? 原田、ちゃんと使えてるか?』

「あ、あぁ、まぁ、お前ほどじゃないけどちゃんと説明できてたっぽいぞ」

『そうか、お前が言うなら安心だ』


 そう言って、たわいのない会話をした。


〝本当は汐見の隣にいたいけど、こうやってビデオ通話してると……遠距離恋愛してるみたいで……それはそれで、いいな……〟


 さっきまで汐見に会いに東京まですっ飛んで帰りたいと考えていたことを忘れて、1人【遠距離恋愛中のビデオ通話で、恋人の汐見とイチャイチャしながらビデオ通話している】と脳内変換して悦に入っていた。


 相変わらず会話が弾んでしまい、気がつくと、12時を回りそうになっている。


『そろそろ、充電切れそうだ』

「あ? そうか? じゃあ、そろそろ終わるか」


 非常に残念な気持ちになる。


『あぁ……なんか……ビデオ通話で話すのって、ちょっと面白いな』

「そうだなぁ」


〝久しぶりに汐見の顔見れて、俺も充電できたし……〟


『さっきの……恋人同士って話。あれ、遠距離恋愛中の、ってことか?』

「え! ……そ、そんな感じ……だな、アハハ」


〝あっぶね~! 俺の考え読まれたかと思った!〟


 俺は自分の脳内妄想が汐見に伝わってしまったんじゃないかと内心ドギマギしたが


『まぁ、オレは彼女いないけど、お前はちゃんと彼女と連絡取れよ』

「……あ、あぁ……」


 汐見はやっぱり気づいていなかった。


〝今いるのはセフレだけどな……〟


『じゃあ、そろそろ切るぞ』

「あぁ。……また、電話してもいいか?」

『なんだよ、いちいち聞かなくてもいいだろ?』

「いや、迷惑かなぁ……と思って……」

『……迷惑だったら電話なんかしないぞ、オレは』

「! だ、だよな! じゃ、じゃあ明日も電話する」

『了解。電話の前は一応、メッセくれ。明日も商談か?』

「ああ、明日は別のとこ。原田をこき使ってくる」

『そうしてくれ。じゃあ……佐藤』

「ん?」

『20代最後の誕生日、おめでとう』

「!!」

『来年の30代最初の誕生日も、一緒に祝おう』

「!!! っああ!」


 うるっとしてしまった。それを悟られたくなくて


『じゃ、な』

「おう!」


 俺はビデオ通話を切ろうとした。が、その時ちょうど俺のスマホで何かの操作音が鳴った。


 それで汐見は通話が切れたと思ったらしく


「あ、汐見、まだ……」


 スマホを置いたまま上半身裸の汐見は移動して画面から消えてしまった。

 相変わらず下はボクサーパンツだけの姿で、素早くチェックするのも俺は忘れない。


「あ、あれ……」


 おそらくどこかに立てかけたままなんだろうと思うが……

 俺はつい、その通話を切らずにそのままにしておいた……つ、つまり、その……


〝やばい……これ、気づいてない……〟


 ストリーミング再生状態で汐見の部屋が映し出されている。

 汐見本人が映っていないので、汐見の部屋の自然音しか聞こえない。

 しかも、どうやら……そのまま風呂に入ったっぽい……んだが……


 俺が息切れしそうなくらい待っていると、そのうちからす行水ぎょうずいの汐見が風呂から上がったらしく、鼻歌混じりの声が聞こえてきた。


 すると……


「!!!」


 メガネをかけず腰にバスタオルだけ巻いた上半身裸の汐見、の前面が映し出された。


〝!!!!〟


 俺はあまりに眼福な光景を見て、衝撃のあまり声を上げそうになる。

 だが、瞬時に左手で口元を押さえた。


 震える右手でスマホのスクショを撮ると、音がしたのが聞こえたのか汐見がこちらを見た。


〝しまった!〟


 だが、メガネをかけてない汐見の視力の悪さを知っている俺は、汐見がちゃんと気づくギリギリまで通話を切らずにいると……背中を向けた汐見が何かを拾おうとしてしゃがんだため


 ハラリ とバスタオルが外れ……た……


「!!!!」


 真後ろから……汐見の生尻(正確にはスマホ画面越しの尻)を、見てしまった───!!


 それをスクショしようと手を伸すと……ふっと画面から汐見が消えた。


 そして、次の瞬間、メガネをかけてない汐見の顔がドアップになり


〝ヤバッッ!!〟


 俺は反射的にそのビデオ通話を切った……


〝……ポッキーラッキーだけじゃなくて……俺の誕生日に……!! 神よ!!!〟


 【誕生日の神様はいるんだ】と、俺はその時、確信したのだ───











▶︎▶︎▶︎汐見潮が春風紗妃と出会うまで、あと───134日



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【過去編】佐藤は汐見に片想い〜(佐藤視点) 有島 @arihima-kth

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