第42話 8月9日③…船内での過ごし方

大浴場での入浴を終えると船内でやるべき事はほとんどやったのでレストランの夕食の時間までは個人行動をする事になった。


饗場あえばは船内のテーブルでノートパソコンを使い今日の移動で撮影したデータをまとめあげている。


一花はというと初めてのフェリーで探検をしている。広いとは言え行ける所も限られるのですぐに飽きるだろう。


船内には様々な人達がいる、テーブルに座り北海道マップルを開いてルートを確認している人や、帰省の為だろうか家族で席に座って談笑、ツーリング仲間だろうか3人で酒盛りをしている。


フェリーの窓際近くでは風呂上りのおじ様連中がラフな格好でおつまみと北海道限定サッポロクラシックを片手に優雅な一時を過ごしている。実に羨ましい限りだ。


売店にも人が多く詰めかけて北海道の特産品を買い漁っている。北海道限定の焼きそば弁当も売っているが夜になると売り切れになる事もあるので早めに購入する事をお勧めする。


4階エントランスホールには航行する航路を日本地図でリアルタイムに表示しているモニターがある。そこを操作するとまだ秋田県に入ったばかりの海の上にフェリーを模したマークが表示されている。


俺はというと日が落ちる前までベッドで仮眠を取る事にした。流石にこの夏の暑さは若い体でも堪えた…。



仮眠から起きると寝ぼけながらも時計を確認すると17時になっている。


「ふわあーあ…そろそろ行くか。」


お尻を掻きながら立ち上がり5階の売店で北海道限定ガラナジュースを購入して船内窓際の席へ座る。ちょうと外は夕暮れ時だ。すると船内を探検し終えて飽きた顔の一花がやってくる。


「つまんないんだけど…。」


「そりゃそうだ。ここは電波が通じないからね。」


一花が俺の隣の席に座りスマホを取り出すと電波マークに圏外と表示されている。陸から離れた場所を航行しているので電波が届かないのだ。


「ハルはここで何しているの?」


「んっ?夕日を眺めてる。」


「…それって楽しいの?」


「ああ、凄い楽しいぞ。」


日本海にゆっくりと沈んでいく夕日はいつ見ても美しい。普段は時間に追われ眺める暇もない夕日だがフェリーに乗っている時だけは誰にも邪魔をされずに有り余る時間を贅沢に使って眺める。


これもフェリーならではの豪華な時間の過ごし方だ。本当はビールがあればより楽しいのだが…。


(ハルって偶に凄い大人びた感じがするんだよね…。)


一花が夕日を眺める俺を見つめている。


「あ、あの結城ハルさん!サイン下さい!」


声がする後ろを振り向くと幼稚園児くらいの小さい女の子が立っている。手には油性ペンとお絵かき用の画用紙を持っている。さらに女の子の後ろには物陰に隠れて父親と母親が立っている。


「1人でお願いできるなんて偉いね!…ほらお父さんとお母さんもこっちに。」


俺が立ち上がって女の子の前で屈むと後ろに立っている女の子の両親を手招きする。両親が恥ずかしそうに女の子に寄ると俺はサインを書き上げていく。


「はい!サイン。でも良く私の事知ってたね。」


自慢ではないが俺の仕事は子供向けでは無い事は自負している。


「うんとね!仁村どうぶつの国で見てたから。」


あの番組は子供にも人気があった、家族でも見れる全年齢層向けもあって子供でも知っている。犬に舐められた姿が見られていると思うと複雑な心境である。


「み、見てくれてありがとうね。ご両親も一緒に写真撮りましょうよ。」


側に居た夕日を眺めているおじ様の一人に撮影をお願いすると快く引き受けてくれる。俺が女の子を抱えて両親の間に入って写真撮影をする。


「あの、ハルさんサインと写真ありがとうございます。娘にも良い記念になったと思います。」


「いいんですよ!旅行楽しんで下さいね。」


女の子とその両親がお辞儀をしてその場から離れていく俺はそれを手を振って笑顔で見送る。そして席に戻ろうとした時に一花から声を掛けられる。


「ハル…後ろ後ろ…。」


「うん?後ろ?」


振り返ると数人のおじ様方が手にスマホを持ち、目をチワワの様にうるうるさせてこちらを見つめている。先ほどの女の子と写真撮影する姿を見てどうやら自分達も写真をお願いしたい様子だ。


「ハル、撮影してあげよっか?」


「…はい、お願いします。」


一花がカメラマン役を引き受けておじ様方と写真撮影に入る。


「ハルちゃん写真ありがとう!(…めっちゃ良い匂いした。)」


お礼の後に小声でめっちゃ良い匂いしたと言っているが聞こえている。だがいつもこのような感じなので大型犬に比べれば可愛いものである。


年が一回り近く離れた女の子に写真をお願いするのも気が引けるものだ、特におっさんの歳になると何を言われるか分からないこのご時世故にこの様なきっかけが無いとお願いし難いものだ。


写真撮影も全員終えるとちょうどに夕食の開始を告げる船内アナウンスが入る。


「それじゃ饗場さんも呼んで夕食にしようか。」


「じゃ私、色ちゃん呼んでくるよ。」


一花が饗場を呼びに行くと俺はレストランの前で待ち、しばらくすると一花と饗場が到着し3人揃った所でレストランへと入って行く。


中に入ると開店して間もない事もあり混雑している。以前はビュッフェ形式だったのだが今は注文形式になっている。おっさん的に少し寂しい。


「いい2人共?間違っても食べ過ぎてにならない様にね。」


「「はーい!」」


満腹になるまで食べても良いのだが船酔いの心配もある。何事も腹八分目が一番良い。それに足りなければ売店で補えば良いのだ。


夕食を食べ終えると一息入れる間も無く一花が4階のテーブル席で待つように言ってくるので饗場と一緒に席に座って待つ。


「お待たせ!食後はこれでしょう!」


「…一花、お前こんな物持ってきたのか。」


一花が風呂敷の中から『生き様ゲーム』を取り出してテーブルの上に置く。おっさんの俺も子供の頃に良く遊んだロングセラーボードゲームだ。


言っておくが今までフェリーに乗っていてボードゲームで遊んでいる強者を俺は見たことが一度だけある。


遠目で見ていたが実は俺もやってみたいと心の中では思っていたのだ。


「ちなみに本気で遊んでもらう為に負けた人は罰ゲームがあるからね。」


「ハルさんには黙っていましたが負けた方は明日1日大河ドラマの役の衣装を着て頂きます。」


「はあ?」


北海道ツーリングの話を聞いた大河ドラマの関係者がちょうど良い宣伝になるという事で依頼されていた様だ。マネージャーの饗場が衣装をわざわざ持ってきたのだ。


ちなみに俺はお春という風魔のくのいち役だ…あの恰好でツーリングをすると思うと眩暈がする。


「じゃあ色ちゃん銀行役お願いね。」


「お任せ下さい、経理にも精通しておりますのでご安心を。」


「絶対に負けられない戦いがそこになくてもいいけどある…。」


生き様ゲームの勝利条件は相手より資産を持つことであり、マスを進めてより良い職業についてお金を稼いでゴールである大富豪の土地、特殊エリアを目指すのだが…。


ルールというか内容が平成初期から大分変っている。昔は野球選手や芸能人になればほぼ勝ち確だったのだが今は全然違う。お宝カード、自宅購入、株券、色々追加されている。


しかも先にゴールするとそこのエリアでルーレットを回して資産を増やす事も出来るのだ。


初期の所持金は3000$、銀行役の饗場がお札を渡してくる。車を模した小型のコマに人の形をしたピンを挿す。一花が先行で生き様ゲームが始まる。


一花がルーレットを回して出た数字に自分のコマを進める。


一花の番─


「【飲酒運転している人を殴って説得したら後日感謝されたプラス1000$。】やったね!」


「なんだよ、そのバイオレンスな設定は!実際やったら警察沙汰だよ!」


この生き様ゲーム、少し内容がおかしいがまだ序盤だ。今度は俺の番だ。ルーレットを回して出た数字にコマを進める。


俺の番─


「【煽り運転をしてくる車を止めたら中からヘビー級ボクサーが現れ殴られるマイナス1000$。】なんでヘビー級ボクサーが煽ってくるんだよ…。」


実際に起これば実に理不尽な内容である。そもそもヘビー級自体が日本では珍しいのに酷い設定だ。というかいきなり殴るな。


一花の番─


「あー職業のマスに止まった…えっと【トレンディ俳優になる。給料5000$。】なるなる。」


「もうなってるだろ…。」


職業のマスに止まると職業に就くかどうか選択できる様だ。一花は職業の中では給料もトップクラスのトレンディ俳優を選択する。


俺の番─


「おっ、俺も職業のマスに止まったぞ…えっと【ゴース〇ライダーになる。給料1000$】…ゴーストライターじゃないんだ。」


これは職業と言っていいのか分からないが恰好いいので俺はゴース〇ライダーになり満足する。なんてたって俺も可愛い方でゴース〇ライダーだからだ。


一花の番─


「おー自宅が買えるマスに来たけど…自宅は【高層マンション】にしよっと。」


先ほどから収入がプラスのマスにしか止まらない一花が有り余る現金で一括で高層マンションを購入している。


ちなみに自宅はゴールに到着した後に3倍の値段で清算できるようだ。これは結構大きい。


俺の番─


「えっと買える自宅は【墓守の家】…なんか妙に製作者の趣味全開に作ってないかこれ。」


ボロボロの小屋だがとりあえずゴース〇ライダーっぽいので購入する。値段は貧乏な俺でも購入できる値段だ。しかも丁寧に小屋にドクロマークも付いている。このゲーム著作権は大丈夫なのだろうか。


一花の番─


「結婚して家族が増えて4人家族になったけど何か特典あるのかな?」


「ルールブックによりますとゴール時に子供一人当たり子育て金として10,000$支払われるみたいですね。」


一花がコマに家族を見立てたピンを3本挿入する。饗場の説明によると子供がいればいるほど有利になるという少し現実的な政策みたいだ。


俺の番─


「【ゴース〇ライダーには結婚は不要…代わりに闇の眷属が10匹付いてくる。子供みたいなモノだ。】…なんだよこの子供みたいなモノって。」


仕方なく闇の眷属の専用ピンを車のコマに挿すのだがこのピンがどう見てもバッ〇マンなのだ。これを10匹も車のコマに付けるとあふれて外へと落ちる。


「ぶわっはっはっは。ハルの車にバッ〇マンがいっぱい居る。」


「うるさい…バッ〇マンじゃなくて闇の眷属だ。」


中二病の様な反論をすると中国雑技団の様にバッ〇マンを上手く車のコマに重ねるとゲームを続行する。ゴース〇ライダーとバッ〇マン10匹との夢の競演だ、流石のジョーカーも裸足で逃げ出す面子である。



一花が大富豪の土地へゴールを果たし、ほぼ俺の負けが確定したのだがこの生き様ゲーム最後に大どんでん返しを用意している。


大逆転ルーレット、指定された数字が出れば5,000,000$が支給され逆転が可能!今までのゲーム内容が茶番と化すエグいシステムだ。


ただし外れると…なぜか特殊エリアのへ送られる。


「じゃあ最後の大逆転ルーレットを回すぞ…。」


「はあはあ…うん、ハル頑張れー…ぶわはっはっは。」


まだ俺のバッ〇マンがツボっているらしい一花を横目に俺はルーレットを回す。


…がもちろん外れる。


負けが確定したので車のコマから落ちるバッ〇マンを無視してニューヨークエリアへ向かう。プレイヤー全員が大富豪の土地、特殊エリアに到達して、ここで生き様ゲームが終了する。


「ふんがーーーー!なんだよ!このゲームは!そもそもニューヨークエリアって何だ。」


少し気になりニューヨークエリアを良く見ると『ゴースト〇スターズコース』と『まぼろしコース』が用意されていてどのマスにもこう書かれている。


【このマスに止まったゴースト属性は浄化されゲームを終了する。】


という追記がありどのみち詰んでいる事が明らかになる。よく考えるとどちらもニューヨークが舞台だ。


確かに映画の様な生き様だが…無駄に夢のコラボが実現している。しかも属性って何だ、他にゴーストな職業があるのか。


余りにも理不尽な内容に同情的になった饗庭が取説を読み直す。


「ハルさん…ゴース〇ライダーは縛りプレイ好き上級者向けなので普通にプレイする場合は選択しないように注意して下さいという説明が…。」


「饗場さんそれを早く言って欲しかった…。」


最近のボードゲームはおっさんには良く分からない…。だが選択したのは俺だ。


負けが確定したので明日の北海道上陸はくのいちでの恰好だ。ははは!今だかつて誰も達成した事の無い偉業だろう。達成したい女性は皆無だろうが…。


「はあー…笑った笑った。やっぱ生き様ゲーム持ってきて正解だったね。」


「…このゲーム帰ったら絶対にクレームいれてやる。」


「あの…ハルさん。」


銀行役の饗庭が俺に耳打ちをしてくる。


「そ、その…今日寝る時に胸を貸して頂けたら融資しますよ…。」


「饗庭さん…その景気が悪い時のリアルな銀行屋ムーブ止めて下さい…。」


銀行はゲーム上中立であるべきなのだが欲望に目の眩んだ饗庭の申し出をお断りする。ちなににゲーム中は銀行と交渉して融資して貰う事は可能だ。本当にリアルだな…。


良くマスに書いてある内容を見るとこの生き様ゲーム…時代の流行りを良く取り込んでいると感心する。


ゴースト系コラボは古すぎるが…。


3人でボードゲームを楽しんでいると時間もあっという間に過ぎて行き、俺たちはボードゲームを片付けてベッドへと戻り、就寝の準備をする。


22時になると船内にアナウンスが入り消灯する。明日の北海道小樽港への到着予定は朝の4時30分だ。


ベッドにシーツを張り終えると掛布団に入り、就寝に入ろうとすると通路を挟んだ隣のベッドで横になっている一花から声を掛けられる。


「明日はとうとう北海道だね…私、楽しみにしてるからね。」


「…楽しみにしてなよ。色んなとこ連れていってやるからな。」


「…うん、おやすみハル。」


「おやすみ、一花。」


明日の朝には北海道が見えてくる。何が起こるかは到着してみないと分からない。試される大地と揶揄されてはいるが本当に色々な事が起こるのだ。


北海道が楽しいかどうかはバイクに乗っていたら確実に楽しい。


これだけははっきりと言える。


それを全て楽しんで行きたいと思う。

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