第8話 魔王軍四天王【闇の魔術師】ダーク



 魔王軍。

 それはこの世界に住まう人間、それも冒険者なら誰でも知っている存在である。

 読んで字のごとく、魔王が率いる軍隊のことだ。


 もちろんそのほとんどはダンジョンにいるような知能の低い魔物ばかり。

 本来はまとまりなどない。


 しかし、中にはごく小数だが高度な知能をもった魔物もいる。


 知能の発達した彼らは魔人と呼ばれた。

 彼らは知能が高いうえに力もつよく、その頭脳と強さで魔物たちをまとめ上げている。


 そうして集団と化した魔物と魔人たちは人類と敵対した。


 その中でも最も強い力を持っていた魔人が魔王を名乗り、軍隊を作り、魔王軍を作った。

 魔王軍は多くの国や人々を襲っている。



「これほどの数とは……」



 突如街に現れた魔物、そして魔人。


 それに対するのは、街にいた冒険者たちだ。

 彼らは街の門の前に集まっている。

 そして一番前には町長が交渉役として来ていた。


 その数は全部で150人を超えている。

 

 普通ならばなかなか精強なものたちであるが、しかし彼らは戸惑いが隠せなかった。



「おいおい、数百体の魔物って……」

「全部、高ランクの魔物じゃねえか」



 そう、魔物たちはそのすべてが高ランクと呼ばれるものであった。

 もっとも弱い物でもCランクであり、しかもそれもわずか2割ほど。

 半分以上がBランク、残りがAランクの魔物だ。

 それが500体も存在している。

 


「俺はてっきり、Eランクの雑魚の魔物を集めたとばかり……」

「話が違うぜこんなのよお!」



 冒険者たちが悲鳴を上げ、街を守る衛兵さえも顔を青くさせる。


 この場にいる冒険者はそのほとんどがCランクやDランク。

 あとはちらほらと何人かBランクの冒険者と、Aランクの冒険者が一人いるだけだ。


 100体を超えるAランクの魔物や、300体近くのBランクの魔物と戦える集団ではない。



「ほっほっほ、慌てているのお、人間よ」



 冒険者たちの様子を見て、笑う魔人がいる。


 魔物の集団の前には一人の老人がいた。

 二足歩行で人間のような形をしているが、肌の色が緑であり明らかに人間ではないとわかる。


 町長はすぐに彼が魔人とわかった。



「お初にお目にかかるの。冒険者諸君、そして町長殿」



 しわだらけの老人のような風貌をした魔人が話しかけてくる。



「わしの名前はダーク・ストレガー。魔術を学び、その極地を求める魔人じゃ」


「ダーク・ストレガー……?」


「ピンときていないようじゃの。ならばこちらの方が馴染み深いかのぉ? 魔王軍四天王が一人、『闇の魔術師』という呼び方の方が」


「ま、魔王軍四天王!?」



 その言葉に、町長は衝撃を受ける。


 魔王軍四天王とは、魔王軍の中でも最高幹部と呼ばれている四人だ。

 四人全員が魔王に次ぐほどの強さを所持していると言われている。

 

 彼らは国の軍隊をもってやっと撃退できかどうかというくらいに強い。


 しかも、『闇の魔術師』といえば、魔王軍四天王の中でも最も多くの国に被害出していると聞く。


 そんな存在が魔物を率いてここに来るだなんて……。



「不安そうな顔をしているの」



 町長の心を読んだかのようにダークが告げる。



「心配せんでもよい。わしらの狙いはただ一つじゃ。その一つさえ達成できれば、大人しくこの街から去ることを約束しようじゃないかのお」



 穏便ともとれるその台詞。

 町長はその言葉にホッと胸をなでおろす。


 何を狙っているのかは知らないが、少なくとも彼らに従っていれば被害は少なくて済む。

 そう、安心していた。



「それで、その狙いというのは?」


「ああ、それはの」




「鏖殺じゃよ」




 ニィィィィッとダークは笑う。



「この街の人間は皆殺しじゃ。それさえ済めば、大人しく街を去ってやるとしようかの」



 言葉と共に、魔物たちが一斉に冒険者たちを襲いだした。

 それに冒険者たちが応戦する。



「く、くそお!」

「やっぱり戦うしかないのか!」



 冒険者たちが戦い始めるが、残念ながら逃げ腰だ。

 敵の魔物の強さを恐れている。


 そんななか、冒険者の一人が前に出た。



「四天王ダーク! 僕が相手だ!」



 ダークの前に一人の青年が現れる。

 彼は白銀色の美しい剣を持ち、そこらの冒険者よりも立派な装備を身にまとっていた。



「あれは、Aランク冒険者のジェット!」



 冒険者の一人が叫ぶ。



「ジェット君か。君が来れば一安心だ!」



 彼の登場を知って、町長も目を輝かせている。


 Aランク冒険者。

 それは冒険者の中では強さの象徴である。

 この国で十人しかいないとされており、単独でAランクの魔物さえ倒すことができる強者である。



「ほう、有名人のようじゃのう。ええと、なんというたか」


「僕はAランク冒険者のジェット。お前を倒す男だ」


「Aランクとな? それはすごいのぉ」


 ニヤニヤとダークは笑っている。


「しかし、いくらAランク冒険者といえどもどうしようもないじゃろう。ここにはAランクの魔物が百体以上おる。その全てを単独でたおすことなどできまい?」


「そうだ。だが、僕が一人でこいつらを倒す必要はない」


 ジェットは続ける。


「これだけの数の高ランク魔物が統率を取っているのは、お前が指示をしているからだ。お前さえ倒せば魔物はただの烏合の衆。いやそれどころか、魔物同士で争い合う可能性もある。そうなったら魔物たちを倒すのも難しくない」


「なるほど。狙いは悪くない。正解じゃよ」

 


 魔物は本来、集団にはならない。

 特に高ランクの魔物になるほどそれは顕著だ。


 理由は簡単。

 彼らは互いに争い合う。

 魔物からすれば他の魔物も人間も大差なく、等しく自分の獲物に過ぎない。


 魔人がいなければ、魔物は互いに争うものなのだ。

 なのでこの考えに則って、魔人を先に倒すという行動は間違いではなかった。



「魔物の前にわしを倒すという狙いは確かに悪くはない。正攻法じゃ。ただし、わしに勝つことは不可能だという問題点を除けばな」


「ほざけ!」



 ジェットがダークに切りかかる。


 ミノタウロスの一撃すらも受けきる膂力をジェットは持っている。

 その力によって切られれば、多くの魔物はなすすべもなく死んでいく。

 耐える魔物もいるが、そいつらもかなりの深手を負う。

 この一撃があれば――。 



「無駄じゃ。『シャドウ・ハンド』」



 ダークが呪文を唱えると、魔術が発動する。

 ジェットの影から黒い手が何十と這い出てきた。



「なあ!」



 影から出てきた黒い手に足を取られる。

 それだけでは終わらない。


 腕を掴まれ、肩を掴まれ、腰や背中を掴まれ、体の身動きすら封じられた。

 さらに、剣まで取られる。



「は、離せ! 離せったらこの!」



 体を黒い手に捕まれたジェットが暴れる。

 しかし、彼の力をもってしても、『シャドウ・ハンド』から逃れることはできない。



「離しはせんよ。この魔術は殺傷力こそはないから怪我こそせんが、身動きを封じるのは得意なのじゃ」


 ダークは笑いながら言う。


「まあ、身動きを封じた後に魔術で攻撃するというのがワンセットなのじゃけどな」



 ダークは手に魔力を集中させて。



「『ダークネス・レーザー』」



 その手から黒いビームが放たれる。



「がぁっ……!」



 ビームはジェットに当たる。

 その瞬間、『シャドウ・ハンド』が解除されて、彼は街を囲む城壁へと吹き飛ばされた。



「ほっほっほ、あっけないのぉ」



 Aランク冒険者のジェットが負けた。



「嘘だろ、ジェットさんがあんなあっさり」

「Aランクの冒険者まで、やられてしまったのか」

「もうどうしようもねえよ、こんな状況」



 その事実に、周りの冒険者の心が折れた。



「俺たちはもう終わりだ……」

「みんなここで死んじゃうんだ」



 それを見ていたダークは、心の底から嬉しいといった風に笑う。



「良い良い。良いのお。目の前の希望を失い、絶望した人間たちの顔。それ見ることはわしの生きがいの一つじゃて」



 周りの冒険者を見て笑うダーク。


 そして、そんな彼の元へと近づいてくる足音が聞こえてきた。



「ふむ。今のをみてまだ心が折れなかったのか」



 新しい楽しみが増えたと思い、期待に胸を膨らませる。


 Aランク冒険者が敗北してなお折れなかった心。

 それすらも叩き折った時の、絶望の表情。

 どんな顔をするのだろうかと、今から期待してやまない。



「それで、次の相手はお主か?」



 近づいてきた相手に話しかける。



「ああ、そうだ。俺はBランク冒険者のユーリ・クローター。【魔剣使い】って最近は呼ばれている」

 

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