26:三笠での告白

 風呂から上がると、俺は自分の部屋に戻って漫画本片手に寝っ転がった。

 少しだけ漫画をめくると、思い直したようにACアダプターに繋げていたスマホを手に取った。

 ブロックを解除した以上は、清水に連絡しないとまずいな。

 そこからは一気呵成で、慣れた手つきでLEINを開く。


「清水は……っと、ここだ」


 俺は清水のトークルームを開くと、さっそく清水にメッセージを送る。


(トオル)>「久しぶり。明日時間ある?」

(トオル)>「中尾から連絡があって、お前と話しろって言われたんだ」


 男遊びをしている清水のことだ、既読が付くまでに時間がかかるだろう……と思ったら、その期待はあっという間に裏切られた。


(NAO)>「明日? 大丈夫だよ」


 すぐに既読が付き、あっという間に俺宛の返信が届いた。今までこんなことはなかったのに、一体どういうことなのだろか。

 呆気に取られている俺を横目に、清水がさらにメッセージを送ってきた。


(NAO)>「午前九時に衣笠駅で待ち合わせにしない?」


 おいおい、午前九時っていくら何でも早すぎるだろう。

 高校時代は繁華街で夜遊びをして先生に注意されていたあの清水が? 冗談だろ?


(トオル)>「いくらなんでも早すぎるだろ」

(NAO)>「ここ最近は早寝早起きを心がけているから、ヘーキだよ」

(トオル)>「本当か?」

(NAO)>「マジだよ」


 清水がそこまで言うならば、間違いはないだろう。待ち合わせ場所に来てくれれば問題はないだろう。

 この後は清水と長話をするわけでもなく、お互い「おやすみ」のスタンプを送って、そのままスマホを充電しながら眠りについた。

 明日清水に会ったら、俺は仙台に居る女友達のことを話そう。

 そうすれば、きっと清水も諦めてくれるだろう――そう信じていた。


 ◇


 翌日。

 衣笠駅で待ち合わせをしていると、そこにはあまりにも変わりすぎたアイツの……、清水奈緒の姿があった。


「おひさ、トオル」


 そこには左のサイドテールはそのままに、ブロンドヘアをダークブラウンに染め直したロングヘアが特徴的な清水の姿があった。

 服装も学校で見かけるような露出度が高めの恰好ではなく、佳織や綾音さんが普段大学で見せるようなラフな姿をしていた。

 バッグも大学生から買ってもらったブランドモノの類ではなく、これまたジー〇ーで買えるようなものだった。

 あまりもの変貌ぶりに俺は「や、やぁ……」と答えるしかなかった。


「あれ、どうしたの? 私に会えて嬉しくないの?」

「どちらかというと嬉しい……けど、複雑な気分だよ」


 清水程度でうろたえるわけがないと思っていた俺だったが、変貌ぶりには言葉を失った。

 男性経験がないにもかかわらず剛速球を投げつける佳織、男性経験は少なくとも変化球を投げつける綾音さん、そして圧倒的な男性経験と強烈な変化球を投げつける清水……。どうして俺の周りにはここまで強烈な女性ピッチャーが揃っているのだろうか。


「さあ、行こうよ」


 清水は俺の腕を取ると、さっそく腕を絡めてきた。そういや、何人もの男を絶頂させた清水はいつも……。

 俺はちょっとだけ清水の胸元を見た。

 あれ、おかしいぞ? 今日清水が着けているブラはレース柄じゃない。一体どういうことだ?

 俺が戸惑いの表情を見せると、左脇に居る清水が微笑みを浮かべた。

 そういや清水って、男の前で腕を絡める大胆な奴だったような……。


「いったいどこへ連れて行くつもりなんだよ」

「横須賀に係留されている戦艦って、何?」

「そりゃあ……、戦艦三笠に決まっているだろ。日露戦争で活躍した戦艦だよな」

「そうだね。一度トオルと一緒に見てみたかったんだ、私」


 おいおい、戦艦三笠って横須賀駅からちょっと歩かないと見に行けないぞ。

 俺は清水を見ると……。


「~♪」


 参ったな、鼻歌まで歌っていて乗り気だよ。

 こりゃ、覚悟を決めていくしかないか。


 ◇

 

 横須賀駅からバスに乗ってしばらく歩くと、あのシューティングゲームでも大先輩の貫録を見せている戦艦三笠が見えてきた。清水の奴、バスがあるなら最初からそう言ってくれればよかったのに。

 俺達は後部区画にある入り口で切符を買うと、補助砲のある中部区画を経てあっという間に主砲がそびえたつ前甲板へと辿りついた。


「見てよ、トオル! 向こうに猿島があるよ!」

「本当だ、懐かしいな」


 父さんが休みを取れた時は何度も猿島に海水浴へ行ったけど、成長してからはここに行くことすらなくなった。佳織や綾音さんがこの街に来た時には、ぜひ戦艦三笠を見せた後で海水浴に連れていきたい。ただ、今年はどちらもアルバイトで忙しいから来年……、かな。


「何を考えていたの、トオル」

「いや、ちょっとね」


 俺はおどけたふりをしてごまかした。

 ひょっとして清水、俺が仙台に居る女の子のことを考えていたことが分かったのか?

 俺の気持ちを知っているのか、清水は俺のほうに振り返って俺を真剣なまなざしで見つめた。


「それで、今日ここに連れてきた理由ワケなんだけどさ、分かる?」

「……ひょっとして、俺のことか?」

「そう。私の両親って、何をしている人か分かる?」

「ああ、分かるよ」


 清水の父親は自衛隊の制服組で、防衛大学を卒業して入ってきたエリート中のエリートと聞いたことがある。彼女の母親も良妻賢母で、理想の夫婦といった感じだった。


「実はね、高校時代に遊んでいたのはそのことと関係があるの。それでトオルに一番謝りたくてね……」


 清水は手すりにもたれかかると、少し落ち込んだ顔を見せた。

 そして、清水は少しずつ自分の思いのを語り始めた。


「私の父さんは仕事が忙しくて私のことをかまってくれない一方で、母さんも少しだけ過干渉だったの。小学校、中学校までは良かったけど、いざ高校受験となったら『有名私立に入れ』なんて言ってきたのよ。でも、今更私立に入れなんて嫌じゃない? それで私は母さんの選んだ進学先を蹴って横須賀高校にしたの。レベルが高いから入れるか心配だったけど、ぎりぎり入れてよかったよ。それで高校に入ったら髪を染めて、シュシュも付けて、ブラウスも着崩して……、高校デビューしたってわけ」


 入学当初の清水は割と大人しく、今の清水とほとんど変わりがなかった。しかし、ゴールデンウィークを過ぎたあたりにガラリと変わった姿を見て、男子生徒が言葉を失ったのはよく覚えている。

 小動物っぽかった清水がギャルになった姿を見て、どうなるかヒヤヒヤしたものだ。

 

「そしたら同じ格好をした子たちとつるむようになってね、高校一年の夏だったかな、その子の一人が隣町の男子大学生と寝たって話したのよ。その頃からかな、仲間内でエッチな話が多くなったのは」

「具体的には?」

「先輩と寝たとか、同級生をまとめて相手したとか……。私も仲間の一人と一緒に、隣町にある大学へ通っている学生達のパーティーに行ってね。そこでイケメンの大学生にお持ち帰りされて、その時に処女を失ったの」

「それっていつのことだ?」

「十月のちょっと前だったかな」


 文化祭の後となると、嘘告白される直前の出来事だ。

 俺が女性不信になった裏で、清水は女性の色気を身にまとっていたということか。


「それで修学旅行の前だったかな、遊び仲間に冗談で『クラスの男子でエッチしていない奴らの童貞を奪ってやる』と話したの。そうしたら遊び仲間の一人から『やってみたら』と言われて、つい……ね。トオル、あの時はごめんね。そしてその後もしつこくしすぎてごめんね……」


 清水は手すりから離れると、申し訳なさそうな顔をして俺に向かって頭を下げた。

 声のトーンもそうだが、清水の表情からは俺に対して申し訳ない思いが溢れていた。

 中尾が「あいつは今必死になって勉強しているぞ。男のことなんて考える暇などないくらいに真面目に、な」と俺に話していた理由がよく分かった。


「清水……さん。いいから頭を上げてよ、みっともないから。それで、どうして高校時代のことを謝ろうと思ったの?」


 清水は顔を上げるとまた手すりにもたれかかり、蒼天の空を見上げた。


「二年生の終わり頃に停学を食らったの。同じクラスだから覚えているでしょ?」

「ああ、確かに……」


 確か、学年末の試験が終わって間もない時期に清水がクラスに居なかった時があった。

 クラスの男子の間で「援交をしてたところを見つかった」という噂があっという間に広まったのをよく覚えているよ。


「実はね、その当時は他のクラスの担任と関係を持っていたの。先生が他校の生徒と援交しているのを仲間から聞いたのが最初でね、それで先生と一度だけエッチしたの。そうしたら先生のことが夢中になって……。それからは学校の中だろうと、学校の外だろうとお構いなく愛し合っていたの。だけど、その先生が他校の生徒と援交していたことを校長先生に話したのよ。そうしたら、先生は免職で私は停学、ギャル仲間は援交していたことがばれて軒並み転校させられたの。その先生には申し訳ない思いでいっぱいだったよ。ただ……、担任をしていたクラスの生徒からは恨まれたけどね」


 そう話すと、清水は少しだけ肩の力を落とした。

 安政の大獄で命を落とした吉田松陰の甥が初代校長を務めたうちの出身校はノーベル賞に金メダリスト、そして総理大臣を輩出している。そこから退学者を出したら学校の名前に傷がつくと思って、穏便に済ませたのだろう。

 当時はその話を聞いて、女とは絶対に関わりあいたくないと思ったものだ。だけど、今は違う。佳織は毎日俺の世話をしてくれるし、綾音さんは彼氏がいる身であるにもかかわらず、身を挺して俺と佳織を守ってくれた。清水に童貞を奪われたせいで女性不信となった俺だったが、今ではほとんど克服している。


「それにね、私はあと一歩で転校するところだったけど、そちらを選ばずに停学した理由は分かる?」

「なぜかって……?」


 清水はひょっとして……?


「俺のことを好き、なのか……?」


 俺は手の震えを我慢しながら清水に尋ねた。すると、清水は黙って頷き、俺の顔を向いてこう答えた。


「私、アンタのことが好きなの。一年の春に席替えで隣の席に座った時からずっと、ね。だから、あの時に転校したくないって先生に話して……、それで派手な格好は辞めたの」


 そういえば、停学が明けた後の清水は別人だった。一連の出来事が学校にバレた後で、自分なりに反省していたということか。

 こうして俺達が話している間も前甲板には人が押し寄せて、カップルや家族連れ、そして海外旅行の客が次々と訪れて行っては艦内に消えていった。

 このままここに居るのも迷惑だし、そろそろ艦内巡りをするか。

 

「なぁ、清水」

「……うん、何よ」

「そろそろ艦内巡りを続けないか? 暑いし、このまま二人とも熱中症で入院したらシャレにならないぞ」


 俺がそう話すと、清水は「そうだね」と頷いて観覧通路を歩みだした。清水の後を追うようにして艦内に入ると、暑い前甲板と比べてまるで別世界だ。

 しかもここにある資料は、五歳の頃から七歳の頃まで年末に放送されていたドラマって何だったかな……、『坂の上の雲』だ。そう、そのラストってこんな感じだったなぁと思わせるものばかり揃っている。

 隣に居る清水は父親が自衛官ということもあって興味津々で見ているし、中学校の頃に小説を一通り読んだことがある俺も清水と同じような目で見ていた。

 資料の展示スペースではほとんど無言だったけど、まぁ、喋るよりはましだろう。今日のような暑い日は、甲板から島を眺めるよりも艦内を巡ったほうが良いな。ここに居ても観覧料の元は十分取れそうだよ。


<あとがき>

 まだまだデートは続くよ。

 なお、これに合わせて第1話~第3話を加筆修正しました。

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