貴族から平民へ


 集められた大広間には、お父様や兄、そしてマゼロン侯爵。


 その一同が、神妙な面持ちになっている。



「兄さん、何が……」

「うん。……色々と大変なことになっている」


 そう言った兄。続いてお父様が口を開く。


 

「まずはつい先程、国王が革命勢力に対して和解の意思を示した」


 和解……?

「それは……降伏、ということになるのですか?」

「……ほとんどそう言ってもらって構わない。実質的に、革命は成功したと言って良いだろう」


 アンの言葉に答えるお父様。

 国王が降伏した……その言葉にのしかかる重み。


「国王は平民議員の主張を全面的に受け入れ、全国にいた王家騎士団含む国王側の勢力への待機命令を解除した。貴族議員、平民議員は議会において完全に平等となり、王家の人間は常に革命勢力の監視下で、多くの王家特権を失い、宮殿内で生活することになった」


 ……議会において平等となる、ということは、貴族の特権が事実上無くなったことを意味する。


「それに、従来の宮廷貴族はほとんど王都から逃亡したか、殺害されたかのどちらかだ。貴族議員にも、革命勢力に近い者がなる」

「そういうことになる。現に私のところにも話が来ていてな」


 マゼロン侯爵が、手元から一枚の手紙を取り出す。


 ……マゼロン侯爵家は、王国有数の規模を誇る家柄でありながら、いわゆる宮廷貴族からは一定の距離を保ってきた。

 クリスも言っていたように、革命には協力的な立場らしいし、声がかかっても不思議ではない。


「まあこれについては少し考えさせてもらうが……とにかく、今この国の実権を握っているのは、革命勢力とその後ろ盾となっている一部の貴族たちだ。しかも彼らは、生活苦になっていた兵士を買収して自分たちの手駒にしている」


「買収?」

「ああ。俺の師もそうだが、国からの給料が相当滞っていたようだ。士気もほとんど無かったそうだから、それこそニッペン商会のような金のある場所に札束で顔を叩かれれば簡単に鞍替えしただろう」


 兄の言葉。魔法大学校の先生は相当な節約を余儀なくされている、という手紙を思い出す。


「あの王家騎士団でさえ、離反者が出たというからな……とにかく、革命勢力には権力も武力もある。ここから国王、ないし逃亡した宮廷貴族が反撃しても、返り討ちになるだけだろう」



 ……本当に、この国は一夜にして変わってしまったのだ。

 貴族の国から、平民の国へ。



「わたしたちは、どうなるのですか……?」


 わたしは、恐る恐る声を出す。

 わたしたちは、どういう立場になっていくのだろう。



「そのことなのだが……今は貴族というだけで、いつ襲撃されるかわからない状況だ。しばらくは、我々は王都から出ることは困難だろう」

 お父様はそう言い放つ。


 ……確かに、あれだけ興奮に満ちた民衆の中を通って王都を脱出するのは、リスクが大きすぎる。


「それに……混乱になっているのは王都だけじゃない。革命勢力やそれに感化された農民たちの、見境無い略奪行為が全国で起こっている。……残念ながら、我々の領地でもだ」


 

 ……それはもう、内戦状態、と言えるんじゃなかろうか。


 現在、ファイエール子爵領にはお母様と、もう一人ジャンという小間使いがいる。もしその二人に、何かがあったら……



「領地に戻るのは難しいだろう。申し訳ないが、混乱が落ち着くまでもうしばらく、マゼロン侯爵家にお世話になるしか無い」


 そう言って、お父様は頭を下げた。


 続いて、兄も。わたしも。



「頭をお上げください、皆さん。こちらとしてもこの状況、仲間はいるだけで心強いのです。何分、明日どうなるかさえ予測がつかないのですから……」


 マゼロン侯爵の言葉は、そのままわたしの不安だった。



 ***



 ……寝れない。


 

「どうなるんだろう……」


 呟いた言葉が、広い空間に溶けて消えていく。


 

 一昨日、王都に到着した日もここで寝たのに。

 

 ……でも、そこからたった二日で、全てが変わってしまった。


 貴族特権に乗っかり、地方の貴族の令嬢としてモブキャラのような一生を送る……そんなわたしの計画は、転生から半年で散った。


 

 ……そりゃあトントン拍子でうまくいく、とまではわたしも思ってなかったけど、さすがにハードモードが過ぎない?

 何なら2日で2回、命の危機に晒されてるし。本当に、そんなに悪いことやったかな、日本でのわたし。


 


 どうすればいいか分からなくなり、上体を起こして窓の向こうの外を眺める。


 屋敷の1階から見える夜の王都の光景は、一昨日とあまり変わらない。

 遠くには相変わらず、宮殿の塔がそびえ立っている。


 ……こんなことしてたら、クリスを見つけたのよね、一昨日は。

 革命勢力の隠密として、マゼロン侯爵家を監視していたクリスを。



 クリスのような平民の人間にとって、今は願ってもない状況だろう。

 今までは実現しなかった、平民重視の政策がきっとどんどん実施され、多くの平民が困窮から解放されるはずだ。


 それでも、全然クリスは喜んでるように見えないけれど。


 

 ……クリスは怪我が治ったらここを出ていくことになる。今のうちに、もう少し会っておこうかしら。



 どうしてかわからないけどそんな気がして、わたしは部屋をそっと出た。



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