運命と不満と出生


「全く、派手にやったな……」

「大聖堂も、襲撃の対象だったの?」


 平民による反乱勢力が、王都防衛の重要拠点かつ政治犯含む重罪人も収容されている第一要塞を襲撃して、革命を引き起こした……その事実は、改めてクリスから聞かされるまでも無かった。


「いや、そんなことはない。というよりそもそも、あんなに派手に襲う計画は無かったんだ」

「そうなの?」

「ああ……それに大聖堂に対してはすぐ要求事項があったわけではない。……とはいえ、あそこは大貴族と相当裏で繋がっていたことは事実だからな。そのあたりも改革していかないと、平民の時代は来ないんだ」


 ……そうなんだ……


 特権階級と宗教とのつながり。……まあ、どこの世界の歴史にもあることではある。


 

「そういう意味では申し訳ないな」

「?」

「だって、大聖堂に火の手が上がらなければ、お前は怪我することも無かっただろう。少なくとも、家族や使用人とは一緒にいられたはずだ」


 そのクリスの声は、急に真面目になったかのように低くなった。


「……もしかして、それで負い目感じてるから、わたしに色々話してくれるの?」

「……」


 わたしは貴族だ。

 クリスたち平民の反乱勢力にとっては敵である。その事実は、動かしようがない。


 クリスの言うように、わたしの家は取るに足らない小さな家系である。それでも、もし貴族という地位に何かあったときに受ける影響は計り知れないだろう。


 でも、クリスはわたしが、例えば反乱勢力の情報を持って宮廷貴族のもとに駆け込むとか、そういうことは考えてないように思えるのだ。実際そんなことする気は無いのだけども。

 


「……お前は、貴族らしくないな」

「どういうこと?」

「そのままの意味だ。商会長の孫娘も同い年ぐらいだが、あっちの方がよっぽど傲慢だぞ」


 クリスは路地に向かってまた歩きだす。

「その方が、俺にとってはありがたいが」


 ……何よそれ、どういう意味?



 ***



「こ、ろ、せ!」

「こ、ろ、せ!」


 ……こんな治安の悪い群衆、存在するのか。


 

 第一要塞から正面に伸びていく広い道は、両側を街の住民が埋め尽くし、異様な雰囲気。

 そこに、両手を縄で縛られ、その片方を引っ張られるようにして男が登場すると、住民たちの中から殺せだの、処刑だの、物騒な叫びが飛び出す。


「……なにこれ……」

「あいつはこの要塞の司令官だ。これから宮殿の庭園に連れていき、処遇決定の会議を行う。まあ、裁判みたいなものだ」


 縄で繋がれた男が複数。確かに一番前の男は、いかにも偉そうな見た目、良く言えば恰幅がいいといった感じである。

 それを縄の片方を持って先導していく男は、よく見ると昨夜商会の中庭で見覚えのある顔だ。


「……裁判終わったら、殺すの?」

「それを決めるための裁判だ。確かにあいつは俺ら庶民の生活を脅かした罪人だが、だからといって即処刑するわけではない」


 確かに言われてみれば、先導していく男の周りにいる人達が、群衆の飛び出しを警備員のように押さえつけている。無用な襲撃は防ぐ……そんな風だ。


「罪人を片っ端から殺すなんてことしてたら、貴族共とやってること変わらないからな」

「クリスはなんでそんなの見に来たの?」

「あいつらがちゃんと俺たちの議会にかけられるかをチェックするのが今日の任務だからだ。とりあえずこの辺には問題なさそうだから、宮殿の方に行くぞ」


 


 王都中心部の宮殿へ近づくにつれて、人だかりはさらに大きくなる。

 それを避けるため、クリスはわざと、人が見向きもしないような、暗くて細い路地を進む。


「気をつけろ、少し揺れる」

 クリスはそう言って木箱が積み重なったところやぬかるんだ地面をまたぐ。


「!……なんか地面で動いたような……」

「ああ、浮浪者が寝ているのだろう。貴族様はこういうのは初めてか?」


「……まあ……」

 前世の頃を除けば、だけど。

 東京に住んでたときは、ホームレスを見かける機会も無いわけではなかった。


 ……けど、ここの環境は、日本の都会とは比べ物にならないほど悪い。

 あちらこちらにハエがたかり、妙な匂いもする。


「こういうところには、子供もたくさんいる。お前と同い年ぐらいのやつが、わずかな水と残飯で食いつないでいる。そいつらは何も悪くねえ。……悪くねえのに、人として満足に生きられねえんだ」

「……」


 ……前世で、『親ガチャ』『出生ガチャ』という言葉があったのを思い出す。


「平民だってな、人なんだよ。そりゃあ、体力とか魔力とか得意不得意はあるが、それ以前に人なんだ」

「わかってるわよそれぐらい」


「……やっぱりお前、貴族っぽくねえな。こういうのもいるのか」

 クリスがこっちを振り向いて、不敵に微笑んだように見えた。




***



 

「……!」

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