4-5:新世界の歴史と社会の授業の時間です。

「・・・そう言やお前、ビジターなんやっけ。」

「まぁ、お恥ずかしながら。」

「ほんならまぁ、説明がてら話したろか。」

 長堂さんは笑いながら言った。喧嘩とか強い人って、案外こういう時は温厚なものと相場が決まってたりするんだろうか。

「そもそも、新世界が”中央部・北部・南部・東部・西部”の5区画で分けられとるんは知っとるか?」

「いや、全く。そもそも、西部から出た事ありませんし。」

「まぁ、とにかく5区画あるんや。1区画あたりはどエラい程広い。それこそ、表の大阪と一緒くらいや。西部で言うたら・・・大阪市くらいの大きさやろか。」

 と、例えられてもわからない。東京ドーム何個分なんですかね、大阪市って。

「でや。俺、東部に住んどる言うたやろ?」

「そういえば、そうでしたね。」

「新世界東部はな、ざっくり言うたら工業地区なんや。まぁおもろい事に、表で言うところの東大阪とピッタリ良ぉ似とるな。」

「工業地区、ですか。」

「せや。この新世界で作られる物品、その殆どの製造、さらにその製造に使われとる部品の製造、製造の為の道具の製造、その道具の部品の製造・・・数えだしたらキリ無いくらいの規模や。・・・そもそも、他の区画がなんもして無さすぎるっちゅー話になんねんけどな。」

 ほぉ。てっきり新世界の物品は表の世界から持ち込まれた物で溢れてるんだと思っていたが・・・新世界ではある意味、自給自足が成り立っているのか。

「でな、西部の殆どを萩之組が仕切っとるみたいに、東部を仕切っとる組織があるワケや。それが、”エデングループ”。東部の工業組織の殆どの母体になっとる程や。」

「へぇ。・・・で、萩之組とはどういう関係なんすか?」

「せや。問題はそこや。」

 長堂さんは急に真剣に言った。やっぱり何か深い問題でもあったのだろうか。


「元々はちゃんと東部もエデングループの一強が仕切っとったんや。住んどるヤツらも皆それで満足やった。・・・しかし、そこに土足で上がってくる奴らがおった。それが・・・玉猪龍や。」

「玉猪龍・・・。」

 ここで話が繋がったか。長堂さんのワケありと、恵美須屋・・・俺のワケありと。

「まぁ、正確には表から流れて来よった中国やらベトナムやらの組織っちゅーんが正解やな。まぁでも、そん中で一番調子こいとったんが、玉猪龍やったんや。玉猪龍の奴らは新世界に来た途端、あるもん全部使って新世界の覇権を握ろうとしたワケや。いきなりな。」

「それはまぁ、なんというか、横暴っすね。」

「せやろ?で、そんな事されたらどうなるか。勿論、エデングループも、萩之組も、他の組織も黙って見過ごすワケにはいかん。そこで、全組織で一旦手ェ組んで、玉猪龍の奴らをどないかしよかっちゅー話になったんや。」

「一旦、なんですか。」

「まぁな。元々おった組織は組織で、組織同士の争いやらはあったからな。金銭の利益とか、そういう話で。特にウチはそういう話が多いんや。なんせ殆どの物を造っては売っとるからな。その株を奪おうとするとこは多かった。・・・で、話元に戻すとや。とにかく何とかして玉猪龍の奴らをどないかせなあかんっつって先に動いたんが、ウチやった。」

「動くって、どう動くんですか?」

「簡単に言うたら、作るんも売るんも一旦やめたんや。」

「やめた?でも、そんな事したら損害が・・・」

「それを助けてくれたんが、西部の萩之組や。」

「萩之組が・・・」

「せや。当時はまだ今より傘下の組織が多かったんや。萩之組は。せやから、ウチは製造販売を表向きにはやめた様に見せて、裏で作って萩之組の傘下の組織に売っとったんや。これでウチは儲かるし、向こうは武器やらなんやらを得れる。ウィンウィンやろ?」

「まぁ・・・確かに。」

「その上、製造販売は表向きは止めとるからな、玉猪龍の奴らに武器やらが流れるのをある程度抑止できたんや。ある程度、な。」

 含みのある”ある程度”だな。察するに・・・母体組織が製造を止めても、末端の小さな組織が利益目的に玉猪龍と取引してたってとこか。


「ほんでまぁ・・・萩之組乃至ないしその傘下の組織対玉猪龍の奴らの全面戦争が始まった。そらもう、明けても暮れてもドンパチの嵐やったで。」

「それはわしも良ぉ覚えとるな・・・」

 恵美須さんも話に入ってきた。考えてみれば、恵美須屋も萩之組の傘下なのだから、恵美須さんもその全面戦争とやらに参加しててもおかしくはないのか。

「わしは当時フリーでな。”相棒”と一緒に好き勝手やっとったんや。」

「ほーん、おっさん、あん時戦たたこうてたんか。」

「おっさんはやめぇ。恵美須や。」

「あぁ、すまんすまん。恵美須な。」

 さんはつけないんすか、長堂さん・・・。

「まぁ・・・フリーいうても、相棒共々萩之組の世話になっとったわしは、その恩を返す為に玉猪龍の奴らと戦うたんや。」

 ん・・・?じゃあもしかして・・・

「あの、その生命維持装置みたいなヤツとかは、その時に?」

「いや?・・・シュコー。これはまた、別。」

 わざわざ”シュコー”と鳴らして答えてくれた。その別の話の方が気になるけどな、個人的には。

「そ、そうなんすか・・・で、結果どうなったんです?」

「まだ新参者やった奴ら・・・玉猪龍のジリ貧負けで、そん時は終わった・・・そん時はな。」

 恵美須さんが意味ありげに言った。・・・この話はどうやら長いらしい。今更ながら。


「三日三晩・・・・・・いや、それ以上の時間を費やして戦うた結果・・・・・・ある出来事が起こって、幕が下りたんや。」

「出来事?」

「・・・当時の玉猪龍の頭目、”布施プゥシィ”が暗殺されたんや。」

 あ、暗殺・・・ねぇ。今まで色んな事に巻き込まれてきたとは言え、戦争となったらそこまでするのか。

「・・・その暗殺って、誰がやったんです?」

「知らん。・・・その事件を知っとる奴らは、皆ソイツを英雄や英雄やって称えてたけどな。」

 正体の知れない暗殺者、か。そこも新世界独特の闇をはらんでそうな話だな。まぁ、俺が首を突っ込む事も無いから、別にいいけど。

「まぁとにかくな?ウチと萩之組はそうやって協力して玉猪龍の勢いを弱めて、抑えれてたんや。せやけど・・・その布施が亡くなって数年後。布施が隠しとった子供3人が、玉猪龍を急に継いだんや。」

 今度は長堂さんが話し始める。

「と言う事は、今はその3人が玉猪龍を?」

「せや。しかも腹立つ事に、その3人ともが悪どい商売を始めたんや。部門別にな。」

「部門別?」

「ひとつめは”クスリ”。ふたつめは”銃火器”。ほんでみっつめは・・・”苦力”や。」

 長堂さんが椅子に座って空を眺める、力のない女の子を見て言った。

「・・・苦力の始まりは、玉猪龍なんですか?」

「いや、苦力商売そのものは元々あったんや。中国系の組織がやっとった。せやけど、その頃は規模は大き無かったんや。その規模を大きくしたんが玉猪龍やな。」

「なるほど・・・。」

「まぁそれは置いといて。そもそもの話、なんで俺がまだ玉猪龍に用があるかってのは、玉猪龍の”ふたつ目の商売”が問題なんや。」

「銃火器、でしたっけ。」

「せや。銃火器なんて、ここで造るんは当たり前やし、買うのも売るのもおんなしや。そこに元々目ェつけとったんもウチや。せやから、ウチでは銃火器製造の組織も末端によーさんあるんや。」

「あ、ちなみにアタシのコイツも、そこの子に造ってもろたんやで!」

 旭が急に件のテイザーを見せながら話に割って入ってきた。今まで黙ってたのが余程暇だったんだろうか。

「でまぁ、簡単な話が、ここ数年で急にその商売敵になったワケや。玉猪龍が。」

「商売敵の店でパチンコ打ってたんですか・・・。」

「まぁ、そこはホレ。趣味やん?」

 思わず口にでてしまったが軽く返された。趣味だったら敵のふところに入り込んじゃってもいいのか・・・。


「ほんでまぁ、もっぺん玉猪龍に痛い目ェみてもらおか、っつって親父とも話しとってな。で、萩之組の傘下のココで働きたいっちゅーワケや。だいぶ話長なったけど。」

「・・・シュコー・・・・・・わしは一向に構わんが・・・親父はどない言うとるんや。」

「”行け行け!やったれ!”って。」

「・・・・・・けッ。アイツやったら言いそうやの。」

 ・・・ん?アイツ?

「あの、恵美須さんって、長堂さんの言う親父さんとは・・・」

「あ?・・・シュコー・・・・・・まぁ、昔から仲良ぇ数少ない奴のひとり、やな・・・」

 ほぉ。恵美須さんにも友達が居たのか。まぁひとりくらいはいてもおかしくはないんだろうけど。

「・・・丁度、ソイツに用事ができた所や。・・・行こか、東部の方に。」

「用事・・・?」

「せや・・・シュコー・・・の事でな。」

 と、恵美須さんがあの旭のテイザーで撃たれたぐったりしたままの男の胸ぐらを掴み上げて言った。・・・いつ目を覚ませられるんだろうな、コイツ。

「ほな丁度ええやんけ。お前も東部とかに来た事無いんやろ?」

「まぁ、そうっすけど。」

「その前に東・・・ソイツ、どないすんねん。」

 恵美須さんがまだ空を眺める女の子をさして言った。確かに、置いては行けない。かと言って、この状態の子が自由に歩き回ったりできるとも思えない。

「・・・どう、しましょうか。」

「・・・こうなるから手ェ出すな言うたのに・・・シュコォー・・・・・・」

 恵美須さんがまたため息をついた。ほんと、ごめんなさい。


「東、お前苦力の詳しい事あんま知らんやろ。」

 長堂さんがそう言った。まぁ、確かに詳しいことは知らない。

「そうっすね、あんまり。」

「ほな教えたるわ。ん~・・・」

 長堂さんが女の子を眺める。しばらく眺めた後、こう言った。

「その子の左肩、見てみ。」

「はぁ。」

 相槌を打って俺は女の子のボロい服の袖を捲ってみた。すると女の子の左肩、その丁度中央に、”玉猪龍制造”の文章の上に数字の6を反対にした様なマークが彫ってあった。

「これは・・・」

「やっぱりな。それ、玉猪龍のロゴや。まぁ言うなれば、メイド・イン・ユーズーロンってとこやな。」

 年端もいかない女の子の肩に、こういう悪趣味なのを彫って売ってるのか。それも、この子だけじゃない。俺みたいな外からやってきてしまった子、あるいは連れ去られてきたであろう子・・・何人もが、この苦力商売の闇に呑まれている。

「・・・長堂さん。」

「ん?なんや。」

「エデングループでしたっけ、銃火器商売で玉猪龍に用事があるって。」

「せやけど、それがなんや。」

「だったら、俺も玉猪龍と戦うちゃんとした理由が欲しいんです。自分の為じゃなく。」

「ほう?なんや、その理由て。」

「玉猪龍が広げた、苦力商売の闇。それをできるだけ、やれるだけ、縮小してやる。そう、決めました。」

「ほーん。・・・で?」

「・・・え?」

「カッコつけたい年頃か?そんな偽善みたいな事言いよって。」

「偽善でもなんでもいいんですよ。少しでも減るのなら、俺はそれでいい。」

「・・・ま、どこまでいっても青臭いのはどうでもええか。」

 ・・・俺は俺なりに覚悟決めたってのに、なんか馬鹿にされてないか?俺。

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ようこそ、新世界へ~Welcome to the Shinsekai~ 芽吹茉衛 @MamoruMebuki888

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