第二章・第一ラウンド

第5話

 ワープホールと言うらしい、青い筒の中から抜け出るとひどくどんよりとした天気だった。

「うお」

 少し芝が濡れている。握った手のひらが湿ってきた。

 気温はエルフランドと同じくらいで、薄い長そでで過ごせるようだ。


 カサカサカサカサ

 と、森の中から何か音がする。

「き、キャァァッ!!」

 出てきたのは巨大なヤスデだった。

「いやぁぁっ!! 止めて止めて止めて止めて止めてこないで来ないで来ないで来ないで来ないでちょまうわもう止めいやぁぁぁっ!!!!」

「そ、そんなに騒がなくても大丈夫ですよ!」

 うすだいだい色の肌をした百五十センチほどの、私よりも小さな茶髪男子が森から出てきた。

 と、ヤスデはスルスルと小さくなり、通常サイズとなった。

「へ?」

 ちょこまか逃げていくヤスデを横目に、私は白いポロシャツを着た彼に聞いた。

「さっき、何が起こったんですか?」

「あ、魔法を使ったんですよ。超十倍ビッグテンって言う魔法なんですけど……」

 さっきまでの慌てた大声が想像でないほどの縮こまった声。学校でいじめられていないのだろうかと心配になってくる。

「へぇ……ひょっとしてあなたもゲームの参加者なんですか?」

「あ、はい……稲穂国いなほのくにっていうとこからなんですけど……」

 今にも消えてしまいそうなか弱い声だ。こんな子がどうして選ばれてたのだろうと思ってしまう。もっとも、それは私も一緒だが。

「あ、そうなんですか……名前と年齢は?」

「グエン・ヴァン・フック、二十三歳……」

「え、私より年上じゃないですか!」

「身長が小さいので良く言われますけど……」

 かくんと下を向いてしまう。このままならあそこの池にでも飛び込んで溺死してしまいそうな顔色。

「あ、すみません、その、別にそんな侮辱するなんてことは全く無くてですね、あの、ただただ私の勘違いで、いや、その、本当にけなすつもりなんか無くて……」

 慌てて駆けよると、やっとフック君はクスッと笑った。

「いやいや、そんな落ち込んでないので大丈夫ですよ」

 ――はにかんだ笑顔がどこかジャンに似てる。


「おい、お前」


 と、フック君とは対照的な後ろから空を切り裂くような低く伸びる声。

「は、はひ?」

「開始前から抜け駆けしてるのは良くない」

 どすが効いているわけではないが、なぜか空気がピリリとする。声があまりにも冷たいからか。

 その男は黒に赤いラインが二本入ったマントをひらりと翻し、スタスタと歩いて行った。顔は、見えなかった。




 参加者が全員集合するらしい。

 私は事前に渡されていたマップを広げた。

 モーアネーベル、というこの横長の空間は敷地面積で言うと、サッカーをする運動場二つほどの大きさだった。

 周りはうっそうとした森林に囲まれており、私がいる西側には巨大な池があり、そこから川が南東に向けて流れている。

 中心ほどには巨大なオークの木があり、それはシンボルツリーと呼ばれている。そのすぐ東側には主催者が住む小さな城がある。

 そして、北東には小さな丘がある、といった感じだ。

 集合場所はシンボルツリーの中心と言うことで、ここから歩いて三分ほどか。

 周りには数人がそこへ向けて歩を進めている。良く日に焼けている人、逆に真っ白でブロンドの髪の毛の人、目が青い人、長髪のうすだいだいの肌の人……。

 私の脳内にモクモクと煙が立ち込め、フック君の画像が思い浮かぶ。その次には黒いマントを羽織った、大きな背中の男がどんと脳のど真ん中に座った。




 五分ほどかけてやって来た時には、すでに人だかりがシンボルツリーの周りに出来ていた。参加者は二十人ほどだっただろうか。

 フック君の顔を探してみる。あのジャンの雰囲気はどこから来ているのか……?

「うへっ」

 と、何か白くて大きなものがぶつかった。

「あ、すみませんね。大丈夫?」

 上から柔らかい声が降って来た。

「あ、大丈夫です……」

 見上げれば、槍を持ち、白いチェスターコートに青いマントを付けた男が薄い笑みを浮かべている。

「百九十センチくらいありますか?」

「百九十六センチあります。私はサンダー国の戦士、ローガン・キース・ロジャーズ。お見知りおきを」

「戦士なんですか。だからチェスターコートの下に白い鎧を……お洒落さんですね」

「フフッ、そりゃあどうも」

 ホワホワと浮いているような雰囲気を彼は発するわけで、どういうわけか私も無重力空間にいるかのような錯覚を覚えている。

「あなたは?」

「ファニー・ド・キャロルです」

「フフフッ、そうですか。またお会いしましょう」

 ひらりと青いマントを翻し、去ってゆく。

 美白に茶髪、つんとした鼻先でまさにイケメン。なんだかミステリアスな人だ。

 あのホワッとした雰囲気から、ローガンさんが戦っている姿はなかなか想像できない。

 ――あの人と付き合ったらちょっとやりにくそうだなぁ。

 何か、忌まわしい視線が私の身体に突き刺さっている気がしたが、周りを見渡してもそれらしい人はいなかった。


 パッパラパッパラパー

 七分ほど待っていると、急にトランペットの音がした。

 私も周りの人も一斉に音が鳴る方へ目線を向ける。

 ギィー

 重そうな門が開いて、石造りの城から誰かが、護衛を伴って出てくる。全身黒い革の服を着た人だ。

 辺りがなんだなんだとざわめく。

「諸君! よくぞ集まってくれた!」

 やや高く、空に伸びるような声で黒革の男性は叫んだ。

「これより、ゲームを始める! 諸君、今なら間に合う。直ちに死を覚悟することがゲームに勝つことの近道だ!」

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