第5話

 親父にそれとなく訊いた瞬間、殴り倒された。

「あそこに近付いたのか? あれを見たのか? なぁ!」

 裏返った声で迫られ、年々キツくなる体臭に嫌悪感を覚えながら、見ていないと何度も伝えれば、親父はやっと理解する。

「あれは……あれは……」

 頭を抱えてしゃがみこみ、うわ言のようにあれあれと繰り返す。

 小心者とは日頃から思っているけれど、怯え方が尋常じゃない。

 親父、と呼び掛けたが「うちの子知らないですか!」と叫ぶ声に邪魔される。家の者じゃない。勝手に上がり込んだ村人だ。使い物にならない親父に代わり事情を聞けば、村人の息子がいなくなったらしい。俺と同い年、というか、俺の友人だった。

 すぐに男共を集め、村の周囲を捜索する。一時間、二時間経っても見つからない。日は暮れた。捜索の続きは翌日することになった。

 きっと見つかりますよ、なんて声を掛け合って解散したその後で、俺はこっそりある場所に向かう。

 友人のいる場所には心当たりがあった。

「……」

 友人は森の奥、村人でも知っている人間は少ないんじゃないかってくらい奥まった所にある、小さな池にいた。

 多分、友人だ。

 最後に別れた時と同じ服装をしている。


 友人と思しきそいつは、動く骨に頭を食われていた。


 何の骨だろう。頭蓋骨の形からして人間じゃない。……やっぱり、牛なのか。

 音を立てないよう気を付けていたが、夢中になって食べていたんだろう、まるで気付かれることもなく、友人の上半身がなくなるまで眺めた後、俺は家に帰った。

 帰って、地下の座敷牢に向かう。

「■月■日に小雨が降る。二日続くが作物に害はない。■月■日の森の奥、鹿が三頭現れる。よほど大きな音を立てない限り逃げることはない。■月■日に■■の家の裏手から熊が現れるが、弱っているから退治は容易」

 軽やかに、歌うように、おのは予言を口にしている。

 それはどう聞いても不吉な未来ではなく──幸運と助言だった。

 立ち尽くす俺に気付いたおのは、微笑みを浮かべ、指を一本、口の前に立てた。


「未来を知る為には、犠牲が必要なんですよ」


 親父はこのことを知っているんだろうか。

 生きている所を見るに、まずは様子見に誰か行かせたんだろうか。

 ──面白いものがあるらしいんだけど、気になんね?

 俺みたいに。

「どうします?」

 おのは問い掛ける。

 俺は何も答えない。


 何て言えばいいんだよ。

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牢に捧げる 黒本聖南 @black_book

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