第31話 新作


 クロヴィスが住むお屋敷は、近衛騎士団長の家とは思えないほどメルヒェンチックでファンシーで、屋敷の中はとってもロマンティックでガーリーだった。


 パープルを基調とした内装はゴージャスかつデコラティブなのに、それらがバランスよく組み合わされている。


「うわぁ……! 内装もお母様が決められたのですか? とてもセンスがいいですね! 素晴らしいです!」


 私はまだ見ぬクロヴィスのお母さんを褒めちぎった。この独自のセンスは真似しようと思ってもかなり難しいと思う。


「お、おう、そうか。母上が喜ぶかもな。……また後で伝えとく」


 自分の母親が褒められたからか、何故かクロヴィスまで照れている。


 私はクロヴィスに案内されながら、時々立ち止まっては装飾を眺めた。

 美しい曲線を描く、艶やかなブラックカラーのアンティーク調の家具が所々に配置され、私の目を楽しませてくれる。


 こんな素晴らしいセンスを持つクロヴィスのお母さんはどんな人なのだろう……めちゃくちゃ興味がある。いつか会う機会はあるのだろうか。


 そうこうしているうちに、お茶会会場に到着した。


「はわぁ……! 飾り付けがとても素敵です!」


 会場内はシックな色合いの花で装飾されていて、とても大人っぽい雰囲気だ。ソファなどのクッションに使われているファブリックも華やかで、どこかのテーマパークに紛れ込んだのでは、と錯覚してしまいそうになる。


「ミシュリーヌ様! お待ちしておりましたわ!」


 非現実的な世界に、この世のものとは思えない非現実的な美少女がいた。


「……っ?! ベ、ベアトリス様……っ!!」


 ベアトリス様を見た私はだばーっと感動の涙を流した。こんなに尊い存在が降臨なされてこの世界は大丈夫なのだろうか……。尊さで世界が滅びそう。


 汚れ切った私に祝福を授け賜う天使の如く美しいベアトリス様が……! いつもは明るめの衣装をお召しになっている光の天使様が、なんと今日は黒を基調としたドレス──ゴシックでロリータな衣装を身に纏っている!!


 その姿はまさに小悪魔!!


 天使のようだと常日頃思っていたけれど、小悪魔なベアトリス様もこれまた背徳的でサイコーだった。全世界に有難うございますと100万回は言いたい。


 ……っていうか小悪魔なんかじゃ全然ベアトリス様と格が合わないから訂正させてもらおう。

 大悪魔? いや魔王? いやいや、ベアトリス様の美しさはそんなもんじゃ敵わない!

 皇帝ルシファーが悪魔の軍団を引き連れて来ても、ベアトリス様の圧倒的勝利だろう。


 もしベアトリス様が本当に悪魔だとしても、私は喜んで魂を差し出すと思う。むしろ私を地獄に連れてって! と願うだろう。


「あらあら。ミシュリーヌ様はお会いする時いつも泣いていらっしゃいますのね」


 まさかベアトリス様のゴスロリ姿を拝めるとは思わなかった私の目から、今だに感動の涙が流れ続けている。このままだとクロヴィスんちにナイル川が出来てしまう。


 ベアトリス様はそんな私の近くまで来ると、ハンカチで私の涙を拭ってくれ──「何泣いてんだよ!! ほら、拭け!!」──ようとしたのに、クロヴィスが私の顔を自分のハンカチでごしごしとこすった。力が強くて地味に痛い。


「まぁ……! クロヴィス様! わたくしがミシュリーヌ様の涙を拭って差し上げようと思っていましたのに! 邪魔なさらないで!」


「はぁ?! 今日は俺がホストだろっ?! ゲストの世話をするのは当たり前だっ!!」


 珍しく異議申し立てしたベアトリス様と、クロヴィスが言い合っている。二人ともすごい剣幕だ。


 予想外の出来事に私がアワアワしていると、シャルルやエドゥアール、ノエルまでやって来た。


「一体どうし……っ! ミシュリーヌ嬢、お顔が……!」


「……目が真っ赤だし顔も赤い」


「あれあれ〜? 珍しい組み合わせだねぇ。だけど喧嘩は良くないよっ!」


 クロヴィスとベアトリス様が睨み合ってる横で、目を腫らした私がオロオロしている様子に、シャルルたちが目を丸くしている。


「え、えっと、これは、私がベアトリス様の可愛さに感動して泣いてしまったのが原因で……!」


 私はシャルルたちに状況を簡潔に伝えた。

 泣いた理由が感動したから、とわかったからか、幾分雰囲気が和んだような気がする。


「……まあまあ、せっかくのお茶会ですし、仲良く楽しみましょう。ベアトリス、クロヴィス。ミシュリーヌ嬢が困っていますよ」


「あっ! 悪ぃ……!」


「まぁ! わたくしったらつい……!」


 シャルルの言葉に、睨み合っていた二人がハッと我にかえった。燃え盛る炎の幻影がすぅ……っと消えていく。

 さすが次期宰相のシャルルきゅんである。この中でいちばんの常識人かもしれない。


「えっと、またクッキーを作って来たので、ぜひ召し上がってください!」


 シャルルきゅんにばかり頼ってはいられない。私も話題を変えるために、持参したクッキーを披露しようと思う。


「ミシュリーヌ様のクッキー! わたくし、とても楽しみにしておりましたの!」


「おっ!! ホーン・ラビットのクッキーか?! 早く食いてぇ!」


「……早く見たい。そして解析したい」


「魔物が可愛くなるなんてすごいよねっ! 僕も早く見たいなっ!」


「前回のキラー・ベアーのクッキーもとても美味しかったです。今回も楽しみにしていたんですよ」


 ベアトリス様を始めとした逆ハーメンバーがめっちゃワクワクしている。

 私が作ったクッキーをこんなにも喜んでくれるなんて……! 試行錯誤したかいがあったというものだ。


「有難うございます! ご期待に添えられたら嬉しいです!」


 期待値が高過ぎるのもまたプレッシャーだ。しかし、今回のクッキーは前回をさらに上回る出来だと自負している。


 私の研究の結果と、親方の超絶技巧が組み合わさったクッキーをご覧あれ!!


「まぁあああっ!! なんて可愛らしいのかしら?!」


「色とりどりで華やかですね。とても愛らしいです」


「おおぉっ!! ホーン・ラビットなのかこれっ?!」


「……この配色に配置……。なるほど、研究課題が一つ増えた」


「魔物がこんなに可愛くなるなんてっ!! ミシュリーヌ嬢はすごいねっ!!」


 ふっふっふ。予想通り、ホーン・ラビットのクッキーは大好評だ。今回のクッキーはかなりビジュアルにこだわったからすごく嬉しい。


 ピンク色のうさぎ型クッキーに、白のアイシングで耳や口周りを描き、チョコペンで目と口を描き加えた。そしてほっぺたをピンクのアイシングで表現。

 さらに白や黄色、紫などの色をした小さい花形クッキーを持っているように乗せてるから、愛らしさが爆発している。


 正直すっごく手間がかかったけれど、その分大満足な出来となっている。


 ちなみに小さい花形クッキーの型を作っている親方は可愛かった。それはそれで萌えてしまう自分の将来が心配だ。


 気が早いけど、次回作はヘルハウンドにしようかと思っている。要はワンちゃんクッキーだ。

 この調子で猫に似たキャスパリーグもラインナップに追加して、「森の魔物たちクッキー」として販売するのも悪くない。


 ホーン・ラビットのクッキーで盛り上がっている彼らを見る限り、子供ウケはバッチリみたいだし。


 みんながひとしきりホーン・ラビットのクッキーを楽しんだ後、私は可愛くラッピングした箱を取り出した。


「あの、ベアトリス様。これ、受け取ってください! ハンカチのお礼です!!」


「まあ。お礼なんて結構でしたのに。わたくしがいただいてよろしいんですの……?」


「はい! 頑張って作りました! 気に入ってもらえたら嬉しいです!!」


 私が差し出した箱を受け取ったベアトリス様が、リボンを解いて蓋を開ける。


「……っ?! こ、これは……っ?!」


 箱の中身を見たベアトリス様が驚きすぎて絶句している。銀色の綺麗なまつ毛は震え、頬が薔薇色に染まっていく。


「も、もしかしてこれはわたくしとミシュリーヌ様ですの……っ?!」


「はい。これからも仲良くしていただきたくて……。一緒に並んでいる絵を描いて作ってみました!」


 鋭いみなさんならおわかりだろう。私がベアトリス様に捧げたもの──それは完成したばかりのアクキーだ。


 ベアトリス様と邂逅した時、感極まって泣き出した私に彼女は自身の刺繍入りハンカチを譲ってくれた。


 その時のハンカチは神宝として私の部屋の奥深くに、時空間魔法を施された状態で永久保存されている。


 そんな希少なものとは全く釣り合いが取れていないけれど、せめて初めて作ったアクキーを、私はベアトリス様に捧げたいと思ったのだ。


 ちなみに今回は紙に私とベアトリス様のSD絵を描き、その絵をクシュロで挟むように固めてみた。

 まだクシュロに印刷できるような段階じゃないので、このような方法を取ったけれど、アクキーみたいに印刷が剥がれることはない。まさに怪我の功名である。


「……っ! ……っ!!」


 宝石のような瞳を潤ませたベアトリス様が、両手で口を覆い隠す。肩が小刻みに震えていて、今にも泣き出しそうだ。


「べ、ベアトリス様……っ! もしかしてお嫌でしたか……?」


 ベアトリス様を想うあまり、勝手に似顔絵を描いてしまったけれど、本人はものすごく嫌だったのかもしれない。

 つい気持ちが急いて先走ってしまったかと思うと、反省しきりである。


「っ?! ち、違います……っ!! わたくし、嬉しくて嬉しくて……っ!! この喜びをどう伝えればいいか、わからなくて……っ!!」


「ベアトリス様……!!」


 私はベアトリス様がそれはもう、ものすごーく喜んでくれているのだと知り歓喜する。


 この瞬間、今までの苦労が報われたのだ……!! 諦めなくてよかった!!


 ベアトリス様と一緒にきゃっきゃうふふと微笑み合い、二人の世界を作っていると、クロヴィスんちの使用人さんが、すっごく困った顔でやって来た。


「あの、クロヴィス様……。リュシアン殿下がお見えですけれど……」


 使用人さんの言葉に、その場の雰囲気が一気に凍りついた。

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