第30話 協力者

「親方さーん! おはようございます!!」


「ん? おう、嬢ちゃん。朝からどうした?」


 私は以前、お世話になったランベール家お抱えの鍛冶職人、名工ヴィムさんの元を訪れた。

 ヴィムさん──親方さんは炉に火を入れ、様子を見ているところだった。


「すみません、新しいクッキー型が欲しいのです! 何とか近日中に作ってもらえませんか?」


 親方は騎士家系であるランベール家で、剣の製造やメンテナンスを一手に引き受けているから、とても忙しい人なのだ。

 そんな人にクッキー型の制作を頼むのは気が引けるけど、親方ほど私の希望を聞いてくれる鍛治職人はいないと思う。


「そうだなぁ……嬢ちゃんの頼みなら優先しねぇとな。旦那たちにも言われてるしな」


 やはりと言うか何と言うか、父さまたちの告示はこんなところにまで及んでいるらしい。


「うう、忙しいのにすみません……!」


「がはは! いいってことよ! 嬢ちゃんの依頼は面白いからな! 俺も楽しませてもらってんだ!」


「親方……!」


 私は豪快に笑う親方に感動する。なんて良い人なんだ……! 惚れてまうやろー!


「あの、それとこれなんですけど……!」


 うっかりトゥンクとトキメキそうだった私は我に返ると、親方にキラー・ベアーのクッキー型を差し出した。


「んん? この前作ったヤツだな……って、何だこれ?」


 クッキー型にぴったりくっついているクシュロを見た親方が不思議そうにしている。


「あの、このクシュロを外したいのです。硬くて取れないんです」


 私は親方にこうなった経緯を説明した。


「……なるほどなぁ。嬢ちゃんはとんでもないことを考えるなぁ」


 グローブを付けた手で顎髭をさする親方はとても職人っぽくてカッコ良い。

 自分が作り手だからか、私は前世から職人さんには並々ならぬ敬意を払っている。

 私たちが快適に過ごせるのも、元はと言えば職種関係なく、職人さんたちの知識と技術やたゆまぬ努力に支えられているからだと思っている。


 そんな私だから、もし結婚するなら職人さんが良いな、と思っていた時期もあった。

 ──結局前世では結婚どころか彼氏もできなかったけれど。


「これ借りるぞ。ちょっと待ってな」


 親方はクッキー型を受け取ると、作業台の上に置いて鑿とハンマーを取り出し、クシュロに向かって突き立てた。


 そして親方がハンマーを振ると、ガンッと音と同時にクシュロがビシッと割れた。


「わぁあ! すごい! さすが親方!!」


 私は心から親方を称賛する。そこに痺れる憧れるぅ!である。


「こりゃ面白い材質だな。軽くて強度もある。アイデア次第で制作の幅が広がるぞ」


 さすが名工、一目でクシュロの有用性を見抜くとは、敵じゃ無いけどあっぱれだ。

 前の世界でもアクリルはあちらこちらで使われていた。それこそ衣料や電子機器、文具に雑貨など、至る所にだ。


 まあ、今はとにかく目下の目標はアクキーだ。それ以外の用途はまた今度考えよう。


「クシュロを型抜きしようと思ったんですけど、型にくっついちゃうんです。簡単に外す方法はないですか?」


「そうさなぁ……。型を石膏かなんかで分解できるように作るか、粘土みたいな柔らかいもので──「それだっ!!」おおぅ?! なんだ、どうした?!」


 親方の話からヒントを得た私は思わず叫んでしまう。話の途中で突然叫んだので、親方を驚かせてしまった。


「ごめんなさい! 良い考えが浮かんだのでつい……!」


 私はアクリルの再現中に出来た失敗作のことを説明した。

 お酒を入れる前の、水で解いたクシュロがまさにゴムのような材質だから、型にぴったりではないか、と思いついたのだ。


「ほほう。そんなものまであるのか。一度そのクシュロを持って来てくれねぇか?」


「はい! 喜んで!」


 私は居酒屋の店員のように声を上げると、一目散に屋敷へと戻った。


「……ぜぇ、ぜぇ……。お、親方、こ、これを……っ!」


 全速力でクシュロの粉末が入った瓶を持って来た私は、息も絶え絶えに手をプルプルさせながら親方に瓶を手渡した。まるで死にかけの人間が最後の希望を託すような絵面だ。


「お、おう……。そんなに急がなくてもよかったのによ……。お疲れさん、ゆっくり休んどいてくれや」


 親方は私に休むようにソファーを指差した。さっきまでは無かったから、私のためにわざわざ用意してくれたのだと思う。

 ふと見れば、ソファーの横にお茶が用意されていた。

 そんなさりげない気配りに、親方への好感度が爆上がりだ。これがギャルゲーなら私はチョロインと言われていたと思う。


「ほうほう、こりゃたまげたな。嬢ちゃん、クシュロからよくこんなものを思いついたな。天才か?」


 持ってきたクシュロを色々いじっていた親方が感心したように褒めてくれた。


「どうしても作りたいものがあったのです……」


 キャラグッズを作りたいと言う熱意が、熟練の職人を唸らせたのだ。……オタクの執念ぱねぇっす。


 私はこの勢いでアクリルキーホルダーの構想をプレゼンした。

 親方は引き気味ながらも、アクキーの話に興味津々だ。


「嬢ちゃんの話は理解した。面白そうじゃねぇか。俺でよければ手伝うぜ!」


「有難うございます!! 親方さんが手伝ってくれるならとても心強いです!!」


 父さまたち以外に、ここまで私の希望を叶えてくれる人は果たして何人現れるだろうか……。そう言う意味では親方とは強固な信頼関係を築きたいな、と思う。


 もしキャラグッズ展開が軌道に乗ったら、親方にも十分に利益を分配しよう。


 それから私たちは一日中アクキーや新しいクッキー型の制作に取り掛かった。


 私が屋敷にいないことを心配した使用人さんたちには心配をかけてしまったのは、反省の極みだけれど。


 ──そうして親方の鍛冶場に入り浸ることしばらく、新しいクッキー型とアクキー試作版が完成した。歴史的瞬間である。





 * * * * * *





 爽やかな日差しの中、私は馬車に揺られながら、クロヴィスのお屋敷に向かっていた。


 今日はベアたんと逆ハーメンバーたちでお茶会をするのだ。


 ちょっと前まで私は、二度とベアたんたちと会えないだろうし、お茶会にも参加できないだろうと思っていたのに──人生って不思議だな、と思う。


 そんなことを考えながら景色を眺めていると、ある屋敷が目に止まった。


「……んん〜〜? やけに可愛いお屋敷だなぁ」


 私の目についたのは、ピンクを基調としたカラーリングのお屋敷だ。

 ピンクの屋根にペールトーンのパープル色した外壁、窓枠やテラスの柵は金色で、一瞬どこぞのテーマパークに来たのかと思ってしまう。


「ほぇ〜〜。どんなお姫様が住んでるんだろ……。すっごくファンシー!」


 きっとキラキラした瞳の可愛らしいお姫様が、優しい両親と一緒に日々楽しく暮らしているのだろう、と想像する。


「ベアたんみたいな可憐な女の子かも……! めっちゃ見てみたいなー……」


 可愛いお屋敷を眺めながら、クロヴィスのお屋敷はどこだろうと見渡した。


 クロヴィスんちは歴代の近衛団団長を輩出している家柄だから、きっと無骨で重厚な作りのお屋敷だろうな、と想像していたのだけれど……。


 何故か馬車はメルヒェンチックなお屋敷に向かって進んでいく。


「え? え? ちょっと待って? え、まさか……っ?!」


 戸惑う私を乗せて、馬車はメルヒェン屋敷の華美な門を通り抜けていく。


「えぇ〜〜っ?! 本当に?!」


 やはりと言うか何と言うか、色とりどりの可愛い花に囲まれた、ファンシーでガーリーなメルヒェン屋敷は、クロヴィスの家だった。


「おう! 来たなミシュリーヌ! 待ってたぞ!」


 馬車が到着するや否や、クロヴィスが玄関から迎えに来てくれた。

 私はクロヴィスを見てようやく、このお屋敷が彼の家なのだと実感する。


「こ、この度はお招きいただき有難うございます……っ、随分可愛らしいお屋敷なのですね」


 私はクロヴィスに挨拶すると、メルヒェン屋敷の感想を述べた。


「ああ、これな。母上がむさ苦しいのは嫌だから、せめて可愛い屋敷にしたいって言ってさ。こうなったらしいぜ」


「へ、へぇ……そうなんだ……」


「母上が可愛い物好きでさ。母上にベタ惚れな父上は言いなりだし……まあ、俺はもう慣れたけどな」


 どこの家も奥さんが強いらしい。ランベール家でも、母さまが実質影の支配者的なところがあるもんね。


「あ、立たせたままだったな。わりぃ、早く中に入ろうぜ」


 クロヴィスに促されて中に入ると、これまた可愛らしいホールが目に飛び込んできた。


「うわぁ……! 中も可愛い……! クロヴィスの部屋もこんな感じなんです?」


 何だか全然イメージと違うけれど、それはそれでギャップ萌えかもしれない。


「んなわけないだろっ! 俺の部屋は普通だ!! ……って、おい! 残念そうな顔をするな!」


 どうやら私の考えは全て表情に出ていたらしい。意外と鋭いヤツである。

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